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隣人の話
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「まただ……」
ドン、と壁に物が当たる音が聞こえ、私は体を強張らせた。時刻は九時を過ぎたあたり。窓の外は闇に覆われ、空には星々が散っている。
────こんな時間に、一体なんなの。
漏らしたいため息を殺しつつ、窓際へ寄り、サッシへ手を掛ける。音を立てないようゆっくりと開き、隣室からの声を盗み聞きした。
微かに聞こえるのは、男同士の揉み合うような声だ。一人は怒りを孕んだ声音をしていて、もう一人はそれを抑えようとしている。声がデカい、落ち着け。と宥めていた。
────警察を呼んだ方が良いのだろうか。
どうしようかと悩んでいると、声が止んだ。ホッと息を吐き出し、窓を閉めようと手を伸ばす。
瞬間、泣き声のような音が耳に届く。私は目を見開き、隣室の壁へ視線を投げた。
確か、隣室は男子大学生が住んでいたはずだ。此処へ越してきた時、隣室へ挨拶をしに行った。その風景を思い出し、唸る。
優しげな、しかし何処か疲れ切った青年だった。地毛なのか、染めているのか。茶色が帯びた髪を掻き上げ、私からの手土産を受け取った彼。
そんな彼が、隣室で何かトラブルに巻き込まれているかもしれない。私はゴクリと音を立て唾液を嚥下した。
「……だ、大丈夫でしょ。怒鳴り声も止んだし……」
窓を閉め、わざと独り言を呟く。大丈夫、だよね? 自分に言い聞かせるように放った言葉は、誰に届くでもなく自室の中を漂った。
◇
寝ようとした私の鼓膜に、啜り泣くような声が届いた。体を強張らせ、布団から体を起こす。消していた明かりを灯し、声がする方へ意識を集中させた。
「っ、……っ……」
微かに聞こえた音に、顔を顰める。隣室へ繋がる壁へ視線を投げ、そろりと近寄った。耳を壁に押し当て、息を殺す。
「……ぅッ!」
その声は確実に隣室から聞こえていた。
────昨日も、こんな声を聞いた気がするんだけど。
一体、なんのトラブルを抱えているのだ。喧嘩するほど仲が良いとは言うが、毎日は勘弁してほしい。
夢にまで見た一人暮らし。家はそこまで綺麗な方ではないが、コンビニにも近いし、駅にも近い。実家から離れ、やっと充実した大学生としての生活をスタートできると思っていたのに。
まさか面倒臭い隣人を引き当てるとは。私は大きなため息を吐き出し、口を曲げた。
────……ええい、ままよ。
私は意を決して、盗み聞きを試みる。悪趣味だとは分かっているが、しかし。私の睡眠を妨げたのはあちら側だ。このぐらいしても良いだろう。
そう開き直り、汗の滲んだ手のひらを強く握り込む。
「あっ……!」
ガタガタと揺さぶるような音に、私は肩を揺らす。同時に甲高い声が聞こえ、目を見張った。
「あっ、あっ……」
────なんだかこの声……。
腹の奥がムズムズとするような声が壁越しに聞こえ、一旦、身を退かせた。隣室へ通じる隔たりをジィと見つめ、いつの間にか額に滲んでいた汗を拭う。
聞こえたその声は、いわゆる喘ぎ声と呼ばれるものだ。そして、その声音は高くはあるものの男性に近い。
もしかして、もしかして。私は様々な想像を脳内で巡らせ、いやしかし、とその下世話な考えを断ち切る。
────止めよう、他人のプライベートへ足を踏み入れるのは。
あまりにも煩ければ管理会社へ遠回しに告げればいいだけのこと。耳を澄ませなければ聞こえないレベルの騒音にとやかく言うなど、私もまだまだだな。そう無理に思考を切り替え、布団へ潜り込む。瞑った瞼の裏に隣人の顔が浮かんだ。優しげな、しかし何処か疲れ切った青年。私は彼の顔を薙ぎ払うように、大学へ提出するためのレポート内容を思い浮かべた。
ドン、と壁に物が当たる音が聞こえ、私は体を強張らせた。時刻は九時を過ぎたあたり。窓の外は闇に覆われ、空には星々が散っている。
────こんな時間に、一体なんなの。
漏らしたいため息を殺しつつ、窓際へ寄り、サッシへ手を掛ける。音を立てないようゆっくりと開き、隣室からの声を盗み聞きした。
微かに聞こえるのは、男同士の揉み合うような声だ。一人は怒りを孕んだ声音をしていて、もう一人はそれを抑えようとしている。声がデカい、落ち着け。と宥めていた。
────警察を呼んだ方が良いのだろうか。
どうしようかと悩んでいると、声が止んだ。ホッと息を吐き出し、窓を閉めようと手を伸ばす。
瞬間、泣き声のような音が耳に届く。私は目を見開き、隣室の壁へ視線を投げた。
確か、隣室は男子大学生が住んでいたはずだ。此処へ越してきた時、隣室へ挨拶をしに行った。その風景を思い出し、唸る。
優しげな、しかし何処か疲れ切った青年だった。地毛なのか、染めているのか。茶色が帯びた髪を掻き上げ、私からの手土産を受け取った彼。
そんな彼が、隣室で何かトラブルに巻き込まれているかもしれない。私はゴクリと音を立て唾液を嚥下した。
「……だ、大丈夫でしょ。怒鳴り声も止んだし……」
窓を閉め、わざと独り言を呟く。大丈夫、だよね? 自分に言い聞かせるように放った言葉は、誰に届くでもなく自室の中を漂った。
◇
寝ようとした私の鼓膜に、啜り泣くような声が届いた。体を強張らせ、布団から体を起こす。消していた明かりを灯し、声がする方へ意識を集中させた。
「っ、……っ……」
微かに聞こえた音に、顔を顰める。隣室へ繋がる壁へ視線を投げ、そろりと近寄った。耳を壁に押し当て、息を殺す。
「……ぅッ!」
その声は確実に隣室から聞こえていた。
────昨日も、こんな声を聞いた気がするんだけど。
一体、なんのトラブルを抱えているのだ。喧嘩するほど仲が良いとは言うが、毎日は勘弁してほしい。
夢にまで見た一人暮らし。家はそこまで綺麗な方ではないが、コンビニにも近いし、駅にも近い。実家から離れ、やっと充実した大学生としての生活をスタートできると思っていたのに。
まさか面倒臭い隣人を引き当てるとは。私は大きなため息を吐き出し、口を曲げた。
────……ええい、ままよ。
私は意を決して、盗み聞きを試みる。悪趣味だとは分かっているが、しかし。私の睡眠を妨げたのはあちら側だ。このぐらいしても良いだろう。
そう開き直り、汗の滲んだ手のひらを強く握り込む。
「あっ……!」
ガタガタと揺さぶるような音に、私は肩を揺らす。同時に甲高い声が聞こえ、目を見張った。
「あっ、あっ……」
────なんだかこの声……。
腹の奥がムズムズとするような声が壁越しに聞こえ、一旦、身を退かせた。隣室へ通じる隔たりをジィと見つめ、いつの間にか額に滲んでいた汗を拭う。
聞こえたその声は、いわゆる喘ぎ声と呼ばれるものだ。そして、その声音は高くはあるものの男性に近い。
もしかして、もしかして。私は様々な想像を脳内で巡らせ、いやしかし、とその下世話な考えを断ち切る。
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