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王子の秘密
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「ヒューゴ、どうだ?」
そう問われ、俺は頬を引き攣らせた。目の前で服の袖を捲り上げ、じっとりとこちらを伺うのはこの国の王子であるフォールだ。彼は小皿を持ったまま、こちらの反応を気にしている。口に運んでいたスプーンを厨房の調理台へ置き、息を吐いた。
────どう伝えればいいのだろうか。
王子が料理を始めたのは、ここ最近のことである。何を思い立ったのか、急に厨房で齷齪と働く料理人やメイドたちに教えを乞うた。王子に頭を下げられた連中は、一体なんの戯言だ? と不思議がっていたが、しかし。どうやらそれが戯言でもなんでもなく、本気の言葉だと知り、彼らは手順を教えた。
そして、何故かその料理の味を判定するのが、俺になってしまった。理由は簡単で、実家が街で有名な飯屋だからである。けれど、だからといって舌が冴えている訳でもない。それに料理のいろはも知らないのだ。
口の中に残った風味を味わいながら、王子の後ろで不安そうに眉毛を八の字にしているメイド────ハェルと目が合った。どうも、俺の発言を気にしているようだ。
手放しに意見を述べて良いものかと悩み、味に浸るふりをする。
きっと、彼の父であるイズエに本音を伝えたら、首が飛ぶだろう。もちろん、物理的な意味でだ。しかし、フォールのその目は真剣そのもので、忖度のない意見を求めている。
俺は口の中に溜まった唾液を嚥下し、フォールを見据えた。
「……ちょっと、味が薄い気がします」
「なるほど」
俺の心臓はバクバクと脈打っていた。この国の王子に意見をするなど、命知らずにも程がある。
しかし、フォールはその意見を聞き、ふむと頷いた。顎に手を当て、何が足りないのだろう? とそばにいたハェルや俺へ視線を遣る。
「そうですね……少しスパイスを足すと……良いかもしれません」
俺の小さな声に、助言ありがとう、とフォールが微笑む。父親であるイズエに似た顔立ちだが、その表情は天と地の差があるほど穏やかである。
肩をポンと叩き、また意見を聞いてもいいか? と柔らかい口調で問われた。俺はオイルが足りない機械仕掛けの時計の針如く、数回ぎこちなく頷いた。ここで断れば、俺はどうなるだろうかと考え、しかし。フォールはそんなこと気にしないだろうなと察し、彼の温厚さに心が安らいだ。
「あ、そろそろ時間だ。すまない、後片付けを頼んでもいいか?」
フォールはハッと我に返り、服の袖を下ろした。後ろへいたハェルへ後片付けを指示すると、もちろんです、と彼女が頷く。
王子が忙しなく退散する姿を最後まで目で追いながら、シンと静寂に包まれた厨房でハェルと二人きりになった。
「……ハェル。最近、王子はなんで料理にこだわっているんだ?」
後片付けをする彼女を手伝いながら、俺は問うた。ハェルは肩を竦め、私にも分かりません、と溢す。
「何故か突然、料理を教えて欲しいと尋ねてきたんです。私たちも驚きましたよ」
料理を趣味になさるつもりなのかもですね、とひとりごちながら使った器具を洗う彼女。その横に立ち、フゥンと息を吐き出した。
「……王子、意外と無趣味っていうか……あまり他人や物事に関心がない人だったので意外でした」
「確かにな」
フォールはイズエと違い、女遊びに明け暮れたりするタイプではなく、黙々と武術を学び、芸術に浸るようなタイプである。故に、新たな趣味を見つけたのは良いことだと思う。
「でも、やはり王子がこのような場所に立って、私たちに教えを乞うのはちょっと……気を遣いますよね」
「そうなんだよ。俺も味の感想を言う時に心臓が破裂しそうだった」
全く、自分の立場ってもんをわかって欲しいよな。と俺は嘆く。私たちと距離が近いところが王子のいいところでもあるんですけどね、とハェルが苦笑いを溢した。
そう問われ、俺は頬を引き攣らせた。目の前で服の袖を捲り上げ、じっとりとこちらを伺うのはこの国の王子であるフォールだ。彼は小皿を持ったまま、こちらの反応を気にしている。口に運んでいたスプーンを厨房の調理台へ置き、息を吐いた。
────どう伝えればいいのだろうか。
王子が料理を始めたのは、ここ最近のことである。何を思い立ったのか、急に厨房で齷齪と働く料理人やメイドたちに教えを乞うた。王子に頭を下げられた連中は、一体なんの戯言だ? と不思議がっていたが、しかし。どうやらそれが戯言でもなんでもなく、本気の言葉だと知り、彼らは手順を教えた。
そして、何故かその料理の味を判定するのが、俺になってしまった。理由は簡単で、実家が街で有名な飯屋だからである。けれど、だからといって舌が冴えている訳でもない。それに料理のいろはも知らないのだ。
口の中に残った風味を味わいながら、王子の後ろで不安そうに眉毛を八の字にしているメイド────ハェルと目が合った。どうも、俺の発言を気にしているようだ。
手放しに意見を述べて良いものかと悩み、味に浸るふりをする。
きっと、彼の父であるイズエに本音を伝えたら、首が飛ぶだろう。もちろん、物理的な意味でだ。しかし、フォールのその目は真剣そのもので、忖度のない意見を求めている。
俺は口の中に溜まった唾液を嚥下し、フォールを見据えた。
「……ちょっと、味が薄い気がします」
「なるほど」
俺の心臓はバクバクと脈打っていた。この国の王子に意見をするなど、命知らずにも程がある。
しかし、フォールはその意見を聞き、ふむと頷いた。顎に手を当て、何が足りないのだろう? とそばにいたハェルや俺へ視線を遣る。
「そうですね……少しスパイスを足すと……良いかもしれません」
俺の小さな声に、助言ありがとう、とフォールが微笑む。父親であるイズエに似た顔立ちだが、その表情は天と地の差があるほど穏やかである。
肩をポンと叩き、また意見を聞いてもいいか? と柔らかい口調で問われた。俺はオイルが足りない機械仕掛けの時計の針如く、数回ぎこちなく頷いた。ここで断れば、俺はどうなるだろうかと考え、しかし。フォールはそんなこと気にしないだろうなと察し、彼の温厚さに心が安らいだ。
「あ、そろそろ時間だ。すまない、後片付けを頼んでもいいか?」
フォールはハッと我に返り、服の袖を下ろした。後ろへいたハェルへ後片付けを指示すると、もちろんです、と彼女が頷く。
王子が忙しなく退散する姿を最後まで目で追いながら、シンと静寂に包まれた厨房でハェルと二人きりになった。
「……ハェル。最近、王子はなんで料理にこだわっているんだ?」
後片付けをする彼女を手伝いながら、俺は問うた。ハェルは肩を竦め、私にも分かりません、と溢す。
「何故か突然、料理を教えて欲しいと尋ねてきたんです。私たちも驚きましたよ」
料理を趣味になさるつもりなのかもですね、とひとりごちながら使った器具を洗う彼女。その横に立ち、フゥンと息を吐き出した。
「……王子、意外と無趣味っていうか……あまり他人や物事に関心がない人だったので意外でした」
「確かにな」
フォールはイズエと違い、女遊びに明け暮れたりするタイプではなく、黙々と武術を学び、芸術に浸るようなタイプである。故に、新たな趣味を見つけたのは良いことだと思う。
「でも、やはり王子がこのような場所に立って、私たちに教えを乞うのはちょっと……気を遣いますよね」
「そうなんだよ。俺も味の感想を言う時に心臓が破裂しそうだった」
全く、自分の立場ってもんをわかって欲しいよな。と俺は嘆く。私たちと距離が近いところが王子のいいところでもあるんですけどね、とハェルが苦笑いを溢した。
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