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「秋斗くん、ダメだよ」

 窓から差し込む夕陽が、少年の頬を照らしていた。静かな室内で、時計の針の音だけが狂うことなく響いている。スカイブルーのカーテンが緩やかに揺れ、目の端に映った。
 木下秋斗に押し倒された僕は、混乱していた。どうして、彼に押し倒されているのだろうか。先ほどから何も言わず、ジィと僕を見下ろす秋斗に痺れを切らせ、口火を切ろうとした。

「あっ、ちょっと……!」

 瞬間、子供特有の柔い手が服の袖から侵入し、腹を触った。僕は慌てて彼を引き剥がそうと藻掻く。それが気に入らなかったのか、秋斗は眉を歪め、さらに侵入を進めた。これ以上はまずいと察し、彼の手を制しながら上半身を起こす。
 なんの冗談かな。やめてほしいな。彼の神経を逆撫でしないようにと、ひどく声を抑えて説得する。しかし、彼はそんな僕を無視し、体を密着させた。ぎゅうと抱きしめられ、どう反応して良いか分からなくなる。
 不意に唇に何かが触れた。それが秋斗の舌だと知り、身が強張る。そのまま口内に無理やり舌をねじ込まれ、勢いよく彼を突き飛ばした。
 軽い体は面白いぐらいに後ろへ退き、僕は目を見開く。ごめん、力を入れすぎた。と謝罪する前に、秋斗が僕を睨んだ。

「百点取ったらキスさせてくれるって言ったのに」
「い、言ったけど……」

 手元に転がる紙切れが指先に当たり、かさりと音を立てる。赤ペンで堂々と書かれた百点の文字を見て、滅入った。



 隣に住まう木下秋斗に好かれていると、自覚はあった。何をするにも八雲くん、と頬を緩め後ろをついて来る姿に心を許していたのも事実だ。
 高校生の僕にとって彼は弟のような存在だったし、愛情を注ぐべき人物でもあった。
 そんな彼がある日、勉強を教えてくれと言い出した。それに乗っかったのが、秋斗の母親である木下美由だ。お駄賃を出すから、ちょっと面倒を見てやってくれない? と微笑む彼女に負け(そのお駄賃とやらがそこらへんでバイトするより高額だったのだ。断る理由がない)秋斗の勉強を教えることになった。
 小学六年生程度の勉強なんて、僕にとって、どうってことなかった。さらに秋斗は真剣に僕の話を聞く、良い生徒でやりがいもあった。
 そんな最中、彼が言ったのだ。次のテストで百点を取ったらキスをしてくれ、と。僕はどうしてそんなことをしてほしいのだろうと首を傾げた。何かプレゼントが欲しい、という現金な条件なら納得できる。が、男にキスを要求する秋斗に、少し疑問を抱いていた。
 まぁ、頬程度だろうと無理に自分を納得させたのが先週。
 そして今、僕は彼にキスをされている。それも、本格的なものだ。約束、破らないでよ。ひどいよ、と潤んだ瞳に叱られ、僕はなす術がなかった。

「んっ……ん、んっー……」

 彼に押し倒されたまま唇を奪われる。拙い行為ではあったが、僕は息が上がっていた。なんせ、ファーストキスである。そんな大切な行為を隣人の少年に奪われると、誰が想像できただろうか。
 秋斗は耳の後ろに指を滑り込ませ、愛おしげに撫でた。
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