みんなのたいちょう

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恋煩い

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 「ここをね、こうやって支えると撃ちやすいよ」。耳元でルタにそう囁かれ、全身に汗が滲む。地面にうつ伏せに寝そべり、銃を構えたままゴクリと音をたて唾液を飲み込む。「緊張しないで。大丈夫。練習だから」。ルタが穏やかに微笑んだ。どうやら、初めて扱う銃に、戸惑っていると思われているらしい。俺の手に、彼の手が重なる。上昇した体温が伝わらないでくれ、と懇願した。

「僕もね、最初は怖かったよ。でも、慣れたらどうってことないから。ほら、あの空き缶をよく見て」

 照準器を覗き込む俺の体に寄り添ったルタの匂いが鼻腔を擽る。こんな混沌とした世界にいながら、彼は臭わなかった。むしろ、良い匂いがする。
 ────意識しすぎだ。
 自分を叱咤し、銃の訓練に徹する。こんな青年に欲情するほど、俺は肉体に飢えているのか。情けなさに落ち込みながら、引き金をひいた。途端、鋭い音が深閑とした森に響いた。カン、と鳴き声のような音と共に、空き缶がコロコロと地面に転がる。

「わぁ、上手だ」

 ルタが花が咲いたように笑い、俺を褒めた。その反応に、頬が染まる。こんなに感情を露わにして褒められたのは、いつぶりだろうか。記憶を辿っても、思い出せないほどである。「ありがとう」。俺は素直に言葉を漏らした。

「すごく、筋がいいよ。今度は動いてる相手を狙おうか」

 俺から体を離し、地面に転がった空き缶を手に取る。薄い背中をぼんやり眺めた。振り返り、ひしゃげた空き缶を掲げる。「ロゴの真ん中に命中してる。僕なんかよりずっと凄いよ」。ルタの呟きが世辞だとは分かっていても照れる。「褒めたって何も出ないぞ」。銃を下ろすと、ルタが肩を揺らし笑った。

「ジェスも、今では上手に銃を扱うけど、ここまで早く上達しなかったよ」

 不意に、ブルネットの髪とキツい目を思い出す。彼女もこうやってルタに銃の扱い方を学んだのかと思うと、胸の中に何かを孕んだ。そんなこともつゆ知らないルタは空き缶を掲げ微笑んだ。



「ルタは?」

 AエリアとBエリアの境目。俺はジェスと落ち合った。柵で仕切られたそこは、よほどのことがない限り近づいてはいけない。これはルタが設けたルールではないが、暗黙の了解である。門より小さく、扉より大きい出入り口の骨組みに身を寄せ、腕を組んだジェス。眉間に皺を寄せ、俺の姿を睨んでいる。俺は彼女に悟られぬよう、なるべく自然な笑みを浮かべた。

「ルタは今、体調が悪いんだ」
「……それ、前にもルパートに言われた。そんなに長引く病気なの?」

 唇をへの字にし、まるで見透かすように視線が射る。俺は背中に汗を滲ませた。

 AエリアとBエリアは一見不平等な関係に見える。Aエリアの人間たちはゾンビに襲われることなくのうのうと生活し、Bエリアの人間たちは毎日危機と向かい合わせ────この集落に来た人間はAエリアとBエリアの違いを不平等だと騒いだりする。しかし、それは表面上なだけで現状は違う。
 AエリアはBエリアへ食事を提供し、洗濯だってこなしている。小規模ではあるが農業を営んでおり、牛や豚の飼育、そして野菜を栽培している。彼女らの仕事は、もしかしたら俺たちBエリアの人間より激務かもしれない。
 そんなAエリアの隊長を任されているジェスは、人一倍気が強い。そうしなければ人の上に立てないからだろう。
 彼女を苦手な人間は数多い。生意気だ、と唇を尖らせ嫌悪するものだっている。俺もその中の一人だ。彼女は、人を見透かす能力がある────いや、俺があると思い込んでいるだけで、実際のところそんな突拍子もない力は存在しないだろう。けれどあの射るような瞳が、時々恐ろしくなる。

「いやぁ、ちょっと……ただ、最近忙しくて体調を崩しただけだ」

 ふぅんと彼女が鼻を鳴らす。訝しげな表情を浮かべるジェスから逃げるのは不可能だろう。俺は乾いた唇を舐めながら「でも、明日には必ずここへ連れてくる。今日は一日寝かせてやってくれ」と吐いた。彼女は納得いったのか、浅く頷く。
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