23 / 35
王子の秘密
3
しおりを挟む
◇
「あっ」
「……ヒューゴ、いいところに。こちらへ来てくれないか」
城の廊下。いつか見たシチュエーションと同じ場面で、王子に呼び止められた。そこには例のメイド────メロもいた。彼女は手に幾つかの小瓶を持っていて、王子も小瓶を一つ持っていた。蓋を開け、匂いを確かめている様子だ。
俺は小さく悲鳴をあげ、後退りする。フォールが訝しげに眉を顰めた。
「どうした? 来てくれ」
「あ、えっと……」
二人の逢瀬を目の当たりにしてしまったことに罪悪感を抱いていると、王子が手招きをした。渋々、彼に従う。
近づくと、ふわりと甘い匂いが漂った。鼻腔を擽るそれにくしゃみをしそうになり、抑え込む。
王子は小瓶を傾け、匂いを嗅げと促した。何故そんなことを? と言いたくなった言葉を飲み込み、鼻を近づける。
「あはは、いい匂いでしょう?」
ふわふわと、まるでたんぽぽの綿毛のような声音を発したのはメロだ。俺はその声につられながら、無理に笑顔を作る。匂いは花のように甘くて癒されるものだったが、俺は好みではないなと眉を顰める。
次はこれを、とメロから小瓶を受け取ったフォールが蓋を開けた。
「それはシトラス系の香りです。男性でも、女性でも楽しめるものかと」
「……なるほど、いい匂いだ。ヒューゴはどう思う?」
「あ、えぇ。とても、いい匂いです……」
柑橘系の匂いが緩やかに漂う。先ほどの香りよりこちらの方が好きかもしれないな、と内心思った。王子も同意見なのか、オイルを少量手に垂らし馴染ませるように動かした。やがて、これにしようかなと頷く。メロは、お目が高いですね、と朗らかに微笑んだ。
「後ほど調合したものを城へ運ばせますね。きっと、喜ばれますよ」
「ありがとう、メロ。色々、世話になった」
「いえいえ。では、失礼します」
彼女は小瓶を抱えたまま、その場を去った。メイド服の袖を翻しながら小走りで消えていく背中を眺め、そこで王子と二人きりだということに気がついた。
フォールをチラリと見る。彼は手についたオイルの匂いを嗅いでいた。
「すまないな、ヒューゴ。呼び止めて」
「あ……いいえ。あの……今のは何だったのですか?」
「あぁ、ちょっとな。知り合いにハンドオイルをプレゼントしたくて、彼女に助言をもらってたんだ」
メロの知り合いがそういう類に精通してるらしい。だから色々話を聞いてたんだ、と彼が呟く。
そういうことか。と、俺は納得した。逢瀬だと思っていたが、どうやら勘違いだったようだ。ちょっとつまらないなと息を吐く。
「……その知り合いとは、意中の人だったりしますか?」
なぜこんなことを聞くのだ、と俺は手のひらに汗を滲ませながら後のまつりを味わう。聞かなくても良いことが口から溢れ、後悔に浸る。
フォールは俺を見つめ、目を弧にしひどく穏やかに微笑んだ。
「あぁ、とても愛している人だ」
穏やかに降り注ぐ木漏れ日のような笑みに、俺は固まった。彼がこんな表情をできるだなんて、と心底驚いた。
と、同時に気になった。彼が好いている相手が、誰なのかを。
「あっ」
「……ヒューゴ、いいところに。こちらへ来てくれないか」
城の廊下。いつか見たシチュエーションと同じ場面で、王子に呼び止められた。そこには例のメイド────メロもいた。彼女は手に幾つかの小瓶を持っていて、王子も小瓶を一つ持っていた。蓋を開け、匂いを確かめている様子だ。
俺は小さく悲鳴をあげ、後退りする。フォールが訝しげに眉を顰めた。
「どうした? 来てくれ」
「あ、えっと……」
二人の逢瀬を目の当たりにしてしまったことに罪悪感を抱いていると、王子が手招きをした。渋々、彼に従う。
近づくと、ふわりと甘い匂いが漂った。鼻腔を擽るそれにくしゃみをしそうになり、抑え込む。
王子は小瓶を傾け、匂いを嗅げと促した。何故そんなことを? と言いたくなった言葉を飲み込み、鼻を近づける。
「あはは、いい匂いでしょう?」
ふわふわと、まるでたんぽぽの綿毛のような声音を発したのはメロだ。俺はその声につられながら、無理に笑顔を作る。匂いは花のように甘くて癒されるものだったが、俺は好みではないなと眉を顰める。
次はこれを、とメロから小瓶を受け取ったフォールが蓋を開けた。
「それはシトラス系の香りです。男性でも、女性でも楽しめるものかと」
「……なるほど、いい匂いだ。ヒューゴはどう思う?」
「あ、えぇ。とても、いい匂いです……」
柑橘系の匂いが緩やかに漂う。先ほどの香りよりこちらの方が好きかもしれないな、と内心思った。王子も同意見なのか、オイルを少量手に垂らし馴染ませるように動かした。やがて、これにしようかなと頷く。メロは、お目が高いですね、と朗らかに微笑んだ。
「後ほど調合したものを城へ運ばせますね。きっと、喜ばれますよ」
「ありがとう、メロ。色々、世話になった」
「いえいえ。では、失礼します」
彼女は小瓶を抱えたまま、その場を去った。メイド服の袖を翻しながら小走りで消えていく背中を眺め、そこで王子と二人きりだということに気がついた。
フォールをチラリと見る。彼は手についたオイルの匂いを嗅いでいた。
「すまないな、ヒューゴ。呼び止めて」
「あ……いいえ。あの……今のは何だったのですか?」
「あぁ、ちょっとな。知り合いにハンドオイルをプレゼントしたくて、彼女に助言をもらってたんだ」
メロの知り合いがそういう類に精通してるらしい。だから色々話を聞いてたんだ、と彼が呟く。
そういうことか。と、俺は納得した。逢瀬だと思っていたが、どうやら勘違いだったようだ。ちょっとつまらないなと息を吐く。
「……その知り合いとは、意中の人だったりしますか?」
なぜこんなことを聞くのだ、と俺は手のひらに汗を滲ませながら後のまつりを味わう。聞かなくても良いことが口から溢れ、後悔に浸る。
フォールは俺を見つめ、目を弧にしひどく穏やかに微笑んだ。
「あぁ、とても愛している人だ」
穏やかに降り注ぐ木漏れ日のような笑みに、俺は固まった。彼がこんな表情をできるだなんて、と心底驚いた。
と、同時に気になった。彼が好いている相手が、誰なのかを。
0
お気に入りに追加
88
あなたにおすすめの小説

【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。
桜月夜
BL
前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。
思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?
名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。
そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________
※
・非王道気味
・固定カプ予定は無い
・悲しい過去🐜のたまにシリアス
・話の流れが遅い

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
【完結】悪役令息の従者に転職しました
*
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。
依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。
皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ!
本編完結しました!
『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく、舞踏会編、はじめましたー!
他のお話を読まなくても大丈夫なようにお書きするので、気軽に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
【完結】相談する相手を、間違えました
ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。
自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・
***
執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。
ただ、それだけです。
***
他サイトにも、掲載しています。
てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。
***
エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。
ありがとうございました。
***
閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。
ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*)
***
2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる