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「そういえば、お隣の秋斗くんに会った?」
実家に帰省して早々、母に言われたセリフだ。久しく聞いた名前に、僕は胸をどきりと震わせる。あの出来事を忘れていたはずなのに彼の名を聞くと、昨日のことのように鮮明に思い出せた。
かぶりを振り、なんで? と聞き返す。母がリビングに置かれた机に頬杖をつき、コーヒーを啜りながら答えた。
「今ね、あの子めちゃくちゃデカくなってるの。アンタの……倍はあるね」
「盛りすぎでしょ」
「本当よ」
母は目をまんまるとさせ、大袈裟なリアクションをしながらそう語った。
僕は記憶の奥底に住み着いていた秋斗の姿かたちを思い出す。蘇るのは柔らかく微笑む細身の少年だ。
あんな子供が僕の倍に成長するなんてありえない、と肩を竦め、冷蔵庫にしまってあったプリンを引き摺り出した。ふたを剥ぎ、スプーンでその滑らかな表面を抉る。
「あぁ、それ。お父さんが楽しみにしてたプリン」
「え? そうなの?」
そうよ。今日のお風呂上がりに食べるんだって意気込んでたんだから。そう言われ、母が外へ視線を投げる。
「まだ暗くなってないし、買いに行ってきなさいよ」
「えぇ……プリンぐらいで……」
しかし、他人のものを食べた責任は自分にある。渋々財布を手に取り、母へ振り返った。
「欲しいものある?」
「じゃあ、私も同じプリン」
はいはい。そう言い残し、僕は家を出た。玄関を抜けた先にある光景は昔から変わらないもので、少しだけ懐かしさに浸る。靴のつま先を床にトンと叩きつけ、ふぅと息を吐いた。
まだ明るいけれど、時刻はもうすでに夕方に到達している。夏は日が暮れるのが遅いなと息を吐き、自転車へ跨がった。漕ぎ始めようと意気込んだ時、ふと隣家へ────木下家へ視線を遣る。母の言葉を思い出し、唇を曲げた。
────僕の倍に成長している?
そんなまさか。成長期があったと言っても、そんなに伸びる訳がない。僕は忙しなく足を動かしながら、その場から離れた。自転車で二分もしない距離にあるコンビニへ寄り、プリンを買うためコーナーへ向かう。どれだったっけ? と数ある多くのパッケージを眺めていると、不意に視線を感じた。
顔を上げると、そこには大男がいた。文字通り、大男である。短く切り揃えた髪に、大きすぎる肩幅。半袖から覗く腕は太く、胸板は厚い。
僕は恐怖心を覚え、身をずらした。こんな逞しい男でも甘いものを食べたくなるんだなと思い、再びパッケージへ視線を投げる。目的の品物を発見し、手を伸ばした。棚から取り、レジへ向かおうと足を踏み出す。
「……八雲くん?」
「そういえば、お隣の秋斗くんに会った?」
実家に帰省して早々、母に言われたセリフだ。久しく聞いた名前に、僕は胸をどきりと震わせる。あの出来事を忘れていたはずなのに彼の名を聞くと、昨日のことのように鮮明に思い出せた。
かぶりを振り、なんで? と聞き返す。母がリビングに置かれた机に頬杖をつき、コーヒーを啜りながら答えた。
「今ね、あの子めちゃくちゃデカくなってるの。アンタの……倍はあるね」
「盛りすぎでしょ」
「本当よ」
母は目をまんまるとさせ、大袈裟なリアクションをしながらそう語った。
僕は記憶の奥底に住み着いていた秋斗の姿かたちを思い出す。蘇るのは柔らかく微笑む細身の少年だ。
あんな子供が僕の倍に成長するなんてありえない、と肩を竦め、冷蔵庫にしまってあったプリンを引き摺り出した。ふたを剥ぎ、スプーンでその滑らかな表面を抉る。
「あぁ、それ。お父さんが楽しみにしてたプリン」
「え? そうなの?」
そうよ。今日のお風呂上がりに食べるんだって意気込んでたんだから。そう言われ、母が外へ視線を投げる。
「まだ暗くなってないし、買いに行ってきなさいよ」
「えぇ……プリンぐらいで……」
しかし、他人のものを食べた責任は自分にある。渋々財布を手に取り、母へ振り返った。
「欲しいものある?」
「じゃあ、私も同じプリン」
はいはい。そう言い残し、僕は家を出た。玄関を抜けた先にある光景は昔から変わらないもので、少しだけ懐かしさに浸る。靴のつま先を床にトンと叩きつけ、ふぅと息を吐いた。
まだ明るいけれど、時刻はもうすでに夕方に到達している。夏は日が暮れるのが遅いなと息を吐き、自転車へ跨がった。漕ぎ始めようと意気込んだ時、ふと隣家へ────木下家へ視線を遣る。母の言葉を思い出し、唇を曲げた。
────僕の倍に成長している?
そんなまさか。成長期があったと言っても、そんなに伸びる訳がない。僕は忙しなく足を動かしながら、その場から離れた。自転車で二分もしない距離にあるコンビニへ寄り、プリンを買うためコーナーへ向かう。どれだったっけ? と数ある多くのパッケージを眺めていると、不意に視線を感じた。
顔を上げると、そこには大男がいた。文字通り、大男である。短く切り揃えた髪に、大きすぎる肩幅。半袖から覗く腕は太く、胸板は厚い。
僕は恐怖心を覚え、身をずらした。こんな逞しい男でも甘いものを食べたくなるんだなと思い、再びパッケージへ視線を投げる。目的の品物を発見し、手を伸ばした。棚から取り、レジへ向かおうと足を踏み出す。
「……八雲くん?」
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