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救世主
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「ヴァ、ヴァンサ、ヴァンサ、ここに、ここにいる!」
叫んだ途端、魔豹が飛びかかってきた。肩を鋭い痛みが襲う。衝撃で馬から落ち、背中をぶつけた。地面にできた水たまりに激しい音をたて沈む。泥濘みから抜け出そうともがきながら、後退りをした。
「かがめ」と怒鳴られ、身を低くする。頭上を斧が舞い、魔豹の頭にヒットした。悲痛な鳴き声をあげ、後ろへ倒れる魔豹を確認し、体を起こそうと身構える。しかし、先ほど負傷した肩が痛んだ。
転んだ拍子に手から落ちた魔導書を取ろうと、手を伸ばす。
「仲間を連れている!」
どうやら倒した魔豹の後ろから、ゾロゾロと仲間が出てきたらしい。唸り声を上げる魔豹に向かい「迎え撃て!」とヴァンサが叫んだ。
「役立たずめ、邪魔だ!」
誰かがそう僕に叫んだ。雪崩の如く駆け寄るギルドメンバーに、僕はまるで道端に捨てられたリンゴの芯のように数回蹴られる。彼らの怒号が聞こえ、僕はようやく体を起こすことができた。
魔豹と戦うギルドメンバーたちをぼんやりと眺めながら、遠くに転がっている魔導書を探す。泥だらけのそれを水たまりから拾い上げた。
剣が華麗に舞う様子は、まるで舞台のような光景だ。
「ぎゃあ!」
不意に、叫び声が聞こえた。同時に、どしゃりと地面に男が倒れる。「おい、大丈夫か? 下がっていろ!」と近くにいた仲間が、庇うように剣を翻した。
────負傷者だ。
僕は絡れる足を動かし、彼へ近づいた。名前は確か────グレイドだ。黒髪で、無精髭が濃い男である。彼は苦しみながら手で脇腹を抑えていた。グレイドをなんとか安全な場所まで引き摺り、木の根元に寄り添わせる。
「傷口を見せてください」。僕が呟くと、彼は震える手を退ける。そこには内臓にまで深く達しているであろう傷跡が存在していた。きっと魔豹の鋭い爪が命中したのだ。僕は手を翳し、彼の傷口を治癒する。止まる血と徐々に塞がる傷口にほっと息を撫で下ろした。
「やっと役に立ったな、ノロマめ」
痛みが薄らいだのか、グレイドが嫌味っぽくそう言った。僕は眉を顰め、笑みを作る。嬉しくなくても、楽しくなくても、笑顔を作ることには慣れている。だから、流れるように笑みを見せた。
グレイドの容体が落ち着いてきたと同タイミングで、ギルドメンバーが魔豹を倒したらしい。ズンズンと遠くからヴァンサが近づいてきた。ぐいと僕の腕を掴み、無理やり立たされる。
そのまま、強引に口付けをされた。
雨はいつの間にか止み、木々の葉に溜まった水が、静かに頬に落ちる。首筋へ流れる水滴の感覚が、妙に脳裏を刺激した。
口を離され、後頭部の髪を掴まれた。視線が合うように仕向けられる。
「グレイドの傷、治したか」
「はい」
「では、屋敷に帰ってから他の負傷者の傷を治せ。その後、俺の部屋に来い。いいな?」
欲望が孕んだ瞳が僕を射る。「わかりました」と頷くと、腕を引かれ、そのまま馬に乗せられた。
泥だらけになった魔導書を握りしめ、空を見上げる。靉靆たる灰色は、僕の心のようだった。
叫んだ途端、魔豹が飛びかかってきた。肩を鋭い痛みが襲う。衝撃で馬から落ち、背中をぶつけた。地面にできた水たまりに激しい音をたて沈む。泥濘みから抜け出そうともがきながら、後退りをした。
「かがめ」と怒鳴られ、身を低くする。頭上を斧が舞い、魔豹の頭にヒットした。悲痛な鳴き声をあげ、後ろへ倒れる魔豹を確認し、体を起こそうと身構える。しかし、先ほど負傷した肩が痛んだ。
転んだ拍子に手から落ちた魔導書を取ろうと、手を伸ばす。
「仲間を連れている!」
どうやら倒した魔豹の後ろから、ゾロゾロと仲間が出てきたらしい。唸り声を上げる魔豹に向かい「迎え撃て!」とヴァンサが叫んだ。
「役立たずめ、邪魔だ!」
誰かがそう僕に叫んだ。雪崩の如く駆け寄るギルドメンバーに、僕はまるで道端に捨てられたリンゴの芯のように数回蹴られる。彼らの怒号が聞こえ、僕はようやく体を起こすことができた。
魔豹と戦うギルドメンバーたちをぼんやりと眺めながら、遠くに転がっている魔導書を探す。泥だらけのそれを水たまりから拾い上げた。
剣が華麗に舞う様子は、まるで舞台のような光景だ。
「ぎゃあ!」
不意に、叫び声が聞こえた。同時に、どしゃりと地面に男が倒れる。「おい、大丈夫か? 下がっていろ!」と近くにいた仲間が、庇うように剣を翻した。
────負傷者だ。
僕は絡れる足を動かし、彼へ近づいた。名前は確か────グレイドだ。黒髪で、無精髭が濃い男である。彼は苦しみながら手で脇腹を抑えていた。グレイドをなんとか安全な場所まで引き摺り、木の根元に寄り添わせる。
「傷口を見せてください」。僕が呟くと、彼は震える手を退ける。そこには内臓にまで深く達しているであろう傷跡が存在していた。きっと魔豹の鋭い爪が命中したのだ。僕は手を翳し、彼の傷口を治癒する。止まる血と徐々に塞がる傷口にほっと息を撫で下ろした。
「やっと役に立ったな、ノロマめ」
痛みが薄らいだのか、グレイドが嫌味っぽくそう言った。僕は眉を顰め、笑みを作る。嬉しくなくても、楽しくなくても、笑顔を作ることには慣れている。だから、流れるように笑みを見せた。
グレイドの容体が落ち着いてきたと同タイミングで、ギルドメンバーが魔豹を倒したらしい。ズンズンと遠くからヴァンサが近づいてきた。ぐいと僕の腕を掴み、無理やり立たされる。
そのまま、強引に口付けをされた。
雨はいつの間にか止み、木々の葉に溜まった水が、静かに頬に落ちる。首筋へ流れる水滴の感覚が、妙に脳裏を刺激した。
口を離され、後頭部の髪を掴まれた。視線が合うように仕向けられる。
「グレイドの傷、治したか」
「はい」
「では、屋敷に帰ってから他の負傷者の傷を治せ。その後、俺の部屋に来い。いいな?」
欲望が孕んだ瞳が僕を射る。「わかりました」と頷くと、腕を引かれ、そのまま馬に乗せられた。
泥だらけになった魔導書を握りしめ、空を見上げる。靉靆たる灰色は、僕の心のようだった。
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