孤独な屋敷の主人について[完]

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孤独な屋敷の主人について

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「俺を蔑むかい?」

 そう問われ、頷きそうになるのを耐えた。事後の気怠さを孕ませたフォールが椅子に深く腰を下ろし、項垂れている。その頭部を眺めながら、いいえと短く言葉を吐いた。嘘が下手だな君は。と言われ、思わず唾液が喉に詰まる。

「気がついていた癖に。俺が兄を愛していることを」

 私は数回唾液を嚥下し、聞こえるか聞こえないか程度に返事をする。その言葉は、がらんどうとした客間の床へ落ちる。彼を招き入れたこの部屋は殆ど使われた経験がなく、中央に置かれたテーブルや椅子には薄く埃が乗っていた。

「……気がついて、いました」
「だろうな……ま、どちらかというと、気がついていない父の方が鈍感というべきか」

 ふぅと息を吐きながら、項垂れていた顔を起こす。髪を乱暴に掻きながら、目を伏せ足を組み直した。
 見れば見るほど、彼らは似ていない。強いていうなら、瞳の色だけが似ているだろうか。
 だからこそ、彼は兄に惹かれたのかもしれない。穏やかで穢れを知らない兄に────。

「……兄さん、痛がってた。怪我はしてなかったけど、体調が気になる。君が後で診てやってくれ」
「かしこまりました」

 頷き、彼を見つめる。その目はとても疲れ切っていたが、同時に何かを成し遂げた男の瞳をしていた。
 きっと、やっと兄を手中に収めることができた達成感に満たされているのだろう。そう考えると、全身に鳥肌が立った。彼がおこなった行為が急に現実味を帯びて、私を襲う。その異常さと異質さに、思わず眩暈がした。

「……父には────」
「言うはずがありません」

 イズエはフォールしか愛しておらず、彼を惑わすものは排除するだろう。こんな馬鹿げたことを告げ口したら、最後。カルベルは殺されるだろうし、容認した私も殺される。屋敷は燃やされ跡形もなく消されるに違いない。
 そんな危険な橋を歩んでまでも、この出来事をイズエへ報告する勇気は私には無い。
 言うはずがない、という回答を得たフォールが下手くそな笑みでありがとうと礼を言った。やがて再び黙り込み、口元に手を当てる。

「……俺は……俺はあの美しい人を穢してしまった。兄は、誰に何をされたのか、理解していない……俺は────最低な人間だ。なぜ俺が正体を表さないか、君には理解できるかい? 俺はね、卑怯者なんだ。あの美しい人に失望されたくなかった。身内に欲情する男だと、軽蔑されたくなかった。だから、正体を明かさなかった。自分を守ってまでも、彼を凌辱したいと願う。そんな俺は、彼に触れてはいけない化け物だ……」

 項垂れた彼は悲痛な声を漏らした。私は無言のまま、息を吐き出す。
 誰に何をされているのか理解できないまま身を穢された兄と、兄のハンデを利用してまでも抱きたいと願った弟。とてもじゃないが、正しいとは言えない。

「でも、抑えられなかった。愛しているんだ……兄を……」

 カルベルにそう告げられたなら、どれほど良かったか。けれど、それはできない。その事を、フォール自身が一番理解している。だからこそ、彼が哀れで堪らない。
 愛の告白は私の耳を劈くように響き、何処かへ消えた。





 屋敷から出て馬に乗り去っていくフォールを見届けた私は、走ってカルベルの元へ向かう。勢いよく部屋のドアを開け、彼へ駆け寄った。

「主人、大丈夫ですか……?」

 その声は、自分が思っている以上に切羽詰まっていた。フォールと対面していた時は緊張に包まれていたが、やっとカルベルへ接触できるようになり使用人としての本能が目覚める。彼に怪我がないか、恐怖で泣いていないか。そんなことを考えてしまい、頭がパンクしそうになる。
 しかし、カルベルはベッドの上で寝そべったまま私を見上げ、瞳を彷徨わせた。その雰囲気はいつもと違い、身構える。

「……あれ、レジュー?」
「は、ハイ。レジューでございます。主人、怪我は……」
「平気だよ。あのね、誰かが僕に用事があって来てたんだ。なんか、変なことされたけど……すごく優しい人だった」

 綺麗に衣類を身につけた彼は、身振り手振りで自身の体に何をされたか伝えた。なんだかね、すごく変な感じだった。なんだろう、あれ。何かの遊び? そう告げるカルベルが不憫でならない。レイプ紛いのことをされたのに、フォールからも、もちろん私からもその詳細を伝えることができない。
 私は唇を噛み締め、彼の頭を撫でた。カルベルは首を傾げ、あははと笑う。

「今日はなんだか、いっぱい撫でられる日だなぁ」

 照れたように笑う彼の手を引き、私たちは浴室まで歩んだ。
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