ワンナイトパラダイス

中頭かなり

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アンドロイド

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「えっ」

 思わず私は声を上げた。マグカップを置いた手が、彼によって掴まれたからだ。小さな悲鳴をあげる前に、彼に押し倒されていた。膝掛けにゴンと頭を打ちつけ、妙な声を上げた私は彼を見上げる。逆光で彼の表情が読み取りづらい。
 どうしたの、と声を出そうとした。しかし、喉が締まっていて声が出ない。私は体が拘束されたかのように動けなくなった。
 呼吸が乱れる。それは彼も同じだった。耳障りな息遣いに思わず鳥肌が立つ。掴まれた手首が熱い。彼の手のひらに汗が滲んでいた。気持ち悪くて私は血の気がひく。
 彼がやっと口を開いた。

「僕」

 テレビの音と彼の呼吸音が混ざり合い、脳内でぐちゃぐちゃに暴れる。私は吐き気を覚えた。

「僕、初めてなんです」

 彼が俯けていた顔をあげる。わざとらしい蛍光灯の光に照らし出された彼の顔は、あの日の山田と同じものだった。
 欲に塗れた猿。
 ────これは、違う。これは、違う。
 私は衝動的に彼を突き飛ばした。気持ち悪い。私は無我夢中で家を飛び出した。後ろから猿が何かを言っていた。私は気にせず走り続ける。あぁ、気持ち悪い。私は掴まれた手首を何度も何度も摩った。今までの思い出が走馬灯のように蘇り、胃の中がグルグルと鳴る。気持ち悪い。エレベーターから飛び出し、エントランスを抜け、薄暗い夜道を駆けた。気持ち悪い、気持ち悪い。パンプスが馬鹿みたいにカツカツと音を立てる。後ろを振り返ることもなく、私は走り続けた。気持ち悪い。息が切れ、いよいよ体力の限界というところで私は足を止めた。
 気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い。
 気づいたら私は泣いていた。
 ワンワンと泣き叫び、その場に倒れ込む。コンクリートにめり込む膝が痛んだが、構わず私は泣き続けた。みっともない声を晒し、鼻水を垂らしながらズリズリと体を移動させ、電柱にもたれ掛かる。
 あぁ、彼もやはり違った。彼も所詮「人間」だった。その辺にいる男たちと同じ存在だった。
 いや違う、彼はちゃんとした「人間」なのだ。違うのは私。間違ってるのは私。私。
 私は何故、違う?何故、みんなのように「普通」になれない? 私は────。
 ぼんやりと鈍く世界を照らし出す月を見上げた。立ち上がり、まろい光に照らされた夜道を歩む。
 帰ったらONP錠を飲もう。全てを忘れよう。
 RXくんの内部の機械音を思い出しもう一度、涙を流した。
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