孤独な屋敷の主人について[完]

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みずいらず

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 彼が粗相をしたため、俺たちは別部屋で眠ることになった。いつもと違う寝心地に彼は愉快げだった。少し前まで、漏らしてごめんね、と肩を落として頬を染めていた人物とは思えないほどだ。俺はそんな彼の頭を撫で、気にしなくていいよと伝える。しかし、彼は目を伏せ、恥ずかしいところ見られちゃった、と唇を尖らせていた。
 ────可愛かったな。
 尿ではないと伝えることが出来ないまま、俺は兄が恥ずかしそうに肩を縮こませている場面を目に焼き付けた。

「早く、ねぇ。こっちへ来て」

 客間に置かれたベッドは、二人で寝るには少し狭かった。彼はベッドに寝そべり、俺を手招きする。それに従い、カルベルの隣に寝た。丁寧に寝具を肩までかけてくれる兄が愛しい。無意識な「兄らしさ」に、思わず胸が疼いた。
 抱き寄せて額にキスをすると、もうしないよ、と肩を揺らし笑う。もうしないのか、と残念に思い、隣へ眠る彼の肩を抱き寄せる。

「ねぇ、無口くん。僕の弟の話を聞いて」

 唐突に自分の話題を出され、心臓が脈を打つ。兄へ視線を投げると、薄暗い天井をぼんやりと見つめていた。

「フォールはね、この国の王子様なんだ。だから、とても偉い人なんだよ。いつもは忙しいからなかなか会えないけど……時々、会いに来てくれるんだ。弟はね、僕を蔑んだり嫌ったりしない。いつも優しい声で僕を「兄さん」って呼んでくれる。ピアノを弾いてるって伝えた時も、とても明るい声で「ピアノを弾いたことがないから尊敬するよ」って言ってくれたんだ。とても良い子でしょ?」

 俺の胸板に顔を寄せ、ふふ、と彼が微笑む。密着するたびに、この心臓の鼓動が伝わらないか心配だ。兄に真正面から褒められて、平然な振りなどできない。漏らしそうになる歓喜の声を唇を噛み締めて押し殺す。

「僕ね、弟のことが大好きなんだ」

 その言葉に我慢ができなくなり、兄を押さえつけキスをした。彼は戯れあってるつもりなのか、きゃらきゃらとした声をあげる。

「あはは。僕、無口くんのことも好きだよ」

 嫉妬したと思われているのか、彼は宥めるように背中を摩った。その手に縋りたくなり、体重をかける。重いよ、と苦しそうに呟く兄が、耳元で囁いた。

「いつか、無口くんもフォールに会えるといいね。二人とも、すごく良い人だから仲良くなれるかも」

 それはどうかな。俺が俺と対面したら、兄を取り合って殺し合いになりかねない。そんな想像をしてしまい、内心笑う。
 俺に組み敷かれながら、兄は弟であるフォールの話を語った。この前は隣国の王と対面したらしくてね。それでそれで────。彼は自慢するように、様々なことを伝えた。
 夢中に話を続ける兄から体を離し、髪を梳く。擽ったいのか、目を細める兄を見つめ、俺も兄さんに話したいことが沢山あるのだ、という言葉を呑み込んだ。
 俺の夢はこんな辺鄙な場所に建つ屋敷から兄を解放し、城でのんびりと過ごすことだ。二人だけの世界で、兄弟水入らずで過ごしたい。誰の目も気にせず、兄だけを愛し、そして愛されたい。
 そう告げられたら、どれほど良かったか。
 彼の耳元へ近づき、声を出さずに愛しているよと囁いた。


[完]
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