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リドリーの話
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◇
湯気で曇った視界の中、手探りで容器を取る。濡れた前髪を掻き上げ、スポンジへボディーソープを乱暴に出した。何度か手で揉み泡を立て、それを体へ擦り付ける。柔らかな泡が全身を包む。臀部まで手を滑らせると、シャワーの熱湯で流しきれていない体液が付いていた。
「ッチ」
「あ、……す、すみません」
思わず舌打ちした俺は、急に聞こえた声に肩を震わせた。体がちょうど隠れる程度の板一枚で区切られたシャワールームの個室。その隣へ視線を投げると、ナセリが居た。艶やかな亜麻色の髪を濡らし始めたばかりであろう彼は、目を伏せあたふたとしていた。
「ナセリか……いや、お前のことに舌打ちしたわけじゃないから。気にすんな」
「そ、そうなんですね……すみません」
眼鏡が無いからなのか、いまいち焦点の合わない瞳をこちらに向けたナセリが、もう一度謝った。
────俺がいじめてるみたいな態度すんなよな。
今度こそ彼の態度に舌打ちしそうになり、唇を噛む。
重そうな黒髪と銀縁の眼鏡、吃り口調な彼────ナセリはこの研究所で働く同僚である。何をするにも謝罪から入る彼を、俺はあまり好きではない。それに、彼も俺に苦手意識を抱いている……はずだ。
息を吐き出し、ベルコに汚された箇所を洗い流す。未だに腹の中に残る違和感に眉を歪め、頭から熱湯を浴びた。
「……あ、の……」
「あ?」
水音に負けそうなほどの小さい声が鼓膜に届き、目を瞑りながら返事をする。無愛想な返答に驚いたのか、ナセリが吃りながら続ける。
「だ、大丈夫、ですか? その……た、担当が、苦手な部類の虫だと聞いて……」
自分の担当が決まった時、俺は力の限り狂いさまざまな人間に怒りをぶつけた。その中の一人にナセリがいた。彼はどうやら俺を気にしているらしい。
気にするなら担当を代わってくれよ、と言いたくなった言葉を飲み込む。確か彼の担当はムカデだった気がする。床を這い回る無数の足と畝る体を想像し、鳥肌が立った。代わってもらっても痛い目を見るだろうなと察し、蛇口を閉め、目元を拭った。
「全然大丈夫じゃないけど、心配ありがとうな」
「い、いえ……」
嫌味っぽく返した俺に、無理に微笑むナセリ。その弱々しい笑顔は排水溝に流れる水のように情けないものである。
────こんな弱そうな男が、巨大虫の相手なんかできるのか?
ナセリは折れそうなほど細く、小柄だ。彼が大きなムカデに巻かれているところを想像した。首がへし折られてもおかしくないなぁとぼんやり思い、息を吐き出す。
「……お前も、頑張れよ」
「あ、はい……」
吃りながら頭を下げる彼を見届け、シャワールームから出た。湯気が視界を遮る中、彼の薄く白い背中が見える。
なんとも頼りない姿に、老婆心が芽生えた。
湯気で曇った視界の中、手探りで容器を取る。濡れた前髪を掻き上げ、スポンジへボディーソープを乱暴に出した。何度か手で揉み泡を立て、それを体へ擦り付ける。柔らかな泡が全身を包む。臀部まで手を滑らせると、シャワーの熱湯で流しきれていない体液が付いていた。
「ッチ」
「あ、……す、すみません」
思わず舌打ちした俺は、急に聞こえた声に肩を震わせた。体がちょうど隠れる程度の板一枚で区切られたシャワールームの個室。その隣へ視線を投げると、ナセリが居た。艶やかな亜麻色の髪を濡らし始めたばかりであろう彼は、目を伏せあたふたとしていた。
「ナセリか……いや、お前のことに舌打ちしたわけじゃないから。気にすんな」
「そ、そうなんですね……すみません」
眼鏡が無いからなのか、いまいち焦点の合わない瞳をこちらに向けたナセリが、もう一度謝った。
────俺がいじめてるみたいな態度すんなよな。
今度こそ彼の態度に舌打ちしそうになり、唇を噛む。
重そうな黒髪と銀縁の眼鏡、吃り口調な彼────ナセリはこの研究所で働く同僚である。何をするにも謝罪から入る彼を、俺はあまり好きではない。それに、彼も俺に苦手意識を抱いている……はずだ。
息を吐き出し、ベルコに汚された箇所を洗い流す。未だに腹の中に残る違和感に眉を歪め、頭から熱湯を浴びた。
「……あ、の……」
「あ?」
水音に負けそうなほどの小さい声が鼓膜に届き、目を瞑りながら返事をする。無愛想な返答に驚いたのか、ナセリが吃りながら続ける。
「だ、大丈夫、ですか? その……た、担当が、苦手な部類の虫だと聞いて……」
自分の担当が決まった時、俺は力の限り狂いさまざまな人間に怒りをぶつけた。その中の一人にナセリがいた。彼はどうやら俺を気にしているらしい。
気にするなら担当を代わってくれよ、と言いたくなった言葉を飲み込む。確か彼の担当はムカデだった気がする。床を這い回る無数の足と畝る体を想像し、鳥肌が立った。代わってもらっても痛い目を見るだろうなと察し、蛇口を閉め、目元を拭った。
「全然大丈夫じゃないけど、心配ありがとうな」
「い、いえ……」
嫌味っぽく返した俺に、無理に微笑むナセリ。その弱々しい笑顔は排水溝に流れる水のように情けないものである。
────こんな弱そうな男が、巨大虫の相手なんかできるのか?
ナセリは折れそうなほど細く、小柄だ。彼が大きなムカデに巻かれているところを想像した。首がへし折られてもおかしくないなぁとぼんやり思い、息を吐き出す。
「……お前も、頑張れよ」
「あ、はい……」
吃りながら頭を下げる彼を見届け、シャワールームから出た。湯気が視界を遮る中、彼の薄く白い背中が見える。
なんとも頼りない姿に、老婆心が芽生えた。
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