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孤独な屋敷の主人について
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「わっ、む、無口くん……っ」
フォールが向かった場所はピアノが設置してある部屋だ。中に入るなり、彼を椅子へ座らせ鍵盤へ手を置かせた。その感触にハッと気がついたカルベルは首を横に振る。
「無口くん。僕ね、もうピアノは弾かないんだ」
ポツリと呟いたカルベルの手を、フォールが力強く握った。弾いてくれと意思を示しているのだろう。カルベルは目を見開き、やがて緩く微笑んだ。
「……君の手、僕の弟と同じだね」
フォールの表情が固まるのが見てとれた。離そうとした手を、カルベルが優しく包み込む。頬へ手のひらを寄せ、擦った。
「……頑張り屋さんの手をしてる」
その言葉を聞いたフォールは、可哀想なほど顔を真っ赤にしていた。カルベルが続ける。
「沢山、マメができてる。君が、頑張り屋さんだって証拠だ。僕の弟……フォールもね、手のひらに沢山のマメができてるんだ」
カルベルは歌うようにそう言った。フォールが目を泳がせている。きっと、兄に褒められて嬉しいに違いない。今にも声を上げてしまいそうな彼は、舌で唇を舐め歓喜の雄叫びを堪えている。
「フォールはね、すごく良い子で頑張り屋さんなんだ。自慢の弟。それに比べ、僕は────」
カルベルが自分の手を撫でながら、言葉を詰まらせる。フォールは悲しげに眉を歪め、兄を見下ろした。
「……何も成し遂げてない、人間の手をしてる。こんな出来損ないだから、お父様に嫌われてるんだろうね」
自重気味に笑い、鍵盤に指を置く。その表情には仄暗さが差している。
「……弟の、自慢のお兄さんになりたかったなぁ」
ポツリと呟き、空虚をぼんやりと眺めるカルベルの体を、フォールが強く抱きしめた。その反動で、カルベルが体を揺らす。どうしたの? 苦しいよ。笑いながらそう呟くカルベルの頭を、何度も撫でている。
「あはは、無口くん。慰めてくれるの? ありがとう。優しいね」
フォールは鍵盤に置かれた手へ、そっと自分の手を重ねた。弾いてくれ、と無言で促すフォールに観念したのか、カルベルが眉を顰め、微笑む。
「……へたっぴだけど、期待しないでね」
部屋に響くピアノの旋律にフォールがうっとりと目を細めた。ようやく聴けた彼の音色に笑みを浮かべ、指を弾く兄をじっと眺めている。
カルベルは滑らかな指の動きで鍵盤を弾きながら、音楽に身を委ねていた。
窓から差し込む日差しが、二人を照らす。穏やかな風が流れ込み、薄いカーテンを揺らした。
美しい光景だった。私は唾液を嚥下し、その場に立ち尽くした。
拙いながらも清らかな音色が、孤独な屋敷に響く。
この穏やかな時間が一秒でも長く続くようにと、私は願わずにはいられないのだ。
フォールが向かった場所はピアノが設置してある部屋だ。中に入るなり、彼を椅子へ座らせ鍵盤へ手を置かせた。その感触にハッと気がついたカルベルは首を横に振る。
「無口くん。僕ね、もうピアノは弾かないんだ」
ポツリと呟いたカルベルの手を、フォールが力強く握った。弾いてくれと意思を示しているのだろう。カルベルは目を見開き、やがて緩く微笑んだ。
「……君の手、僕の弟と同じだね」
フォールの表情が固まるのが見てとれた。離そうとした手を、カルベルが優しく包み込む。頬へ手のひらを寄せ、擦った。
「……頑張り屋さんの手をしてる」
その言葉を聞いたフォールは、可哀想なほど顔を真っ赤にしていた。カルベルが続ける。
「沢山、マメができてる。君が、頑張り屋さんだって証拠だ。僕の弟……フォールもね、手のひらに沢山のマメができてるんだ」
カルベルは歌うようにそう言った。フォールが目を泳がせている。きっと、兄に褒められて嬉しいに違いない。今にも声を上げてしまいそうな彼は、舌で唇を舐め歓喜の雄叫びを堪えている。
「フォールはね、すごく良い子で頑張り屋さんなんだ。自慢の弟。それに比べ、僕は────」
カルベルが自分の手を撫でながら、言葉を詰まらせる。フォールは悲しげに眉を歪め、兄を見下ろした。
「……何も成し遂げてない、人間の手をしてる。こんな出来損ないだから、お父様に嫌われてるんだろうね」
自重気味に笑い、鍵盤に指を置く。その表情には仄暗さが差している。
「……弟の、自慢のお兄さんになりたかったなぁ」
ポツリと呟き、空虚をぼんやりと眺めるカルベルの体を、フォールが強く抱きしめた。その反動で、カルベルが体を揺らす。どうしたの? 苦しいよ。笑いながらそう呟くカルベルの頭を、何度も撫でている。
「あはは、無口くん。慰めてくれるの? ありがとう。優しいね」
フォールは鍵盤に置かれた手へ、そっと自分の手を重ねた。弾いてくれ、と無言で促すフォールに観念したのか、カルベルが眉を顰め、微笑む。
「……へたっぴだけど、期待しないでね」
部屋に響くピアノの旋律にフォールがうっとりと目を細めた。ようやく聴けた彼の音色に笑みを浮かべ、指を弾く兄をじっと眺めている。
カルベルは滑らかな指の動きで鍵盤を弾きながら、音楽に身を委ねていた。
窓から差し込む日差しが、二人を照らす。穏やかな風が流れ込み、薄いカーテンを揺らした。
美しい光景だった。私は唾液を嚥下し、その場に立ち尽くした。
拙いながらも清らかな音色が、孤独な屋敷に響く。
この穏やかな時間が一秒でも長く続くようにと、私は願わずにはいられないのだ。
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