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女神
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◇
誕生祭で卒業発表をするなんて、その場にいた誰が予想できただろうか。
狭っ苦しいライブハウスからゾロゾロと出てくる人の波に押され、倒れそうになり、私は必死になって耐えた。
周りにいる、誰もがみな死んだ目をしている。それは、私もそうだ。楽しかった誕生祭の記憶が一切ない。代わりに、色鮮やかなライトに照らされたまろんが意を決して放った言葉が脳に刺さっている。
「私、女神まろんは六月に発売するシングルの活動をもって「らいちー・ライチー」を卒業します。そして、それを機に芸能界も引退します」
その言葉を発した途端、会場が一気に冷え切ったのを感じた。彼女の晴れやかな表情とは裏腹に、その場にいる誰も笑っていなかった。どよめき、悲鳴が所々から聞こえはしたが、殆どの人間は無言だった。どうして? まだ、これからだって言うのに。私はそう叫びたかった。
けど、心の中でその選択も致し方がないと分かっていた。アイドルでいられる期間は限られていて、そして売れなければ埋もれたままである。美しい世界の裏には残酷な一面も兼ね備えており誰もがその醜さに怯えるのだ。
「みんな、悲しませてごめんね。残り少ない私の活動を、見届けて」
まろんの気丈とした声が、鼓膜を撫でた。
◇
シングル発売と同時に発表されたライブで、女神まろんは卒業する。その事実は、私の胸に大きな穴をつくった。寝ても覚めても、彼女の笑顔が離れない。小さなライブハウスで歌い、踊り、喋り、笑っていた彼女が。
彼女との出会いを、今でも鮮明に思い出せる。様々なアイドルが集う音楽イベント────通称ドルまつりでお目当てのアイドルを応援しにいった時のこと。彼女らの歌が終わり、次に登場したのが「らいちー・ライチー」だ。
私は一瞬で、女神まろんに魅了された。その姿は、私の世界に舞い降りた「女神」であった。
そんな彼女が、私の世界から消えてしまう。言いようのない辛さが胸を抉り、さめざめと泣いた。
アイドルとは、いつかファンの前から消えてしまう存在だ。その短い期間で人を魅了し消えていく姿は、文字通り偶像である。霞みのように散り、やがて風に舞いどこかへ飛んでいく。
私たちはそれを掴めないまま、ぼんやりと眺めることしか出来ないのである。
女神まろんがアイドルとして過ごす、最後の日が来てしまった。会場はいつものライブハウス。狭くて古くて、キャパシティも小さいその場所が、彼女の門出を祝う晴れ舞台なのだと私は信じたくなかった。
会場にいる同志たちの表情はそれぞれで、笑えないほど悲しむものもいれば、しょうがないよと無理に笑顔を作るものもいた。
私は────私はどんな表情をしていたか、分からない。悲しそうにしていたのだろうか。それでも気丈に振る舞おうとしていたのだろうか。顔に色を無くし、ただ無表情で握りしめたペンライトを見つめていたのだろうか。
会場が暗くなり、激しい曲が流れ出した。ライブハウスに緊張が走る。聞き慣れたそのイントロは、女神まろんの最初のソロ曲「君の女神はわたし」だ。その場にいた全員が、ペンライトをピンクに染める。一面に広がった光景が彼女の目に焼き付きますようにと私は願った。
「みんな、お待たせ」
パッとステージに光が当たる。暗闇に隠れていたまろんが手を挙げ、声を高らかに出した。センターで踊る彼女は、今まで見た中で、最も美しかった。
狭いライブハウスの中。小さなステージ。けれど、彼女がそこに立つだけで、まるでドームにいるかのような臨場感が目の前を走る。
会場中の声量が一気に高まる。地鳴りがするほど空気が揺れ、その熱量に圧倒された。しかし、私も負けていられない。
君を愛する人間がこんなにもいるのだと知って欲しくて、ペンライトを掲げた。
誕生祭で卒業発表をするなんて、その場にいた誰が予想できただろうか。
狭っ苦しいライブハウスからゾロゾロと出てくる人の波に押され、倒れそうになり、私は必死になって耐えた。
周りにいる、誰もがみな死んだ目をしている。それは、私もそうだ。楽しかった誕生祭の記憶が一切ない。代わりに、色鮮やかなライトに照らされたまろんが意を決して放った言葉が脳に刺さっている。
「私、女神まろんは六月に発売するシングルの活動をもって「らいちー・ライチー」を卒業します。そして、それを機に芸能界も引退します」
その言葉を発した途端、会場が一気に冷え切ったのを感じた。彼女の晴れやかな表情とは裏腹に、その場にいる誰も笑っていなかった。どよめき、悲鳴が所々から聞こえはしたが、殆どの人間は無言だった。どうして? まだ、これからだって言うのに。私はそう叫びたかった。
けど、心の中でその選択も致し方がないと分かっていた。アイドルでいられる期間は限られていて、そして売れなければ埋もれたままである。美しい世界の裏には残酷な一面も兼ね備えており誰もがその醜さに怯えるのだ。
「みんな、悲しませてごめんね。残り少ない私の活動を、見届けて」
まろんの気丈とした声が、鼓膜を撫でた。
◇
シングル発売と同時に発表されたライブで、女神まろんは卒業する。その事実は、私の胸に大きな穴をつくった。寝ても覚めても、彼女の笑顔が離れない。小さなライブハウスで歌い、踊り、喋り、笑っていた彼女が。
彼女との出会いを、今でも鮮明に思い出せる。様々なアイドルが集う音楽イベント────通称ドルまつりでお目当てのアイドルを応援しにいった時のこと。彼女らの歌が終わり、次に登場したのが「らいちー・ライチー」だ。
私は一瞬で、女神まろんに魅了された。その姿は、私の世界に舞い降りた「女神」であった。
そんな彼女が、私の世界から消えてしまう。言いようのない辛さが胸を抉り、さめざめと泣いた。
アイドルとは、いつかファンの前から消えてしまう存在だ。その短い期間で人を魅了し消えていく姿は、文字通り偶像である。霞みのように散り、やがて風に舞いどこかへ飛んでいく。
私たちはそれを掴めないまま、ぼんやりと眺めることしか出来ないのである。
女神まろんがアイドルとして過ごす、最後の日が来てしまった。会場はいつものライブハウス。狭くて古くて、キャパシティも小さいその場所が、彼女の門出を祝う晴れ舞台なのだと私は信じたくなかった。
会場にいる同志たちの表情はそれぞれで、笑えないほど悲しむものもいれば、しょうがないよと無理に笑顔を作るものもいた。
私は────私はどんな表情をしていたか、分からない。悲しそうにしていたのだろうか。それでも気丈に振る舞おうとしていたのだろうか。顔に色を無くし、ただ無表情で握りしめたペンライトを見つめていたのだろうか。
会場が暗くなり、激しい曲が流れ出した。ライブハウスに緊張が走る。聞き慣れたそのイントロは、女神まろんの最初のソロ曲「君の女神はわたし」だ。その場にいた全員が、ペンライトをピンクに染める。一面に広がった光景が彼女の目に焼き付きますようにと私は願った。
「みんな、お待たせ」
パッとステージに光が当たる。暗闇に隠れていたまろんが手を挙げ、声を高らかに出した。センターで踊る彼女は、今まで見た中で、最も美しかった。
狭いライブハウスの中。小さなステージ。けれど、彼女がそこに立つだけで、まるでドームにいるかのような臨場感が目の前を走る。
会場中の声量が一気に高まる。地鳴りがするほど空気が揺れ、その熱量に圧倒された。しかし、私も負けていられない。
君を愛する人間がこんなにもいるのだと知って欲しくて、ペンライトを掲げた。
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