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愛の深度
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◇
その日はとても強い雨が降っていた。厚い雲で覆われた空は、灰色の絵の具で塗りつぶされたようだった。屋根に荒々しい雨音が響き、バタバタと音を奏でる。
「この様子じゃ、ゾンビが来ても分からないな」。隣にいたワッツが愚痴る。高台から見下ろす世界はいつもと違い、降り注ぐ雨が視界を遮っていた。俺は意識を集中させ、スコープを覗き込む。ルタにこの銃の扱い方を教えてもらった日々を思い出しながら、今ごろ誰に抱かれているのだろうかと耽った。
ルタの姿が無いと知らされたのは、俺が高台を降りて別の見張り役と交代する時だった。雨具を着ていたアーデが「ルタがいない」と叫びながら走り回っていた姿を目撃し、俺はサッと血の気が引くのを感じた。
────ルタが、いない。
その言葉が脳内をリフレインする。俺も外へ向かおうとするアーデの背中を追った。
────もしかして。
ルタはこの日を狙っていたのでは? 豪雨の中なら、目立たずに逃げられる。雨で視界が不自由な中、同志ばかりのこの環境で、いちいち一人ひとりの動向をチェックしているわけない。それに、誰もが皆、ルタが逃げ出すとは想定していない。彼が逃げ出せばAエリアがどうなるかなんて、考えなくてもわかることだ。
なのに、彼は逃げ出した。それはきっと、彼がもう限界なのだと知らせる合図である。
バタバタと地面に叩きつける雨が、泥を弾きズボンの裾を汚す。水溜まりを避けることなく、無我夢中で走った。
ルタが発見されたのはそれから数時間後のことだった。ゴドフリーに拘束されたルタは、集会所の床に叩きつけられる。力なく横たわる彼はびしょびしょで、身体中が泥まみれだった。
ゴドフリーは顔を青褪めさせ、肩で呼吸を繰り返していた。予想外の展開に困惑している様子でもあった。彼もまた、他の人間と同様、ルタが逃げ出さないと踏んでいたのだろう。
「ルタ、お前────」
言葉を詰まらせたゴドフリーがルタの横腹を蹴る。「やめろよ」と声を上げたが、興奮状態の彼には届いていないらしい。ルタは泣きじゃくっていた。体を震わせているルタへ手を差し出すものは誰もいない。その場にいる男たちが、静かにルタとゴドフリーの動向を見守っていた。
「……もう、無理だ」
ルタの声が静寂に包まれた空間に漂う。ゴドフリーが喉の奥から乾いた声を出した。
「はぁ?……お、お前、シルヘルがどうなってもいいのか?」
脅すような、しかし焦った声音で言い放つ。ルタはビクンと体を揺らした後、身を縮こませた。
その日はとても強い雨が降っていた。厚い雲で覆われた空は、灰色の絵の具で塗りつぶされたようだった。屋根に荒々しい雨音が響き、バタバタと音を奏でる。
「この様子じゃ、ゾンビが来ても分からないな」。隣にいたワッツが愚痴る。高台から見下ろす世界はいつもと違い、降り注ぐ雨が視界を遮っていた。俺は意識を集中させ、スコープを覗き込む。ルタにこの銃の扱い方を教えてもらった日々を思い出しながら、今ごろ誰に抱かれているのだろうかと耽った。
ルタの姿が無いと知らされたのは、俺が高台を降りて別の見張り役と交代する時だった。雨具を着ていたアーデが「ルタがいない」と叫びながら走り回っていた姿を目撃し、俺はサッと血の気が引くのを感じた。
────ルタが、いない。
その言葉が脳内をリフレインする。俺も外へ向かおうとするアーデの背中を追った。
────もしかして。
ルタはこの日を狙っていたのでは? 豪雨の中なら、目立たずに逃げられる。雨で視界が不自由な中、同志ばかりのこの環境で、いちいち一人ひとりの動向をチェックしているわけない。それに、誰もが皆、ルタが逃げ出すとは想定していない。彼が逃げ出せばAエリアがどうなるかなんて、考えなくてもわかることだ。
なのに、彼は逃げ出した。それはきっと、彼がもう限界なのだと知らせる合図である。
バタバタと地面に叩きつける雨が、泥を弾きズボンの裾を汚す。水溜まりを避けることなく、無我夢中で走った。
ルタが発見されたのはそれから数時間後のことだった。ゴドフリーに拘束されたルタは、集会所の床に叩きつけられる。力なく横たわる彼はびしょびしょで、身体中が泥まみれだった。
ゴドフリーは顔を青褪めさせ、肩で呼吸を繰り返していた。予想外の展開に困惑している様子でもあった。彼もまた、他の人間と同様、ルタが逃げ出さないと踏んでいたのだろう。
「ルタ、お前────」
言葉を詰まらせたゴドフリーがルタの横腹を蹴る。「やめろよ」と声を上げたが、興奮状態の彼には届いていないらしい。ルタは泣きじゃくっていた。体を震わせているルタへ手を差し出すものは誰もいない。その場にいる男たちが、静かにルタとゴドフリーの動向を見守っていた。
「……もう、無理だ」
ルタの声が静寂に包まれた空間に漂う。ゴドフリーが喉の奥から乾いた声を出した。
「はぁ?……お、お前、シルヘルがどうなってもいいのか?」
脅すような、しかし焦った声音で言い放つ。ルタはビクンと体を揺らした後、身を縮こませた。
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