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「ただいまぁ。あれ? 誰か来てるの?」

 一階から微かに声が聞こえた。きっと秋斗の母だ。急激に気持ちが冷め始め、現実に引きずり戻される。ここは秋斗の部屋で、僕らは不埒なことをしている。これは、いけないことだ。
 そう思い、僕は彼の肩に手を掛け顔を逸らした。唾液の糸がぷつりと切れる。頬を染めた秋斗が目を潤ませて僕を見下ろしていた。

「も、も、だめ、ば、バレる、から」

 肩で呼吸を繰り返す僕の唇を親指で撫でた彼が、声を張り上げた。

「友達が来てる」
「あら、そう」

 彼の母は対して興味がなさそうに返事をした。ぱたぱたとスリッパの音が響き、消えていく。静寂に包まれた部屋の中で、二人の呼吸がこだまする。
 彼の母が帰宅したからここで終わりだろうと上半身を起こした途端、秋斗がもう一度唇を重ねた。ぬるりとした舌が口内へ入り込み体が強張る。

「だめ、だめだよ、お母さんが帰ってきた、でしょ」
「大丈夫だって」

 秋斗の唇が歪む。ニヒルに笑んだ彼が顔を寄せた。唇を喰まれ、心臓がバクバクと跳ねる。鼻と鼻が触れ合う距離でバレてもいいじゃんと呟く秋斗が、とても蠱惑的に見えた。
 肩を押し返される。首筋に吐息がかかり、固いものが体に当たる。ふわふわとした思考の中、もうどうにでもなれと思った。



「あんた、秋斗くんの家にお邪魔してたの?」
「んぶっ」

 夕食終わり。家族団欒(と言っても母と二人きりだ。父はまだ帰宅していない)の食事を満喫した後、リビングでダラダラしながらテレビを見ていた時、母にそう問われた。僕は飲んでいたコーラを吐きかけ、ゴホゴホと咳をする。まさかバレているとは、と思いつつ、しかしバレて何が悪いのだと開き直り口周りを拭った。

「うん、まぁ」
「懐かしかったでしょ? 久しぶりに色んな話ができたんじゃない?」

 母が穏やかに微笑みながら皿を洗っている。そんな彼女の姿を見て、あの部屋で起こった出来事が脳裏をよぎり、再び咳払いをした。
 あの後、僕らは「ご飯よ」という声かけがあるまで、ずっと口付けを交わし合っていた。何度も唾液を飲まされ、舌を絡められた。嫌だと言葉を漏らしても許してもらえず、息も絶えだえに彼からの愛撫を受け入れた。

「秋斗くん、本当にあんたのこと好きよねぇ」

 しみじみと言う母をチラリと見つめ、本当にその通りだよなと頷く。臀部に性器を挟んで射精するほど、僕のことが好きらしい。
 不意に秋斗の熱い吐息と、大きな体。そして、汗ばんだ肌を思い出し唾液を嚥下する。ゴツゴツした手が皮膚を這う、あの感覚が脳を痺れさせる。
 火照った頬を、エアコンから流れる風が冷ました。

「……秋斗くんって、柔道強いんだね」
「みたいねぇ。前、木下さんに誘われて試合に行ったけど、すごい迫力だったわよ」

 母はまるで少女のようにキャッキャと声を上げた。

「夏休みの間も、部活に励んでるみたい」
「ふぅん、大変だね」

 僕は万年、帰宅部だ。だから、部活動に勤しむ生徒たちは尊敬に値する。こんな暑い中でも練習を怠らないのはある意味才能である。

「そうだ。今度、千巡神社でお祭りがあるらしいわよ」

 子供の頃、よく行ってたわよね。母が濡れた手をタオルで拭きながら、思い出したように呟く。
 近所にある千巡神社では毎年、夏になると夏祭りが開催される。子供の頃は友達と行ったり、それこそ秋斗と共に行ったりもした。甚平を着た秋斗の手を引き、人混みを歩んでいた光景が脳裏に蘇る。りんご飴を舐め、口周りをベタベタにさせた彼が過ぎり、息を漏らした。
 ────可愛かったな。
 中学二年生になった今、秋斗は夏祭りに興じたりするのだろうか。

「あんた、行くの?」
「行かない。一緒に行く相手もいない」
「えー、彼女は?」
「いないよ」
「じゃあ、お母さんと行く?」

 ニタリと下世話な笑みを浮かべた母に、考えとく、と言い放ちコーラを口に含んだ。
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