ワンナイトパラダイス

中頭かなり

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私は夢を見ない

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 お疲れ様でした。私は事務所内にまだ残っていた城之内へ挨拶をする。彼女は目元の皺を濃くし、お疲れ様と返事をした。城之内が視線を外したのを確認し、事務所を抜けて工場内の廊下を歩む。事務服の上からきたパーカーのファスナーを全て閉め、肩に下げていたバッグを持ち直しながらすれ違う社員達に頭を下げた。
 椎名さんだ。可愛いな。でもあの人、性格キツいらしいぞ。白石さんが言ってた。へぇ、そうなんすか。
 社員の顰めた声が耳に届き、思わずため息を漏らす。本当の私を知りもしないくせに、憶測や噂でベラベラと語るなんて。わざとらしく踵を鳴らし、廊下を歩む。従業員玄関から外へ出ると、夕陽が目を焼いた。思わず顔を俯ける。吹いた風が髪を靡かせた。
 ────本当に、面倒臭い。
 この世は、嫌になるほど面倒臭いことで溢れている。ただ普通に生きていたいだけなのに顔の良し悪しで判断され、値踏みされる。全くもって不愉快だ。私は空気のように漂いたいのに、その尻尾を掴み、引きずり下ろそうとする奴らがたくさんいる。
 怠いなぁ。私は思わずひとりごちた。夕日に照らされた帰路を歩む。ぼんやりと見上げた空にはカラスが飛んでいた。目で追いながら、空いた腹を撫でる。ラーメンが食べたくなって、足を行きつけの店の方向へ変えた。

 ラーメン店はそれなりに混んでいたが、着席はできた。私はカウンター席へ座り、注文をする。頼むのはいつもとんこつラーメン。 脂ぎった汁に浸る太めの麺。上に乗ったトッピングの煮卵とチャーシュー、ネギと海苔が麺をさらに美味しくさせる。思い出すだけで唾液が口に溢れた。慌ててそれを飲み下し、テーブルに置かれた小鉢へ視線を投げる。ニンニクが入っているそれを睨み、どのぐらいの量を入れようかと悩む。明日も仕事だ。少量なら臭わないだろうか……しかし。
 そう思案に耽っていると、目の前に頼んでいたラーメンが置かれた。お待たせ、とぶっきらぼうに呟く店主に頭を下げ、箸を握る。ニンニクの入った小鉢に手を伸ばしかけ、やはりやめた。
 ────また今度にしよう。
 息を吐き出し、ラーメンを啜った。

「────県で発見された死体は佐々木悦司さんのものであると判明。佐々木さんは頭部を何度もアイスピックのようなもので刺され、全裸の状態で発見されました。警察は怪しいと思われる男女二人の行方を追っています。続いて────」

 店内にあるテレビから、アナウンサーの声が流れた。視線を画面へ向ける。殺人事件か。怖いな。いつ自分が巻き込まれるかわからないな。などと考えていると、後ろから声がした。

「どーせまたONP錠を使用した奴らが錯乱して起こした事件だろ?」

 男が知ったような口ぶりでそう語っていた。耳を澄ませるつもりはなかったが、私は聞き耳を立ててしまう。

「そうとは限らないだろ」
「でも、あの錠剤が国民の手に渡ってから変な事件が増えてね?」
「勘違いだって。逆に、いい面もあるんだしさ。なんでもONP錠のせいにするのは野暮だよ」

 俺は恩恵を受けてるぜ、ともう一人の男が愉快げに語る。もう一人の男は、現実と夢の区別がつかなくなっても知らないぞ、と鼻で笑っていた。
 ────ONP錠か。
 私は年に一度、自宅へ送られてくる錠剤のことを思い出していた。引き出しの奥。まるで目につかないようにと深くへ押し込められた、それ。
 あんな錠剤に、なんの価値があるのだろう。
 所詮は全て、夢じゃないか。目覚めたら、それで終わり。どれだけリアルでも、夢は夢でしかない。
 私は、あんなものに頼らない。
 ラーメンを啜り、咀嚼する。もう彼らの会話は耳に届かなかった。
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