上 下
24 / 29

24

しおりを挟む


 翌日、天気は気が滅入るほど良かった。昼から夕方に移り変わる時間であるにも関わらず、日差しは強く目を眩ませる。
 木下家の前で秋斗の準備が終わるのを待ちながら、日陰で涼む。今日はどうやら朝から夕方まで部活動があったらしい。こんなに熱いのに偉いなぁと、空を見上げながら額に滲んだ汗を拭う。
 ふと、自分の衣服へ視線を投げる。無地のTシャツに、七分丈のパンツとサンダル。見るからにラフな格好である。
 ────もう少し、おしゃれした方が良かったかな。
 そんなことを考えていると、玄関が開いた。焦った様子の秋斗が小走りで僕の元へ来る。彼はワックスで髪を整えているらしく、いつもと違う雰囲気がした。つけ慣れていないのか、指先で毛先を弄っている。
 ────可愛いな。
 背伸びをした秋斗に、母性のようなものが擽られる。頬を緩ませた僕を、覗き込むように彼が見つめた。

「ごめん、待った?」
「う、ううん。部活動、お疲れ様……」

 秋斗が肩を掴む。不意に頬に唇を押し付けられ、咄嗟に後ろへ体を退けた。両者の家の前なのに、誰かに見られたらどうするんだと言いたくなったけど、彼の下がった眉を見て何も返せなかった。

「……浴衣じゃないんだね」
「えっ」

 ちょっと期待してたんだけどな。低い声が耳朶を撫でる。スッと離れた彼を見上げた。傾いてきた日差しが頬を染めている。

「見たかったな」

 残念そうにしている秋斗が可愛くて胸が疼く。耳に髪の毛をかけながら、ごめんねと謝った。僕の浴衣姿が見たいだなんて、変な子だなと小さく笑う。
 秋斗が手を差し出した。ん、と促され、目を見開く。

「えっ」
「代わりに、手を繋いで」

 唇を尖らせた秋斗に何も言い返せないまま固まる。分厚い手のひらと彼の顔を交互に見て、唾液を嚥下した。
 我が儘を突き通そうとする子供のように、もう一度手が差し出される。

「お願い」
「誰かに見られたら、どうするの!」

 ダメだよ、と制するが、しかし。秋斗は差し出した手を下げることなく、僕を見つめていた。その目は縋るようでもあったが、けれど、否応無しに従わせようとしていた。

「お願い」

 もう一度、彼の声が鼓膜を弾く。甘えるような声に耐えきれなくなり、目を伏せた。途端にぎゅうと手を握られる。秋斗は花が咲いたように笑い、そのまま引きずるように歩みを進めた。

「あ、ちょ、秋斗くん!」

 楽しげな背中に声をかける。汗ばんだ手のひらは強く握り込まれていて、ちょっとやそっとじゃ解けず、僕はため息を漏らした。



神社に近づくにつれ、人が増え始めた。この辺りでは見ないような人だかりが、普段静かな境内に集まっている。参道の両脇には様々な露店が並び、光を放っていた。
 周りの目を気にする僕を察したのか、秋斗はすんなりと手を離した。手を繋いでくれてありがとうな、と微笑む彼に、小さく頷く。

「……そういえば、秋斗くんは友達とかとこういう所に来なくていいの?」
「え? なんで?」
「だって、普通、年頃の子は友達と来た方が楽しいでしょ」

 周りには学生と思しき子供たちの姿が見える。群れになった女の子たちが浴衣を身に纏い、ころころと笑いながら横を通り過ぎた。

「……俺は八雲くんと一緒にいる方が楽しいから」

 俯き加減の彼が恥ずかしそうにそう言った。地面の小石を蹴飛ばしながら、八雲くんは楽しくないの? と返す。

「え? 僕は楽しいけど……」
「なら、いいじゃん」

 もう一度手を握られそうになり、それを寸前で躱した。秋斗に睨まれたが、ここは譲れない。秋斗の同級生がこの場にいたら、彼はいい年にもなって大学生の男と手を繋いでいる子扱いされるのだ。図体の大きさも相まって、余計に変な光景として受け入れられるに違いない。
 ────まぁ、彼がいじめられる可能性はほぼないとは思うけど……。

「あ、そうだ。りんご飴、買ってあげようか?」

 秋斗がまだ僕より小さかった頃の記憶が脳裏に蘇る。甚平を着た彼が口の周りをベタベタにさせながらりんご飴を頬張る姿を思い出し、口角が緩んだ。

「え、なんでりんご飴……?」

 キョトンとする彼の数歩先を歩む。振り返り、手招きをした。早くおいでと促すと、秋斗は納得いっていないような表情を浮かべ、待ってよと後を追った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集

あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。 こちらの短編集は 絶対支配な攻めが、 快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす 1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。 不定期更新ですが、 1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 書きかけの長編が止まってますが、 短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。 よろしくお願いします!

柔道部

むちむちボディ
BL
とある高校の柔道部で起こる秘め事について書いてみます。

学園の支配者

白鳩 唯斗
BL
主人公の性格に難ありです。

目が覚めたら、カノジョの兄に迫られていた件

水野七緒
BL
ワケあってクラスメイトの女子と交際中の青野 行春(あおの ゆきはる)。そんな彼が、ある日あわや貞操の危機に。彼を襲ったのは星井夏樹(ほしい なつき)──まさかの、交際中のカノジョの「お兄さん」。だが、どうも様子がおかしくて── ※「目が覚めたら、妹の彼氏とつきあうことになっていた件」の続編(サイドストーリー)です。 ※前作を読まなくてもわかるように執筆するつもりですが、前作も読んでいただけると有り難いです。 ※エンドは1種類の予定ですが、2種類になるかもしれません。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。

白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。 最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。 (同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!) (勘違いだよな? そうに決まってる!) 気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。

イケメン幼馴染に執着されるSub

ひな
BL
normalだと思ってた俺がまさかの… 支配されたくない 俺がSubなんかじゃない 逃げたい 愛されたくない  こんなの俺じゃない。 (作品名が長いのでイケしゅーって略していただいてOKです。)

処理中です...