5 / 35
孤独な屋敷の主人について
5
しおりを挟む
◇
「あっ、うっ」
甲高い声で我に返る。ドアの隙間から聞こえる主人の声が大きくなり、行為が終わりに向かっているのだと察した。
中を覗き込む。部屋の中心には大きなピアノと、その側に組み敷かれたカルベルと覆い被さるフォールが居た。窓から差し込む日差しが燦々と降り注ぎ、二人を照らしている。こちらに背を向けているフォールの肩に、カルベルのか細い足が掛かっていた。その爪先が痙攣したように震えている。
「うぅ、うーッ! あっ、あぅ゛……!」
フォールの腰が激しく動く。カーペットを握りしめるカルベルの真白い手が見えた。それに被せるように大きな手が重なる。ぎゅうと握りしめ、フォールの呼吸が荒くなった。
「っ……!」
「あっ、! ーッ!」
声も出さずに喘いだ主人が、やがて脱力したようにぴくりとも動かなくなった。フォールの汗ばんだ背中が緩やかにビクつく。そのまま二人は重なり、口付けを交わし合った。
「んっ、んぅ、はっ、は……ッ、無口くん……」
カルベルはフォールのことを無口くんと呼ぶ。理由は簡単だ。彼が一言も言葉を発さないからである。正体を知られてはいけないフォールにとって、バレなければ呼び名などどうでもいいのだろうが、しかし。無口くんと呼ばれるたびに、複雑そうな表情をするのは私の気のせいではない。
「いっぱい、これして……」
これ、とは口付けのことだろう。無自覚に弟へせがむ彼はとても滑稽だ。そして、悲しささえ感じる。
フォールは一瞬固まり、やがて彼の唇へ導かれるように体を倒した。唾液が交わるような艶かしい音が鼓膜を撫で、思わず眉を顰める。
「はっ、ん、ん……」
親から愛情を与えられずに育った彼が、血の繋がった兄弟に歪んだ愛情を注がれている。これは果たして、幸せなのか不幸せなのか。
……私にとって、どうでもいい問題である。
主人が幸せそうにしているのなら、それが正解だ。
長らく続く口付けをドアの隙間から眺めながら、やがて視線を逸らし、大きく息を吐き出す。まだ庭の掃き掃除が終わっていないから早めに切り上げてほしいと思いつつ、屋敷廊下の天井をぼんやりと見上げた。
「来週、父がここへ来る」
「え?」
カルベルが居る部屋とは別室に閉じ籠り、乱れた衣類を整えながらフォールがそう私へ言った。汗ばんだ頬を濡タオルで拭き、彼が大きく息を吐き出しながら椅子へ腰掛ける。
「早めに、君に伝えておかなければと思ってね。いつもギリギリに訪問を伝えられてドタバタしていただろう?」
確かに、イズエの訪問はいつも急だ。そのくせ、立派な料理が提供されないと臍を曲げる。故に、私は彼────いや、彼らの訪問があまり好きではない。
だからこそ、早めに教えてもらえて良かった。私はフォールに深々とお辞儀をして礼を言う。彼は気にしないでくれ、と軽く笑った。
「君にはいつも世話になっているから……ところで」
この屋敷には主人と我々以外に誰もいないと言うのに、フォールが声を顰める。その仕草が子供っぽくて笑いそうになってしまった。
「……兄はピアノの練習をしているのかい?」
「えぇ。どうも、あなた方に披露して驚かせたいようです」
なので、今度会った時には知らんぷりをしてあげてくださいね。私も子供のように声を顰めてみる。フォールが私の目を見て、頷いた。
今度の訪問が楽しみだなぁ。彼が頬を緩ませ、愉快げに笑う。その姿は実の兄を犯していた人間だとは思えないほど、穏やかだった。
「あっ、うっ」
甲高い声で我に返る。ドアの隙間から聞こえる主人の声が大きくなり、行為が終わりに向かっているのだと察した。
中を覗き込む。部屋の中心には大きなピアノと、その側に組み敷かれたカルベルと覆い被さるフォールが居た。窓から差し込む日差しが燦々と降り注ぎ、二人を照らしている。こちらに背を向けているフォールの肩に、カルベルのか細い足が掛かっていた。その爪先が痙攣したように震えている。
「うぅ、うーッ! あっ、あぅ゛……!」
フォールの腰が激しく動く。カーペットを握りしめるカルベルの真白い手が見えた。それに被せるように大きな手が重なる。ぎゅうと握りしめ、フォールの呼吸が荒くなった。
「っ……!」
「あっ、! ーッ!」
声も出さずに喘いだ主人が、やがて脱力したようにぴくりとも動かなくなった。フォールの汗ばんだ背中が緩やかにビクつく。そのまま二人は重なり、口付けを交わし合った。
「んっ、んぅ、はっ、は……ッ、無口くん……」
カルベルはフォールのことを無口くんと呼ぶ。理由は簡単だ。彼が一言も言葉を発さないからである。正体を知られてはいけないフォールにとって、バレなければ呼び名などどうでもいいのだろうが、しかし。無口くんと呼ばれるたびに、複雑そうな表情をするのは私の気のせいではない。
「いっぱい、これして……」
これ、とは口付けのことだろう。無自覚に弟へせがむ彼はとても滑稽だ。そして、悲しささえ感じる。
フォールは一瞬固まり、やがて彼の唇へ導かれるように体を倒した。唾液が交わるような艶かしい音が鼓膜を撫で、思わず眉を顰める。
「はっ、ん、ん……」
親から愛情を与えられずに育った彼が、血の繋がった兄弟に歪んだ愛情を注がれている。これは果たして、幸せなのか不幸せなのか。
……私にとって、どうでもいい問題である。
主人が幸せそうにしているのなら、それが正解だ。
長らく続く口付けをドアの隙間から眺めながら、やがて視線を逸らし、大きく息を吐き出す。まだ庭の掃き掃除が終わっていないから早めに切り上げてほしいと思いつつ、屋敷廊下の天井をぼんやりと見上げた。
「来週、父がここへ来る」
「え?」
カルベルが居る部屋とは別室に閉じ籠り、乱れた衣類を整えながらフォールがそう私へ言った。汗ばんだ頬を濡タオルで拭き、彼が大きく息を吐き出しながら椅子へ腰掛ける。
「早めに、君に伝えておかなければと思ってね。いつもギリギリに訪問を伝えられてドタバタしていただろう?」
確かに、イズエの訪問はいつも急だ。そのくせ、立派な料理が提供されないと臍を曲げる。故に、私は彼────いや、彼らの訪問があまり好きではない。
だからこそ、早めに教えてもらえて良かった。私はフォールに深々とお辞儀をして礼を言う。彼は気にしないでくれ、と軽く笑った。
「君にはいつも世話になっているから……ところで」
この屋敷には主人と我々以外に誰もいないと言うのに、フォールが声を顰める。その仕草が子供っぽくて笑いそうになってしまった。
「……兄はピアノの練習をしているのかい?」
「えぇ。どうも、あなた方に披露して驚かせたいようです」
なので、今度会った時には知らんぷりをしてあげてくださいね。私も子供のように声を顰めてみる。フォールが私の目を見て、頷いた。
今度の訪問が楽しみだなぁ。彼が頬を緩ませ、愉快げに笑う。その姿は実の兄を犯していた人間だとは思えないほど、穏やかだった。
25
お気に入りに追加
88
あなたにおすすめの小説

【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。
桜月夜
BL
前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。
思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?
名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。
そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________
※
・非王道気味
・固定カプ予定は無い
・悲しい過去🐜のたまにシリアス
・話の流れが遅い

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
【完結】悪役令息の従者に転職しました
*
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。
依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。
皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ!
本編完結しました!
『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく、舞踏会編、はじめましたー!
他のお話を読まなくても大丈夫なようにお書きするので、気軽に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
【完結】相談する相手を、間違えました
ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。
自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・
***
執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。
ただ、それだけです。
***
他サイトにも、掲載しています。
てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。
***
エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。
ありがとうございました。
***
閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。
ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*)
***
2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる