3 / 29
3
しおりを挟む
◇
「そういえば、お隣の秋斗くんに会った?」
実家に帰省して早々、母に言われたセリフだ。久しく聞いた名前に、僕は胸をどきりと震わせる。あの出来事を忘れていたはずなのに彼の名を聞くと、昨日のことのように鮮明に思い出せた。
かぶりを振り、なんで? と聞き返す。母がリビングに置かれた机に頬杖をつき、コーヒーを啜りながら答えた。
「今ね、あの子めちゃくちゃデカくなってるの。アンタの……倍はあるね」
「盛りすぎでしょ」
「本当よ」
母は目をまんまるとさせ、大袈裟なリアクションをしながらそう語った。
僕は記憶の奥底に住み着いていた秋斗の姿かたちを思い出す。蘇るのは柔らかく微笑む細身の少年だ。
あんな子供が僕の倍に成長するなんてありえない、と肩を竦め、冷蔵庫にしまってあったプリンを引き摺り出した。ふたを剥ぎ、スプーンでその滑らかな表面を抉る。
「あぁ、それ。お父さんが楽しみにしてたプリン」
「え? そうなの?」
そうよ。今日のお風呂上がりに食べるんだって意気込んでたんだから。そう言われ、母が外へ視線を投げる。
「まだ暗くなってないし、買いに行ってきなさいよ」
「えぇ……プリンぐらいで……」
しかし、他人のものを食べた責任は自分にある。渋々財布を手に取り、母へ振り返った。
「欲しいものある?」
「じゃあ、私も同じプリン」
はいはい。そう言い残し、僕は家を出た。玄関を抜けた先にある光景は昔から変わらないもので、少しだけ懐かしさに浸る。靴のつま先を床にトンと叩きつけ、ふぅと息を吐いた。
まだ明るいけれど、時刻はもうすでに夕方に到達している。夏は日が暮れるのが遅いなと息を吐き、自転車へ跨がった。漕ぎ始めようと意気込んだ時、ふと隣家へ────木下家へ視線を遣る。母の言葉を思い出し、唇を曲げた。
────僕の倍に成長している?
そんなまさか。成長期があったと言っても、そんなに伸びる訳がない。僕は忙しなく足を動かしながら、その場から離れた。自転車で二分もしない距離にあるコンビニへ寄り、プリンを買うためコーナーへ向かう。どれだったっけ? と数ある多くのパッケージを眺めていると、不意に視線を感じた。
顔を上げると、そこには大男がいた。文字通り、大男である。短く切り揃えた髪に、大きすぎる肩幅。半袖から覗く腕は太く、胸板は厚い。
僕は恐怖心を覚え、身をずらした。こんな逞しい男でも甘いものを食べたくなるんだなと思い、再びパッケージへ視線を投げる。目的の品物を発見し、手を伸ばした。棚から取り、レジへ向かおうと足を踏み出す。
「……八雲くん?」
「そういえば、お隣の秋斗くんに会った?」
実家に帰省して早々、母に言われたセリフだ。久しく聞いた名前に、僕は胸をどきりと震わせる。あの出来事を忘れていたはずなのに彼の名を聞くと、昨日のことのように鮮明に思い出せた。
かぶりを振り、なんで? と聞き返す。母がリビングに置かれた机に頬杖をつき、コーヒーを啜りながら答えた。
「今ね、あの子めちゃくちゃデカくなってるの。アンタの……倍はあるね」
「盛りすぎでしょ」
「本当よ」
母は目をまんまるとさせ、大袈裟なリアクションをしながらそう語った。
僕は記憶の奥底に住み着いていた秋斗の姿かたちを思い出す。蘇るのは柔らかく微笑む細身の少年だ。
あんな子供が僕の倍に成長するなんてありえない、と肩を竦め、冷蔵庫にしまってあったプリンを引き摺り出した。ふたを剥ぎ、スプーンでその滑らかな表面を抉る。
「あぁ、それ。お父さんが楽しみにしてたプリン」
「え? そうなの?」
そうよ。今日のお風呂上がりに食べるんだって意気込んでたんだから。そう言われ、母が外へ視線を投げる。
「まだ暗くなってないし、買いに行ってきなさいよ」
「えぇ……プリンぐらいで……」
しかし、他人のものを食べた責任は自分にある。渋々財布を手に取り、母へ振り返った。
「欲しいものある?」
「じゃあ、私も同じプリン」
はいはい。そう言い残し、僕は家を出た。玄関を抜けた先にある光景は昔から変わらないもので、少しだけ懐かしさに浸る。靴のつま先を床にトンと叩きつけ、ふぅと息を吐いた。
まだ明るいけれど、時刻はもうすでに夕方に到達している。夏は日が暮れるのが遅いなと息を吐き、自転車へ跨がった。漕ぎ始めようと意気込んだ時、ふと隣家へ────木下家へ視線を遣る。母の言葉を思い出し、唇を曲げた。
────僕の倍に成長している?
そんなまさか。成長期があったと言っても、そんなに伸びる訳がない。僕は忙しなく足を動かしながら、その場から離れた。自転車で二分もしない距離にあるコンビニへ寄り、プリンを買うためコーナーへ向かう。どれだったっけ? と数ある多くのパッケージを眺めていると、不意に視線を感じた。
顔を上げると、そこには大男がいた。文字通り、大男である。短く切り揃えた髪に、大きすぎる肩幅。半袖から覗く腕は太く、胸板は厚い。
僕は恐怖心を覚え、身をずらした。こんな逞しい男でも甘いものを食べたくなるんだなと思い、再びパッケージへ視線を投げる。目的の品物を発見し、手を伸ばした。棚から取り、レジへ向かおうと足を踏み出す。
「……八雲くん?」
0
お気に入りに追加
25
あなたにおすすめの小説
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。
白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。
最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。
(同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!)
(勘違いだよな? そうに決まってる!)
気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。
【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集
あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。
こちらの短編集は
絶対支配な攻めが、
快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす
1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。
不定期更新ですが、
1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
書きかけの長編が止まってますが、
短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。
よろしくお願いします!
イケメン幼馴染に執着されるSub
ひな
BL
normalだと思ってた俺がまさかの…
支配されたくない 俺がSubなんかじゃない
逃げたい 愛されたくない
こんなの俺じゃない。
(作品名が長いのでイケしゅーって略していただいてOKです。)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる