孤独な屋敷の主人について[完]

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孤独な屋敷の主人について

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「今から兄を抱く」
「はっ……」
「だから、君には此処に待機して見張ってて欲しいんだ。もしかしたら急な邪魔が入るかもしれない。俺らの行為を裂くような不届き者を此処で食い止めてくれないか」

 何を言っているのか、分からなかった。兄を抱く? それは私が考えている、不埒な行為のことだろうか。そうだとしたら、なぜ? なぜ、実の兄を抱くのだ? 私は目の前が歪むのを感じた。彼の発した言葉にショックを受けたからでもあるが、同時に彼が意を結した清々しい表情をしていたからだ。
 頼んだよ、じゃあね。彼はそう言い残し、部屋へ入り込んだ。ドアの隙間から、彼ら二人の姿が確認できた。窓際に腰を下ろし、午後の暖かな日差しに身を委ねていたカルベルはドアの開閉した音に驚き、レジュー? と私の名を呼ぶ。フォールは答えることなく、カルベルのそばへ寄る。跪き、彼の手を取った。カルベルは身を強張らせ、困惑している。手の感触から、私では無いと判断したのだろう。カルベルは誰? レジュー? ねぇ、どこ。と不安げに繰り返す。そんな彼の手のひらに、フォールは柔らかくキスを落とした。
 きっと、警戒しないでほしいと無言で彼に伝えているに違いない。
 しかし何故、彼は声を出さないのだろうか。弟であると明かしてしまえば、カルベルは幾分か落ち着くはずなのに……。

「……あのっ、だ、誰かな? レジューは? レジュー?」

 私の名を呼ぶ声が悲痛で、今すぐにでも駆け出したくなる衝動に襲われた。しかし、王子であるフォールの命令に背くことはできない。私は眉を顰めた。

「君は、誰? 僕に、なんの用事……」

 瞬間、フォールはカルベルに軽く口付けをした。わぁ、と声を漏らし後ろへ身を退くカルベルの二の腕を掴み、今度は深く口付けをする。目を白黒とさせるカルベルが、私の位置からでもハッキリと見えた。

「ん、ンッ、ん……!」

 きっと、生まれて初めての口付けだろう。カルベルはどんな反応をして良いか分からず狼狽えていた。しかし、フォールはこの行為に慣れているのだろう。彼の後頭部へ手を回し、愛おしげに何度も角度を変え舌をねじ込んでいる。はふはふと苦しげに呼吸を繰り返すカルベルを抱きしめ、頭部にキスを落とした。宥めるように背中を撫で、彼を落ち着かせようとしている。

「あの……君は、誰なの? どうしてこんなことするの?」

 幾分か落ち着きを取り戻したのか、カルベルがフォールへ問う。しかし、彼は回答をしない。その代わり、柔く兄を抱きしめた。

「ふふ。君、無口だね」

 彼の危機感の無さは天下一品だと、私は思った。普通の人間だったら、キスをされて抱きしめられたら殴ってでも回避するものである。
 しかし、生まれつき目が不自由で、尚且つこのような場所に隔離されていたらああいう風になってしまうのかもしれない。
 そもそも、彼はキスという行為がなんなのか理解も出来ていないだろう。そしてこの後、彼の身に訪れる────性行為さえ、知らないはずだ。
  全てが謎のまま、正体も分からない相手に穢される主人のことを考えると哀れでならない。
 更にその相手が血の繋がった弟と来たもんだ。余計にタチが悪い。
 私は部屋から聞こえ始めた主人の困惑した声と短い喘ぎを聞きながらため息を漏らし、邪魔が入らないようにとその場で待機した。
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