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王子の秘密
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◇
「……あれ?」
城の廊下。曲がり角付近。日陰になり、薄暗いそこで王子と妙齢のメイドが談笑していた。きゃらきゃらと愉快げな声をあげる若いメイドに、フォールが微笑みかけている。
俺はすぐさま身を退かせ、柱へ隠れた。ひょいと顔を出し、二人を観察する。
話し声は聞こえないが、二人の雰囲気はとてもよく見え、側から見るとまるで恋人同士のようだった。
────浮いた話がないと思っていたが……。
フォールのそういった話は、今まで聞いたことがなかった。男女関係なんてまだ早いわよと、メイドたちが心配するような年齢を過ぎても、彼にはそういう話題が付き纏わなかった。
フォールのような立場の人間が恋人を作ろうと躍起になり、急ぐ必要もない。けれど、それにしても彼は無関心すぎた。
それがどうだ。今、目の前に広がる光景には、お似合いとも呼べる二人が見つめ合い笑っている。
────あの人にも、そういう感情があったんだな。
何処かホッとしていると、王子がメイドと別れた。じゃあ、と手を振り去っていくフォール。その後ろ姿を見つめ、メイドも踵を返し、廊下を歩んだ。
────もしかして、見てはいけない場面だったのか?
二人の逢瀬を目撃してしまった衝撃を誰かに話したくて、俺はハェルの元へ走った。
「……ほほう」
モップかけをしていたハェルが手を止め、にまりと笑う。彼女はモップをバケツに入れ、じゃぶじゃぶと浸した。
「王子に、恋人ねぇ……相手はどんな子ですか?」
「妙齢のメイドだよ。茶髪の……目がグリーンで」
「あぁ、メロかもしれないです。えぇ? 彼女が?」
意外、とハェルが口元に手を当てて声を漏らす。どうやら彼女はメロという名前らしい。彼女はどちらかというと活発な元気旺盛で……フォールとは性格が反対の女性だそうな。
「もっとお淑やかなタイプが好みかと」
「俺もそう思った」
「……そもそも、女性に興味があったことに驚き」
言い終えたあと、彼女がハッと口を噤む。実は俺もそう思ってた、と頷いた。
「女性に……というか、人間に興味があったことに驚きだ」
「……ですよね。あの方、正直何を考えているのかわからなくて……」
彼女の言わんとすることは分かる。悪い人物ではないのだが、それにしても人間味がなさすぎた。
────まぁ、我々のような下っ端に本性を見せていないだけかもしれないが。
「料理を習い出したのも、意中の相手に振る舞うためかしら」
ふふ、と笑う彼女がモップをバケツから引き摺り出し、作業を再開した。磨かずとも輝きを放つ床を、彼女がさらに美しくする。反射したそこには、どこか納得いっていない表情の俺が映っていた。
「……でも、本当にその妙齢のメイドが彼の意中の相手なのかなぁ」
「と言いますと?」
「……王子、兵を引き連れずに外出することが多いんだ」
ハェルがこちらを見て固まった。外に、他の相手がいると? と問いかける彼女に頷く。
そう。フォールは度々、外出することがある。それも、護衛を引き連れずに。彼は武術がそこらへんの兵どもより達者ではあるが、一国の王子が単独で行動するのは危険すぎる。
けれど、それを咎めることが俺たちにはできない。だから、黙って彼の外出を見て見ぬふりするしかないのだ。
あらかた、外へ出る理由は想いを寄せている相手に会いにいってるものだと思い込んでいた。しかし、今日のあの場面を見て考えが変わった。
────彼は一体、外へ何をしに出かけているのだろうか。
「……血は争えないのかもしれませんね」
フォールとイズエ、血は繋がっていても誠実さは違うと信じていた。しかし、やはりそういうことなのだろうか。フォールも下半身がだらしない、ただの「男」でしかないのだろうか。
────何かが、引っかかるんだよな。
俺は蠢くモップの先を見ながら、ぼんやりとそんなことを考えていた。
「……あれ?」
城の廊下。曲がり角付近。日陰になり、薄暗いそこで王子と妙齢のメイドが談笑していた。きゃらきゃらと愉快げな声をあげる若いメイドに、フォールが微笑みかけている。
俺はすぐさま身を退かせ、柱へ隠れた。ひょいと顔を出し、二人を観察する。
話し声は聞こえないが、二人の雰囲気はとてもよく見え、側から見るとまるで恋人同士のようだった。
────浮いた話がないと思っていたが……。
フォールのそういった話は、今まで聞いたことがなかった。男女関係なんてまだ早いわよと、メイドたちが心配するような年齢を過ぎても、彼にはそういう話題が付き纏わなかった。
フォールのような立場の人間が恋人を作ろうと躍起になり、急ぐ必要もない。けれど、それにしても彼は無関心すぎた。
それがどうだ。今、目の前に広がる光景には、お似合いとも呼べる二人が見つめ合い笑っている。
────あの人にも、そういう感情があったんだな。
何処かホッとしていると、王子がメイドと別れた。じゃあ、と手を振り去っていくフォール。その後ろ姿を見つめ、メイドも踵を返し、廊下を歩んだ。
────もしかして、見てはいけない場面だったのか?
二人の逢瀬を目撃してしまった衝撃を誰かに話したくて、俺はハェルの元へ走った。
「……ほほう」
モップかけをしていたハェルが手を止め、にまりと笑う。彼女はモップをバケツに入れ、じゃぶじゃぶと浸した。
「王子に、恋人ねぇ……相手はどんな子ですか?」
「妙齢のメイドだよ。茶髪の……目がグリーンで」
「あぁ、メロかもしれないです。えぇ? 彼女が?」
意外、とハェルが口元に手を当てて声を漏らす。どうやら彼女はメロという名前らしい。彼女はどちらかというと活発な元気旺盛で……フォールとは性格が反対の女性だそうな。
「もっとお淑やかなタイプが好みかと」
「俺もそう思った」
「……そもそも、女性に興味があったことに驚き」
言い終えたあと、彼女がハッと口を噤む。実は俺もそう思ってた、と頷いた。
「女性に……というか、人間に興味があったことに驚きだ」
「……ですよね。あの方、正直何を考えているのかわからなくて……」
彼女の言わんとすることは分かる。悪い人物ではないのだが、それにしても人間味がなさすぎた。
────まぁ、我々のような下っ端に本性を見せていないだけかもしれないが。
「料理を習い出したのも、意中の相手に振る舞うためかしら」
ふふ、と笑う彼女がモップをバケツから引き摺り出し、作業を再開した。磨かずとも輝きを放つ床を、彼女がさらに美しくする。反射したそこには、どこか納得いっていない表情の俺が映っていた。
「……でも、本当にその妙齢のメイドが彼の意中の相手なのかなぁ」
「と言いますと?」
「……王子、兵を引き連れずに外出することが多いんだ」
ハェルがこちらを見て固まった。外に、他の相手がいると? と問いかける彼女に頷く。
そう。フォールは度々、外出することがある。それも、護衛を引き連れずに。彼は武術がそこらへんの兵どもより達者ではあるが、一国の王子が単独で行動するのは危険すぎる。
けれど、それを咎めることが俺たちにはできない。だから、黙って彼の外出を見て見ぬふりするしかないのだ。
あらかた、外へ出る理由は想いを寄せている相手に会いにいってるものだと思い込んでいた。しかし、今日のあの場面を見て考えが変わった。
────彼は一体、外へ何をしに出かけているのだろうか。
「……血は争えないのかもしれませんね」
フォールとイズエ、血は繋がっていても誠実さは違うと信じていた。しかし、やはりそういうことなのだろうか。フォールも下半身がだらしない、ただの「男」でしかないのだろうか。
────何かが、引っかかるんだよな。
俺は蠢くモップの先を見ながら、ぼんやりとそんなことを考えていた。
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