28 / 35
秘密は柑橘の匂い
1
しおりを挟む
手の中にある綺麗に飾り付けされた小瓶を見つめ、屋敷の門を潜り抜ける。庭で花壇の手入れをしているレジューがパッと顔を上げ、俺の姿を視界に捉えた。途端に立ち上がり、服についている泥を払いながらこちらへ近づく。
「王子」
「こんにちは、レジュー」
穏やかに微笑むと、彼女は浅く頭を下げた。髪がするりと肩から落ち、胸元で留まる。その艶やかな髪を眺め、小瓶を彼女に差し出した。桃色のリボンがついたそれは、レジュー用に作ったオイルである。彼女はキョトンとして、私に? と不思議そうに呟いた。
「そう。これは君に。オイルだよ。水を使う仕事が多いだろ? 使ってくれ」
「あ……ありがとうございます」
レジューはもう一度、頭を下げた。何故、私に? と言いたげな彼女が俺の手に握られたもう一つの小瓶へ視線を遣る。
「それは主人に、でしょうか?」
「あぁ、そうだ。君が渡してくれないか」
橙色のリボンがついたそれをレジューに渡す。あぁ、これが本来の目的か、と言いたげに頷いた。しかし、眉を顰め、唸る。
「……王子が直接お渡しするのが宜しいかと?」
「えっ」
そちらの方が、きっと主人は喜びますよ。目元に皺を寄せ穏やかに微笑んだ彼女が続ける。風が吹き、彼女のメイド服を揺らした。
「主人は二階にいます。ご案内しますか?」
「いや、いいよ。ありがとう」
彼女に礼を言い、屋敷へ向かう。顔だけを傾け振り返ると、すでに彼女は先ほどの作業に戻っていた。
────そちらの方が、きっと主人は喜びますよ。
その言葉がぐるぐると脳内を回る。熱を帯び、やがて手のひらに乗せた雪のようにサッと溶けた。
弟の姿で、兄に会うのは頗る緊張する。体は硬直するし、口内がカラカラに乾いてしまう。手は震えて汗が滲み、彼に触れることさえ禁忌のように感じてしまう。
だから、このプレゼントをレジューに託そうと思ったのだ。しかし、彼女は俺が渡した方が喜ぶと言ったのだ。その言葉がやけに嬉しくもあり、同時に鋭い鞭で叩かれたかのようでもあった。
────無意識に、弟の姿で兄に会うのを避けているのかもしれない。
カルベルの前では、兄が誇れるような弟でいたいという願望が強い。だからこそ、その立ち位置から一ミリでも外れた行為をして、失態を晒したくないのだ。
────実の兄を犯している分際で、一体何を考えているのやら。
自身の矛盾を鼻で笑いつつ、カルベルの自室へ向かう。戸を叩き中へ入ると、窓際で穏やかな日差しに身を包んでいた兄がパッと顔をこちらへ向けた。歪な開閉音を奏でる方向を訝しげに見つめ、恐るおそると言いたげに口を開く。
小動物のような怯え具合が可愛くて、胸が締め付けられる。
「……レジュー?」
「俺です、兄さん」
声音に反応したカルベルが表情筋を緩め、花が咲いたように笑う。彼の笑みは、世界の季節を春に変えてしまえるほど美しい。
なんて馬鹿なことを考えているとカルベルがよろよろとこちらへ近づいた。その姿を見て、支えるように彼へ手を伸ばす。
「王子」
「こんにちは、レジュー」
穏やかに微笑むと、彼女は浅く頭を下げた。髪がするりと肩から落ち、胸元で留まる。その艶やかな髪を眺め、小瓶を彼女に差し出した。桃色のリボンがついたそれは、レジュー用に作ったオイルである。彼女はキョトンとして、私に? と不思議そうに呟いた。
「そう。これは君に。オイルだよ。水を使う仕事が多いだろ? 使ってくれ」
「あ……ありがとうございます」
レジューはもう一度、頭を下げた。何故、私に? と言いたげな彼女が俺の手に握られたもう一つの小瓶へ視線を遣る。
「それは主人に、でしょうか?」
「あぁ、そうだ。君が渡してくれないか」
橙色のリボンがついたそれをレジューに渡す。あぁ、これが本来の目的か、と言いたげに頷いた。しかし、眉を顰め、唸る。
「……王子が直接お渡しするのが宜しいかと?」
「えっ」
そちらの方が、きっと主人は喜びますよ。目元に皺を寄せ穏やかに微笑んだ彼女が続ける。風が吹き、彼女のメイド服を揺らした。
「主人は二階にいます。ご案内しますか?」
「いや、いいよ。ありがとう」
彼女に礼を言い、屋敷へ向かう。顔だけを傾け振り返ると、すでに彼女は先ほどの作業に戻っていた。
────そちらの方が、きっと主人は喜びますよ。
その言葉がぐるぐると脳内を回る。熱を帯び、やがて手のひらに乗せた雪のようにサッと溶けた。
弟の姿で、兄に会うのは頗る緊張する。体は硬直するし、口内がカラカラに乾いてしまう。手は震えて汗が滲み、彼に触れることさえ禁忌のように感じてしまう。
だから、このプレゼントをレジューに託そうと思ったのだ。しかし、彼女は俺が渡した方が喜ぶと言ったのだ。その言葉がやけに嬉しくもあり、同時に鋭い鞭で叩かれたかのようでもあった。
────無意識に、弟の姿で兄に会うのを避けているのかもしれない。
カルベルの前では、兄が誇れるような弟でいたいという願望が強い。だからこそ、その立ち位置から一ミリでも外れた行為をして、失態を晒したくないのだ。
────実の兄を犯している分際で、一体何を考えているのやら。
自身の矛盾を鼻で笑いつつ、カルベルの自室へ向かう。戸を叩き中へ入ると、窓際で穏やかな日差しに身を包んでいた兄がパッと顔をこちらへ向けた。歪な開閉音を奏でる方向を訝しげに見つめ、恐るおそると言いたげに口を開く。
小動物のような怯え具合が可愛くて、胸が締め付けられる。
「……レジュー?」
「俺です、兄さん」
声音に反応したカルベルが表情筋を緩め、花が咲いたように笑う。彼の笑みは、世界の季節を春に変えてしまえるほど美しい。
なんて馬鹿なことを考えているとカルベルがよろよろとこちらへ近づいた。その姿を見て、支えるように彼へ手を伸ばす。
39
お気に入りに追加
88
あなたにおすすめの小説

【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。
桜月夜
BL
前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。
思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?
名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。
そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________
※
・非王道気味
・固定カプ予定は無い
・悲しい過去🐜のたまにシリアス
・話の流れが遅い

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
【完結】悪役令息の従者に転職しました
*
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。
依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。
皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ!
本編完結しました!
『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく、舞踏会編、はじめましたー!
他のお話を読まなくても大丈夫なようにお書きするので、気軽に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
【完結】相談する相手を、間違えました
ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。
自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・
***
執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。
ただ、それだけです。
***
他サイトにも、掲載しています。
てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。
***
エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。
ありがとうございました。
***
閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。
ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*)
***
2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる