1 / 35
命短し恋せよ男子
1
しおりを挟む
「好きだ、ルイ」
喋るたびにゴポゴポと口から血が吹き出し、ルイの顔を汚した。彼の肩に置いた手が震え出す。徐々に力をなくしていく指先が、縋るような形で彼の服を掴んだ。貴族が身に纏うその生地は、俺のような使用人が着ている服とは比べ物にならないほど滑らかだ。
「よかった。お前を、守れて……」
「き、君は誰なんだい?」
いきなり愛の告白をされたルイは目をまんまるとさせている。状況が理解できていない彼は、床の上に倒れている刺客と俺を交互に見つめた。やがて、腹にできた真横の切れ目を指差し、悲鳴に似た声をあげる。
「だ、誰か、誰か来てくれ! 負傷者だ!」
「ルイ。落ち着いてくれ」
俺は極めて冷静な声を出す。その度に喉がひゅうひゅうなるし、口内に溜まる血のせいでうまく喋れない。呼吸をしたら腹にあいた切れ目からどぽりと体液が溢れた。自分でもわかるほど、体が冷えていく。「落ち着けるわけないだろう」。ルイは顔面蒼白という言葉に似合の顔色で俺を抱き寄せた。
「喋るな。喋ってはいけない。今すぐに、この屋敷にいる救護兵が来る。だから────」
「ルイ……! 好きだ……!」
ルイに抱き寄せられ、引いていた体温が上昇する。上がらない腕を必死に奮い立たせ、彼の背中に手を伸ばす。「さっきから、君が何を言っているかわからない。そもそも、彼は一体誰なんだ? 君も一体、何者なんだ。何がなんだか……」。ルイは困惑していた。それもそうだろう。床には自分の暗殺を目論んでいた内通者が血を流して倒れていて、目の前には話したこともない使用人が腹に穴を開けて、必死の形相で告白しているのだ。
「好きだ、ルイ。ずっと、ずっと。永遠に好きだ」
「な、何を言っているのかさっぱりだが、とにかく止血を……」
「次の世界でも、好きだ。ルイ」
汗が滲んだ彼の頬を、熱が帯びない手で撫でる。目元を親指で拭いながら、ルイの唇にキスをした。
瞬間、目の前が真っ白になる。まるで体が粒子になったように散り、意識が遠のいた。
◇
目が覚める。勢いよく体を起こそうとした俺は、ズキンと刺すような頭痛に顔を顰め、もう一度その体を寝かせる。腹へ手を伸ばす。先ほどまでいた世界の香りが、いまだにそこに残っていた。焼けるような痛みを思い出し、眉を顰め天井を見上げた。
────さっきの世界線は、ファンタジー風味だったな。
瞼を閉じ、凛々しいルイを思い出す。彼は由緒正しき貴族だった。俺は彼に支えるただの使用人。
────ルイを守れて、良かった。
貴族であるルイを暗殺しようと目論んだ男から、守ることができたことに安堵の息を漏らす。俺はどうなっても構わない。ただ彼を守れたら、それで良いのだ。
────今回は、どの世界線だ?
俺は天井を見上げる。真っ白な天井は陶器のようにまろく、シミひとつない。滑らかなシーツは、寝ていることに気が引けるほど綺麗だ。かかっていたブランケットを剥がし、体を起こす。緩やかなTシャツは、これまた白く、目眩を覚える。
室内を見渡す。そこもまた白く、苛立ちさえ覚えた。痛む頭をなんとか動かし、ぐるりと眼球を動かす。部屋の隅に椅子がひとつ。壁には時計のようなものはない。洒落た家具は置かれておらず、唯一色があるとすれば、窓を遮っているグレーのカーテンだ。どうやら、見る限り現代に近いらしい。色んな時代やシチュエーションに遭遇したが、やはり現代だと気分が落ち着く。
ここは一体、何処なんだろう。ベッドから身を乗り出しカーテンへ手を伸ばした。少し硬めの素材で出来たそれを勢いよく開ける。
「……こういうパターンもあるのか」
窓の外に見える宇宙と、遠くに見える黒ずんだ地球をぼんやりと眺め、俺は愕然とひとりごちた。
喋るたびにゴポゴポと口から血が吹き出し、ルイの顔を汚した。彼の肩に置いた手が震え出す。徐々に力をなくしていく指先が、縋るような形で彼の服を掴んだ。貴族が身に纏うその生地は、俺のような使用人が着ている服とは比べ物にならないほど滑らかだ。
「よかった。お前を、守れて……」
「き、君は誰なんだい?」
いきなり愛の告白をされたルイは目をまんまるとさせている。状況が理解できていない彼は、床の上に倒れている刺客と俺を交互に見つめた。やがて、腹にできた真横の切れ目を指差し、悲鳴に似た声をあげる。
「だ、誰か、誰か来てくれ! 負傷者だ!」
「ルイ。落ち着いてくれ」
俺は極めて冷静な声を出す。その度に喉がひゅうひゅうなるし、口内に溜まる血のせいでうまく喋れない。呼吸をしたら腹にあいた切れ目からどぽりと体液が溢れた。自分でもわかるほど、体が冷えていく。「落ち着けるわけないだろう」。ルイは顔面蒼白という言葉に似合の顔色で俺を抱き寄せた。
「喋るな。喋ってはいけない。今すぐに、この屋敷にいる救護兵が来る。だから────」
「ルイ……! 好きだ……!」
ルイに抱き寄せられ、引いていた体温が上昇する。上がらない腕を必死に奮い立たせ、彼の背中に手を伸ばす。「さっきから、君が何を言っているかわからない。そもそも、彼は一体誰なんだ? 君も一体、何者なんだ。何がなんだか……」。ルイは困惑していた。それもそうだろう。床には自分の暗殺を目論んでいた内通者が血を流して倒れていて、目の前には話したこともない使用人が腹に穴を開けて、必死の形相で告白しているのだ。
「好きだ、ルイ。ずっと、ずっと。永遠に好きだ」
「な、何を言っているのかさっぱりだが、とにかく止血を……」
「次の世界でも、好きだ。ルイ」
汗が滲んだ彼の頬を、熱が帯びない手で撫でる。目元を親指で拭いながら、ルイの唇にキスをした。
瞬間、目の前が真っ白になる。まるで体が粒子になったように散り、意識が遠のいた。
◇
目が覚める。勢いよく体を起こそうとした俺は、ズキンと刺すような頭痛に顔を顰め、もう一度その体を寝かせる。腹へ手を伸ばす。先ほどまでいた世界の香りが、いまだにそこに残っていた。焼けるような痛みを思い出し、眉を顰め天井を見上げた。
────さっきの世界線は、ファンタジー風味だったな。
瞼を閉じ、凛々しいルイを思い出す。彼は由緒正しき貴族だった。俺は彼に支えるただの使用人。
────ルイを守れて、良かった。
貴族であるルイを暗殺しようと目論んだ男から、守ることができたことに安堵の息を漏らす。俺はどうなっても構わない。ただ彼を守れたら、それで良いのだ。
────今回は、どの世界線だ?
俺は天井を見上げる。真っ白な天井は陶器のようにまろく、シミひとつない。滑らかなシーツは、寝ていることに気が引けるほど綺麗だ。かかっていたブランケットを剥がし、体を起こす。緩やかなTシャツは、これまた白く、目眩を覚える。
室内を見渡す。そこもまた白く、苛立ちさえ覚えた。痛む頭をなんとか動かし、ぐるりと眼球を動かす。部屋の隅に椅子がひとつ。壁には時計のようなものはない。洒落た家具は置かれておらず、唯一色があるとすれば、窓を遮っているグレーのカーテンだ。どうやら、見る限り現代に近いらしい。色んな時代やシチュエーションに遭遇したが、やはり現代だと気分が落ち着く。
ここは一体、何処なんだろう。ベッドから身を乗り出しカーテンへ手を伸ばした。少し硬めの素材で出来たそれを勢いよく開ける。
「……こういうパターンもあるのか」
窓の外に見える宇宙と、遠くに見える黒ずんだ地球をぼんやりと眺め、俺は愕然とひとりごちた。
6
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
ヤンデレだらけの短編集
八
BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。
全8話。1日1話更新(20時)。
□ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡
□ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生
□アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫
□ラベンダー:希死念慮不良とおバカ
□デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち
ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。
かなり昔に書いたもので、最近の作品と書き方やテーマが違うと思いますが、楽しんでいただければ嬉しいです。
目が覚めたら、カノジョの兄に迫られていた件
水野七緒
BL
ワケあってクラスメイトの女子と交際中の青野 行春(あおの ゆきはる)。そんな彼が、ある日あわや貞操の危機に。彼を襲ったのは星井夏樹(ほしい なつき)──まさかの、交際中のカノジョの「お兄さん」。だが、どうも様子がおかしくて──
※「目が覚めたら、妹の彼氏とつきあうことになっていた件」の続編(サイドストーリー)です。
※前作を読まなくてもわかるように執筆するつもりですが、前作も読んでいただけると有り難いです。
※エンドは1種類の予定ですが、2種類になるかもしれません。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。
白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。
最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。
(同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!)
(勘違いだよな? そうに決まってる!)
気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる