ナイくんの悲劇

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「かえりたい、かえりたい、うみますから、早く家にかえらせてください、お願いします」

 顔をぐちゃぐちゃにさせながら懇願する。早く帰りたい。早く両親に会いたい。早く友人に会いたい。早く。早く。

「あ゛っ」

 ぬるりとしたものが後孔に侵入する。なんの抵抗もなく入り込んだそれに絶望しつつ、黙って受け入れた。最奥に勢いのまま叩きつけられ、背中が撓んだ。口から悲鳴が漏れ、反動で折れた手首が痛んだ。

「あ、あぅ、ぉ゛……ッ!」

 こじ開けるようにぐりぐりと亀頭で内部を抉られ、舌を突き出す。鈍い痛みが全身を支配する。けれど逃げられない。四肢は使い物にならない。ただ、屈辱と痛みと怯えを受け止め、泣くしかないのだ。

「いだい、いだ、い゛、おっぎい、いだい」

 子供のように泣きじゃくる。僕が泣けば泣くほど、モンスターは埋め込んだ性器を硬くさせた。

「あ゛、あー……っ、あぁ゛! そご、ダメ゛ぇ!」

 ゴリゴリとしこりを押しつぶされ、目の前がチカチカと点滅した。痛いはずなのに強制的な快楽も味合わされ、訳がわからなくなる。自分が自分でないような感覚に陥った。

「……!?」

 不意に、何処かから足音が聞こえた。ザリ、と地面を擦る音が聞こえ、僕は顔を上げる。モンスターも気配に気がついたのか、動きを止めた。
 心臓がバクバクと跳ねている。もしかして、もしかして。漆黒の暗闇に堕ちていた場所に差した唯一の光に、僕は震えた。声を絞り出し、叫ぶ。

「誰かぁ! 誰か、助けてください、誰かぁ!」

 必死になって叫んだ。舌を縺れさせながら、なんとか言葉を喉から搾り出す。
 反響した掠れた声に、足音の主は反応したのか、その動きを早める。走る音に「ここにいます、ここにいます」と泣き叫ぶ。
 陰になった岩場からひょこりと誰かが顔を覗かせた。幾重にもブレた輪郭へ視線を投げる。手を伸ばし、助けを求めた。

「お、おねが、助け」
「あれ、まだ産んでないのか」

 暗闇に溶けた人物が口を開いた。懐かしささえ覚えるその声音に、僕は目を見開く。喉が狭まり、額に汗が滲む。唇が震え、耳鳴りがとめどなく響いた。
 足音を鳴らし、誰かがこちらへ近づく。僕の前に立った人物は腕を組み、大きく息を吐き出した。

「ナイ、なんだその姿は」
「お、おとさ……」

 父がそこにいた。彼は肩を竦め、息を漏らしている。「あぁ、全く。無駄な抵抗でもしたんだろう」と、どうしようもない子供を窘める声音を出した。
 目の前に、ずっと助けて欲しくて仕方がなかった父がいる。しかし、彼の反応は予想外のものであった。実の息子がモンスターに襲われているにも関わらず、冷静である。慌てふためいたり、剣を取り出してモンスターに斬りかかろうともしていない。僕は、掠れた声も出せないまま固まった。
 父が、チラリと僕の背後にいるモンスターへ視線を投げる。対して驚いてもいない様子の彼は、どこか異常だ。

「すまないな、ドレンス。俺の息子が手間を取らせているようで」

 ドレンス。父は確実に、僕を襲っているモンスターへそう言った。どういうことなのか分からず、目を白黒とさせ口を開閉させた。

「お父さん……?」

 僕の問いかけに、父が反応した。こちらに目を遣り、折れ曲がった腕を見て、顔を顰める。

「全く、派手にやってくれたな……まぁ、治癒師に頼めば、このぐらいだったら治せるか?」
「おとうさ、これは、いったい、どういう」

 漏れ出た言葉は途切れていた。歯の根が震え、舌を噛みかける。父が身を屈め、僕に顔を近づけた。

「悪かったな、ナイ。お前を騙すようなことをして」

 「へ?」。僕は間抜けな声を上げた。父が続ける。

「実はな、あの村には代々、このモンスターの子供を孕む贄を献上しなきゃいけないルールがあったんだ。それで、最初はお前の友達であるマリンが選ばれた。でも、両親がひどく反対してな。その姿があまりにも可哀想で、可哀想で────」

 父が淡々と言葉を並べる。今まで見てきた父であるにも関わらず、彼がまるで知らない別人のように見えた。
 彼は誰なのだろう。僕はぼんやりとした脳内でそう思った。

「だから、それを我が家が引き受けたんだ。ナイならモンスターの子を身籠り、産めると思ったんだ」

 全身を巡っていた四肢の痛みが、妙に生々しく、そして歪に感じた。呼吸が上手くできなくなり、酸欠に陥る。

「お前は立派な剣士になりたいんだろう? だからお前をこの場所へ向かわせた。この過酷な任務を遂行したお前は、誰もが認める一人前の剣士になれるはずだ」

 ニカっと父が笑う。綺麗に並んだ歯列が見えた。僕は何も返せず唖然とする。伝った汗が肌に滲んだ。

「じゃ、じゃあ、最初から、キノコ採取の任務なんて、なかったって、こと?」
「そうだ。最初から本当のことを告げていたら、きっとお前は怖がるだろう。だから嘘をついたんだ。で、この有様か。うーん、お前なら根負けして抵抗しないまま孕むと思っていたんだが、意外と根性があったな」

 折れ曲がった手を見ながら、うんうんと頷く父。息子がやわではないと知り、喜んでいるみたいだ。
 ────つまり僕は、最初からこのモンスターに襲われる予定だった。そして、子供を身籠り、産む……。
 理解し、呼吸が乱れる。ボロボロと涙が溢れ、地面に滲んだ。

「ぼ、ぼく、かえりたくて、ぜったいに、生きてかえりたくて、が、がんばって、ていこうして、か、帰り、かえりたかった、から……」
「ナイ。もう抵抗しなくていい。彼に身を委ねろ。元気な子供を産めば、解放される」

 頭をポンと撫でられた。やがて父が踵を返し、立ち去ろうとする。「待って、行かないで。お父さん!」。掠れた声を、喉から必死に搾り出す。
 彼が、くるりと振り返った。

「お前は俺の自慢の息子だ。このぐらいの悲劇、乗り越えてみせろ」

 「また、迎えにくるから。それまでに子供を産めよ」。ザリザリと足音を立てながら去るその後ろ姿を、ただぼんやりと眺めた。
 不意に背後で何かが動く気配がした。ドレンスと呼ばれたモンスターだ。中に埋めていた性器を再び動かし出す。
 僕は何も言えないまま、ただ悄然としてその行為を受け入れた。脳の奥がチリチリと痛む。全てが崩れ落ち、砂のようにサラサラと消えていく衝動に駆られた。
 父の姿は、もう見えない。薄暗がりの中、僕の引き攣る泣き声だけが洞窟に響いた。
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