孤独な屋敷の主人について[完]

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みずいらず

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 兄を初めて抱いた時、俺は脳が弾けんばかりに興奮していた。
 怯えながら顔を強張らせる彼をベッドに沈め、その上に覆い被さる。落ち着かせたくてまろい頬を撫でながら、唇を啄んだ。兄はビクンと体を揺らし、俺の顎あたりを見つめながら言葉を吐く。

「あ……の……」

 彼の危機感の無さは、襲っている俺でさえ心配になる程だ。見ず知らずの人間に押し倒されているのに、彼は咎めるでも悲鳴を上げるでもなく、ただ与えられる接触に耐えているだけだ。
 環境が環境なだけに、その反応には納得できるものがあったが、しかし。俺は苦笑いを浮かべながら、彼の髪の毛を梳く。耳へ掛けてやると、彼がほぐれたような表情になる。
 ────めちゃくちゃにしたい。
 兄を見ていると、そんな暴力的な感情が沸々と湧き上がる。父譲りの横暴な性格に、内心ため息を漏らす。
 初めて兄を見た日のことが脳裏を巡った。レジューの影に隠れて、父と俺をぼんやり見つめる小柄な少年。父に彼が兄だと告げられて、俺は何の冗談かと思った。だって、全然似ていないのだ。父にも似ていなければ、俺にも似ていない。そこでようやく、すでに他界した母(俺が生まれてすぐに亡くなってしまったため、記憶に面影などない)に似ているのだと察した。
 亜麻色の髪を揺らし、彼が嬉しそうに微笑んだ。手を伸ばし、握手を促す。柔らかくて、艶やかな手が触れ、俺は全身から汗を滲ませた。うるさいほど心臓が高鳴り、鼓動を早める。
 それを遮ったのは父だ。あまり触りすぎるな、めくらがうつる。そう言われ、強制的に手を離された。俺はその時、彼に触れてはいけないのだろうかと思った。しかし、のちに調べてみるとどうやらめくらとは兄のように目が見えない人のことらしい。そしてその言葉は下品な人間しか使わないと知った。父なら使いかねないな、と内心毒を吐く。
 父はよくこの屋敷に訪れては兄を蔑んだ。お前は出来損ないだ。それに比べてフォールは────。そう語り、俺を称えた。けれど俺はそんな言葉、一ミリも嬉しくなかった。誰かを踏み台にして自分がその上に立ったところで、何も得られるものはない。
 けれど、けれど。俺はその時、知ってしまった。兄が暴言を吐かれ、無理に笑顔を作っている姿が、激しく脳髄を刺激することを。それと同時に、こんな父から兄を守りたいと強く願ってしまった。
 相反した二つの歪な感情に、幼い俺は混乱した。実の兄にこんな感情を抱くのは、間違っている。しかし、兄の穏やかな笑みや、悲しそうに眉を顰める表情を見て、胸が高鳴るのも事実だ。
 すごいなぁ、フォールは。形の良い唇を動かし褒め称える兄を見つめ、どうしようもない感情に襲われながらレジューが作ったスープを啜った。
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