役立たずなヒーラーは幸せな夢を見る

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救世主

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「あの、ありがとうございました。お世話になりました」
「体は大丈夫か?」
「おかげさまで」

 畳まれた洗濯物をカゴへ入れ込み、僕は帰る準備をし終えた。「まだ休んでいけばいいものを」と眉を顰めたエッジレイへ「もう元気です」と返す。現に僕は、ここへ訪れた時より体調が優れていた。魔力もほんの少し回復しているし、熱も下がった。

「俺が送ってやろう。そんな細い体じゃ、このカゴを担げても転ぶだろう?」
「失礼ですね。僕はこう見えても力持ちなんですよ」

 肩を揺らし笑いながらカゴを持ち上げる僕を見て、エッジレイはあわあわと焦っていた。意外と心配症である彼の一面に、頬が緩んだ。

「大丈夫です。これ以上、あなたに迷惑をかけることはできません」
「……俺は別に、迷惑だなんて思っていない」

 腕を組み、彼は顔を背けた。優しいなと思いつつ、頭を深々と下げる。

「本当にありがとうございました。では────」

 手を振り、家を後にする。振り返ると、エッジレイがじっとこちらを見ていた。心配げなその瞳に応えるよう「元気で」と叫ぶ。彼も左手をひらりと掲げて応答した。
 エッジレイの家は森林に覆われた森の奥にあった。しかし、人が通るために開拓された道があり、そこを辿れば森を抜けることができる。小鳥の囀りと木々の揺らめく音を聞きながら、僕は足取り軽く、夕暮れの日差しが差し込むその森を去る。
 ────いい人だったなぁ。
 エッジレイの顔が脳裏に浮かんだ。雰囲気や顔つきは怖いけれど、それ以上に彼は優しい人だった。
 ────また、会えるといいな。
 そう思いながら屋敷へ戻る。正面から入るのを禁じられているため、裏門から入った。
 抱えたカゴを持ち直し、屋敷内へ入る。「ただいま戻りました」と誰に告げるでもなくひとりごち、そのまま朝方に干した洗濯物を取り込んだ。

「おい、ティノ。お前、どこで何してたんだ」

 振り返ると、ギルドメンバーであるライリーがいた。彼はひどく怒りを滲ませた顔をしていて、背筋が凍る。

「えっと……川で洗濯をして……」
「こんな時間までか?」
「はい、今日は昨日の分と合わせて枚数が多かったので……」

 僕の言い訳を訝しげに聞き終えた彼は、腕をぐいと引っ張った。「ヴァンサがお怒りだ。早く来い」と告げられ、喉が狭まる。身が震え、思わず足を踏ん張ってしまった。

「ど、どうして……」
「お前がこんな時間まで行方不明になるからだろ! 早くしろ。俺にまで飛び火する」

 「面倒臭いことはごめんだ」と吐き捨てライリーが僕の腕を掴み、歩み出した。確かに屋敷を長時間留守にしていたことは初めてだ。だから、僕の失態である。どんな罰を受けるのだろうか、と心臓を脈うたせた。
 朱色の絨毯がひかれた廊下を引きずられる形で歩み、焦茶色のドアの前で止まる。ライリーが「ティノを連れてきました」と告げ、中に入った。
 そこには、複数名のギルドメンバーとヴァンサが居た。彼は腕組みをして、こちらを一瞥した。その瞳は怒りに満ちていて、僕の手首を掴んでいたライリーの緊張が伝わる。

「ご苦労」
「はい」

 僕を置き、ライリーはそそくさと立ち去った。重厚なドアが閉まり、異質な空気が僕らの間に流れる。ヴァンサがゆっくりと口を開いた。

「ティノ」
「は……はい」
「今までどこにいた」

 目が眩むほどの夕日がヴァンサたちの頬を染めている。鴉の鳴き声が、妙にうるさく感じた。
 僕は息を呑む。

「洗濯をしていました」
「……お前が一度、屋敷へ帰宅したことは耳にしている。だが、それ以降はどこで何をしていた」
「ど、同様、洗濯をしていました。量が多かったので、時間がかかってしまい」
「こんな時間までか?」

 ヴァンサが窓の外を見る。声音は落ち着いていたが、その根底には怒りが滲んでいて、周りにいるギルドメンバーも何も言えないまま黙っている。

「はい。ごめんなさい。もう二度と、長時間の外出はしません」
「ティノ。本当のことを言え」

 見透かすような瞳で見つめられ、足が震えた。同時に、エッジレイの威厳ある中にも優しさを滲ませた瞳を思い出し、掌を握りしめる。
 ────巻き込みたくない。
 彼の名前を出したくなかった。ヴァンサのことだ。僕が他所の男の元へ行っていたと告げてしまえば(その状況が不可抗力であったとはいえ)、きっと怒り狂う。エッジレイはただでは済まされない。もちろん、それは僕もだ。
 けれど、ここで嘘をついて被害を最小限に抑えることは可能である。
 唇を噛み締めた。

「……本当に洗濯をしていただけです。いつも使う小川から屋敷への往復が大変だったので、木々の枝に服を干して乾かしていました」

 「今日はいい天気でしたので、よく乾いていますよ。ふかふかです」と僕は狼狽えることなく言葉を述べる。明るく繕った声が、耳鳴りがするほど静かな部屋に響いた。

「なるほど、よく分かった。おい」

 ヴァンサが顎をクイと動かした。同時に周りにいる男たちが僕の背後に回り、拘束した。「うわ」と情けない声を漏らした僕は両腕を掴まれ、身動きができなくなる。

「ティノ。お前にはまだ躾が必要なようだ」

 ヴァンサが近づき、僕の顎へ手を添える。上向きに引っ張られ、彼と視線が交わった。

「しつけ……」
「そうだ。数日、地下室でこいつらに躾けてもらえ」

 悪寒が走った。「許して、ヴァンサ。もう、こんなことはしないから」。そう叫ぶが、彼は聞く耳を持たない。手をひらりと翳し「早く連れて行け」と促す。
 僕は男たちに強制的に地下室へ運ばれた。重々しい扉が閉まり、松明に明かりが灯る。周りにいたギルドメンバーのニタニタとした笑みがぼんやりと浮かび、声も出せないまま僕は呆然とした。
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