20 / 49
恋煩い
4
しおりを挟む
◇
「ここをね、こうやって支えると撃ちやすいよ」。耳元でルタにそう囁かれ、全身に汗が滲む。地面にうつ伏せに寝そべり、銃を構えたままゴクリと音をたて唾液を飲み込む。「緊張しないで。大丈夫。練習だから」。ルタが穏やかに微笑んだ。どうやら、初めて扱う銃に、戸惑っていると思われているらしい。俺の手に、彼の手が重なる。上昇した体温が伝わらないでくれ、と懇願した。
「僕もね、最初は怖かったよ。でも、慣れたらどうってことないから。ほら、あの空き缶をよく見て」
照準器を覗き込む俺の体に寄り添ったルタの匂いが鼻腔を擽る。こんな混沌とした世界にいながら、彼は臭わなかった。むしろ、良い匂いがする。
────意識しすぎだ。
自分を叱咤し、銃の訓練に徹する。こんな青年に欲情するほど、俺は肉体に飢えているのか。情けなさに落ち込みながら、引き金をひいた。途端、鋭い音が深閑とした森に響いた。カン、と鳴き声のような音と共に、空き缶がコロコロと地面に転がる。
「わぁ、上手だ」
ルタが花が咲いたように笑い、俺を褒めた。その反応に、頬が染まる。こんなに感情を露わにして褒められたのは、いつぶりだろうか。記憶を辿っても、思い出せないほどである。「ありがとう」。俺は素直に言葉を漏らした。
「すごく、筋がいいよ。今度は動いてる相手を狙おうか」
俺から体を離し、地面に転がった空き缶を手に取る。薄い背中をぼんやり眺めた。振り返り、ひしゃげた空き缶を掲げる。「ロゴの真ん中に命中してる。僕なんかよりずっと凄いよ」。ルタの呟きが世辞だとは分かっていても照れる。「褒めたって何も出ないぞ」。銃を下ろすと、ルタが肩を揺らし笑った。
「ジェスも、今では上手に銃を扱うけど、ここまで早く上達しなかったよ」
不意に、ブルネットの髪とキツい目を思い出す。彼女もこうやってルタに銃の扱い方を学んだのかと思うと、胸の中に何かを孕んだ。そんなこともつゆ知らないルタは空き缶を掲げ微笑んだ。
◇
「ルタは?」
AエリアとBエリアの境目。俺はジェスと落ち合った。柵で仕切られたそこは、よほどのことがない限り近づいてはいけない。これはルタが設けたルールではないが、暗黙の了解である。門より小さく、扉より大きい出入り口の骨組みに身を寄せ、腕を組んだジェス。眉間に皺を寄せ、俺の姿を睨んでいる。俺は彼女に悟られぬよう、なるべく自然な笑みを浮かべた。
「ルタは今、体調が悪いんだ」
「……それ、前にもルパートに言われた。そんなに長引く病気なの?」
唇をへの字にし、まるで見透かすように視線が射る。俺は背中に汗を滲ませた。
AエリアとBエリアは一見不平等な関係に見える。Aエリアの人間たちはゾンビに襲われることなくのうのうと生活し、Bエリアの人間たちは毎日危機と向かい合わせ────この集落に来た人間はAエリアとBエリアの違いを不平等だと騒いだりする。しかし、それは表面上なだけで現状は違う。
AエリアはBエリアへ食事を提供し、洗濯だってこなしている。小規模ではあるが農業を営んでおり、牛や豚の飼育、そして野菜を栽培している。彼女らの仕事は、もしかしたら俺たちBエリアの人間より激務かもしれない。
そんなAエリアの隊長を任されているジェスは、人一倍気が強い。そうしなければ人の上に立てないからだろう。
彼女を苦手な人間は数多い。生意気だ、と唇を尖らせ嫌悪するものだっている。俺もその中の一人だ。彼女は、人を見透かす能力がある────いや、俺があると思い込んでいるだけで、実際のところそんな突拍子もない力は存在しないだろう。けれどあの射るような瞳が、時々恐ろしくなる。
「いやぁ、ちょっと……ただ、最近忙しくて体調を崩しただけだ」
ふぅんと彼女が鼻を鳴らす。訝しげな表情を浮かべるジェスから逃げるのは不可能だろう。俺は乾いた唇を舐めながら「でも、明日には必ずここへ連れてくる。今日は一日寝かせてやってくれ」と吐いた。彼女は納得いったのか、浅く頷く。
「ここをね、こうやって支えると撃ちやすいよ」。耳元でルタにそう囁かれ、全身に汗が滲む。地面にうつ伏せに寝そべり、銃を構えたままゴクリと音をたて唾液を飲み込む。「緊張しないで。大丈夫。練習だから」。ルタが穏やかに微笑んだ。どうやら、初めて扱う銃に、戸惑っていると思われているらしい。俺の手に、彼の手が重なる。上昇した体温が伝わらないでくれ、と懇願した。
「僕もね、最初は怖かったよ。でも、慣れたらどうってことないから。ほら、あの空き缶をよく見て」
照準器を覗き込む俺の体に寄り添ったルタの匂いが鼻腔を擽る。こんな混沌とした世界にいながら、彼は臭わなかった。むしろ、良い匂いがする。
────意識しすぎだ。
自分を叱咤し、銃の訓練に徹する。こんな青年に欲情するほど、俺は肉体に飢えているのか。情けなさに落ち込みながら、引き金をひいた。途端、鋭い音が深閑とした森に響いた。カン、と鳴き声のような音と共に、空き缶がコロコロと地面に転がる。
「わぁ、上手だ」
ルタが花が咲いたように笑い、俺を褒めた。その反応に、頬が染まる。こんなに感情を露わにして褒められたのは、いつぶりだろうか。記憶を辿っても、思い出せないほどである。「ありがとう」。俺は素直に言葉を漏らした。
「すごく、筋がいいよ。今度は動いてる相手を狙おうか」
俺から体を離し、地面に転がった空き缶を手に取る。薄い背中をぼんやり眺めた。振り返り、ひしゃげた空き缶を掲げる。「ロゴの真ん中に命中してる。僕なんかよりずっと凄いよ」。ルタの呟きが世辞だとは分かっていても照れる。「褒めたって何も出ないぞ」。銃を下ろすと、ルタが肩を揺らし笑った。
「ジェスも、今では上手に銃を扱うけど、ここまで早く上達しなかったよ」
不意に、ブルネットの髪とキツい目を思い出す。彼女もこうやってルタに銃の扱い方を学んだのかと思うと、胸の中に何かを孕んだ。そんなこともつゆ知らないルタは空き缶を掲げ微笑んだ。
◇
「ルタは?」
AエリアとBエリアの境目。俺はジェスと落ち合った。柵で仕切られたそこは、よほどのことがない限り近づいてはいけない。これはルタが設けたルールではないが、暗黙の了解である。門より小さく、扉より大きい出入り口の骨組みに身を寄せ、腕を組んだジェス。眉間に皺を寄せ、俺の姿を睨んでいる。俺は彼女に悟られぬよう、なるべく自然な笑みを浮かべた。
「ルタは今、体調が悪いんだ」
「……それ、前にもルパートに言われた。そんなに長引く病気なの?」
唇をへの字にし、まるで見透かすように視線が射る。俺は背中に汗を滲ませた。
AエリアとBエリアは一見不平等な関係に見える。Aエリアの人間たちはゾンビに襲われることなくのうのうと生活し、Bエリアの人間たちは毎日危機と向かい合わせ────この集落に来た人間はAエリアとBエリアの違いを不平等だと騒いだりする。しかし、それは表面上なだけで現状は違う。
AエリアはBエリアへ食事を提供し、洗濯だってこなしている。小規模ではあるが農業を営んでおり、牛や豚の飼育、そして野菜を栽培している。彼女らの仕事は、もしかしたら俺たちBエリアの人間より激務かもしれない。
そんなAエリアの隊長を任されているジェスは、人一倍気が強い。そうしなければ人の上に立てないからだろう。
彼女を苦手な人間は数多い。生意気だ、と唇を尖らせ嫌悪するものだっている。俺もその中の一人だ。彼女は、人を見透かす能力がある────いや、俺があると思い込んでいるだけで、実際のところそんな突拍子もない力は存在しないだろう。けれどあの射るような瞳が、時々恐ろしくなる。
「いやぁ、ちょっと……ただ、最近忙しくて体調を崩しただけだ」
ふぅんと彼女が鼻を鳴らす。訝しげな表情を浮かべるジェスから逃げるのは不可能だろう。俺は乾いた唇を舐めながら「でも、明日には必ずここへ連れてくる。今日は一日寝かせてやってくれ」と吐いた。彼女は納得いったのか、浅く頷く。
42
お気に入りに追加
77
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
双葉病院小児病棟
moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。
病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。
この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。
すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。
メンタル面のケアも大事になってくる。
当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。
親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。
【集中して治療をして早く治す】
それがこの病院のモットーです。
※この物語はフィクションです。
実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる