ワンナイトパラダイス

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死人に口なし

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 車の振動が体の芯に伝わる。車内に流れているラジオが、窓から漏れる風の音にかき消される。乱れた髪を抑えながら、景色を眺めた。遠くに見える山は太陽を浴びて鈍く光っている。空は青々をしており、雲の白さが余計に目立つ。
 見渡す限り、田んぼと畑しかない風景をまじまじと眺めた。幼少期に飽きるほど見ていた風景だが、今更になってその良さが身に染みる。
 ふと、運転席へ視線を投げた。太陽に照らされた茶髪を揺らしながら、穏やかな表情で運転をする姉。彼女は前を向いたまま、口を閉ざしていた。

「姉ちゃん」

 彼女は、こちらを見ない。ハンドルを持ったまま、黙って運転を続けている。

「ねぇ」

 もう一度、問いかける。しかし、彼女は黙ったままだ。

「なんで死んだの」

 姉がチラリとこちらへ視線を向ける。
 彼女は何も言わず、口角を上げひどく静かに微笑んだ。



「鹿島さんって身近に自殺者とかいます?」

 キーボードを指先で弾きながら、思わずそんなことを呟いてしまった。慌てて口を噤んだが、時すでに遅し。吐いた言葉は私の口の中へ戻ってくることは無かった。やけに静まった事務所内で、鹿島が口を開く。

「え……急に、なに」

 当然の反応に私はですよね、と苦笑いを漏らした。苦笑いを漏らしたいのは鹿島の方だろ、と自分にツッコミを入れつつ、事務所の壁に掛けられたホワイトボードへ視線を投げる。山下、外出。川村、休暇。遠藤、外出。東雲、出張────。我が社の働き蟻たちが書き込んだ予定表を見つめながら、ふとこの会社に入った時のことを思い出していた。
 入社した時、私はそこら辺の飲食店で働くフリーターだった。こんな人生もう真っ平だと思って、一か八かで面接したのが株式会社オオタである。事務の経験がなかった私は、面接官でありながら社長である大田と向かい合いながら、落ちるのだろうなと内心ぼんやり考えていた。
 しかし、彼は私を採用した。いいね、若い女の子が欲しかったんだ。今の所、事務作業は鹿島さんに任せきりだから。と太鼓腹を叩きながらそう告げた。
 やがて私はこの会社に勤め、鹿島柚子の後輩となった。私より五歳ほど年齢の離れた彼女は、やっと私に後輩ができたと胸を撫で下ろしていた。
 そんな彼女が怯えた表情で私を見ていた。いきなりこんな話題を振られて彼女も困惑しているのだろう。私はひとりごちるように言葉を続けた。

「すみません。ちょっと興味があって。というのも、私の姉、自殺していまして」
「えっ」
「もし、鹿島さんの身近な人間が自殺していたらちょっとお話を伺いたかったんです」
「井本さん、待って。え、怖い。唐突すぎて、怖い」

 鹿島は身を強張らせ、眉を顰めた。私は彼女の顔色を察し、謝罪をした。そのまま、事務作業を再開する。

「あ……あぁ。そういえば、学生時代に勤めてたバイト先の店長がしちゃったな。自殺」
「────へぇ。理由は?」
「確か、借金が返済できなくてとかだった気がする。まぁ、風の噂だから正確ではないけど」

 そうですか。教えてくださり、ありがとうございます。そう礼を言い、頭を下げた。
 借金を苦に自殺。ありがちだが、とてもむごい理由である。私はその店長がどのような心境だったかを想像し、胸の奥あたりがぎゅうと痛んだ。

「いいなぁ、明確な理由があって死んでくれたなんて」
「……どういう意味?」

 鹿島が、不快そうな表情をした。すみません、言い方が悪かったですね。そう呟きながら、文字の羅列が並ぶパソコンのモニターを眺めた。

「私の姉」
「……うん」
「理由も言わずに死んだんですよ」

 空気が凍る。黙々と作業を続ける私の横で、鹿島が声を荒げた。

「いや、こんなクソ激オモ話題を振っといて普通に作業すな」
「鹿島さん、手が止まってます」
「お前が止めたんじゃい」

 今日もキレがいいいですね、鹿島さん。グッと親指を立て褒め称えると、彼女が唇をへの字に曲げた。

「……いやぁ、だから。不謹慎なのは重々承知な上で、明確な理由があって死んでくれるなんて羨ましいんですよ。イジメとか、借金とか。理由があれば「なんとかしてあげることができたかもしれない」っていう理由に縋って泣くことができるんです。後悔することができるんです。でも────」

 手が止まる。
 姉の────井本ゆかりの骨を拾った日のことを思い出す。小さいそれが姉だと思うことができず、まるで現実味のない泥濘を漂っているようだった。

「なにも理由を言わずに死なれると、どうしようもないんです。感情の行き場が、無いんですよ。ただ宙を彷徨って、永遠にぐるぐると回り続けるんです」

 最後に姉と会った日のことを思い出す。急に地元へ帰ってきた姉が、ドライブしようと私に提案したのだ。あの日、彼女はいつも通りだった。他愛無い会話をして、他愛無い時間を過ごした。

「……なんで死んじゃったのかな」

 ポツリと呟いた言葉に回答をくれる人は、誰もいない。

「ところで鹿島さん。これ食べます? 期間限定の味らしいですよ」
「うわぁ! 急に話題を変えるな! 怖い!」

 デスクに置いていた菓子の袋を開け、彼女へ差し出す。オーバーにリアクションする鹿島さんがどことなく姉に見えて、私は目を細めて笑った。
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