みんなのたいちょう[完]

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愛の深度

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 与えられた小屋は、素人が作ったとは思えないほど上出来なものだった。簡易的なベッドに横たわり、ブランケットに包まる。薄暗がりの中、月明かりが差し込む部屋。俺は久しぶりに心から落ち着いていた。この集落は、二つのエリアに分かれていて、俺がいるBエリアは交代しながら集落を護っている。故に余程のことが起きない限り、ゾンビは襲ってこない。今までの生活はいつ降り注ぐかわからない恐怖に震えていたが、ここではその心配もいらない。
 不意に、下半身へ手が伸びた。安堵が訪れると同時に、塞がれていた性欲が顔をのぞかせる。こんな混沌とした世界で、慰めることなど出来ずにいた。
 ────だから今日、俺はあんな失態をしてしまったんだ。
 銃の扱い方を教えてもらった時に、俺は勃起してしまった。けれど、それは事故だ。ただの、事故なんだ。
 俺は自分に言い聞かせ、性器に手を伸ばす。言い訳を重ねるも、しかし。瞼の裏に浮かんだのはあのまろい肌と揺れる淡い金髪、穏やかな声。

「上手だね」

 ルタの声が脳の奥でぐわんとリフレインする。「ここが気持ち良いの?」。まるで子供をあやすように俺の性器を撫でる彼が頭から離れない。ああ、気持ちいいよ。口に出さず返事をすると、ルタが目を弧にする。俺はカサついた手のひらで亀頭を慰め続けた。

「ッ……」

 吐き出した白濁液の熱さに絶望する。同時に、ねばつきのあるこの液体を口の端から漏らし、穏やかに微笑むルタが瞼の裏に浮かび、どうしようもない興奮に包まれた。



 俺は徐々に集落に慣れていった。高台で銃を構え、迫り来るゾンビに対応したり、外へ出て生存者や物資を発見したり。様々な仕事があったが全て、ルタが親切に教えてくれた。「そんなの下っ端に任せておけばいいのに」とルパートに言われても、彼は進んで指導した。生まれながらに、人との関わりが好きなのだろうなと思った。失敗しても「大丈夫だよ」と穏やかに微笑む彼は、まるで幼い少年に手ほどきをする蠱惑的な女性に見えた。彼がそのつもりはないと分かっていても、受け取る側は妙な気分になってしまう。
 この嫌になる程むさ苦しい環境下で、彼は荒野に咲く一輪の花のようだった。

「我慢できない」

 ひとりごちた言葉は、俺のものではない。監視班として共に高台へ登りライフルを構えていた、イルデンのものだ。彼は不服そうに唇を歪め、ライフルを持ち直す。

「この生活、厳しいよな。性欲が爆発しそうだ」

 無精髭が生えた顎を撫でながら、ため息を漏らす。それは俺も同じだ、と続けた。

「一人ぐらい、女が派遣されてもいいだろ。Aエリアには女が沢山いるんだから」

 いくら世界の秩序が乱れたからといって、人間としての尊厳を崩してはいけない。故にルタは、女性たちの安全を守りたがっていた。きっと、トップの人間がルタじゃなければ、Aエリアの女たちは今ごろ悲惨な目にあっていただろう。想像するだけで、肝が冷える。

「ルールなんだ。文句言うなよ」
「でも、エロ本とオナホだけじゃさぁ……」

 不服そうな彼の言わんとすることは分かる。この集落へ来て驚いたことは性欲処理方法がエロ本という、学生時代でも経験したことがないような原始的なやり方だった。バサリと目の前に本の束を置かれ、あんぐりと口を開けた日のことを思い出す。電気の無駄遣いを出来ないからしょうがないだろうと吐き捨てたゴドフリー自身も、不満げだったのが印象的だった。
 ふいに、ルタの顔が思い浮かぶ。彼も本を見て自身を慰めているのだろうか。薄いブランケットに包まり、頬を赤く染め息を乱し、自慰をする彼を想像し、背中に汗が滲んだ。

「隊長、オナニーもしなさそうだもんな」
「えっ!?」

 自分の妄想を見透かされていたのかと思い、鋭い声を上げる。イルデンが俺の声に驚いた様子で目を見開いていた。「なんだよ、急に大声出すなよ」と焦る彼に謝罪をする。

「いやさ、こういうのにお盛んだと女の一人や二人、犠牲にしてもいいって思うだろ? でもあの人、全然そのケがない。なんていうか、清廉潔白って言葉がピッタリっていうか。だから、他人の性欲に鈍感なんだよ」

 確かに、ルタが性に関して過度な執着を持っていたら話は大きく変わっただろう。秩序が乱れても構わず自らの快楽に走ったはずだ。
 けれど、彼は違う。此処を自分の支配下である独裁的な環境ではなく、人々が支えあう場所にしようとしている。

「ま、嫌なら出てけって話だよな。絶対に、断るけど。だって、もうここ以外で生きていけないだろ? マジでここは快適すぎる。なんの心配もせずに眠れるなんて、最高だ」

 「これに女が加われば、なお良いんだけどなぁ」とひとりごちるイルデンを見て、こいつが隊長じゃなくて良かったと心底思った。
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