ワンナイトパラダイス

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アンドロイド

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 結局、彼に連絡をすることは無かった。
 部屋に設置されたガラステーブルにルーズリーフを放置したまま、会社へ向かう。時間通りにホームへ流れ込んできた電車に乗り込み、いつも通りの憂鬱な時間を過ごす。ふと、彼の顔が思い浮かんだ。ウロウロと眼球を動かし、彼を無意識に探していた。涼宮サイキ。変わった名前だ。なんという漢字を書くのだろうか。彼の顔が浮かんで消えた。駄目だ。考えないようにしよう。私は吊り革を握りながら、前の座席に腰を掛ける油ぎった男のつむじを睨むように見つめた。
 きっと、私なんかと釣り合わない。あんな顔のいい男、引く手あまただ。それに、付き合っても、前のように失敗するに決まってる。いや、しかし。私は悶々とした。彼となら、もしかしたら上手くいくかもしれない。RXくんとサイキくんの顔がぼんやり重なる。
 気づいたら、電車は目的地に到達していた。ホームを踏みしめ、歩く。もう、湿布は剥がれていた。軽快に踵を鳴らす。彼の姿は無かった。ほらね。運命なんてない。私は息を吐き出しながら妙に納得していた。あれは、大学の罰ゲームか何かだったのだろう。私に気があるなんて、おかしな話だし。

「あの」

 私は全神経がむき出しになったかのような感覚に陥った。鼓膜を撫でた声が脳裏をぐるりと駆け巡り、ゆっくりと浸透する。呼吸することも忘れ、私はその場に立ち尽くした。

「やっぱり、僕じゃダメですか」

 私はゆっくりと振り返る。彼が表情ひとつ変えずに私を見ていた。

「僕は、本気です」

 薄茶色の瞳が真剣に私の目を見つめていた。不意に森さんの言葉がリフレインする。人生一度なんだから、思い切って飛び込んでみちゃえば。
 そうだね。私は彼女に答えた。飛び込んでみるのも悪くないかもしれない。私は肺いっぱいに息を吸い込み、彼と向き合う。

「……コンタクトに」
「へ?」
「コンタクトにしてみる気はない?」

 私の不審な発言に、サイキくんはキョトンとした表情を見せ、貴方が望むなら。と、呟いた。



 涼宮サイキ。漢字で蔡樹と書くらしい。真山さんは? 下の名前なんて言うんですか。と尋ねられ、一瞬戸惑った。京子なんて古臭い名前だったからだ。別に、他人からしてみると古臭くない名前だろうが、私にとっては「子」と付く名前が嫌いだった。周りの友達が絢音や沙耶、柑奈、結菜など愛らしい名前だったのが原因かもしれない。教師に呼ばれるたび、恥ずかしくて顔を赤らめていたことを思い出した。
 サイキくんに問い詰められ、京子だよ。と消えかかった声で伝えると彼はいい名前だね。と、感情のない声色で話した。
 それからポツポツと、互いにそれぞれのことを話し合った。サイキくんの無感情さは昔からで、両親によく心配されていたらしい。彼は彼なりに嬉しいことや悲しいこと、辛いことを人並みに感受しているようだが、いざそれを表に出すとなると話は変わるらしい。
 私は話を聞きながら無性に興奮していた。その話す様さえ、機械のようだったからだ。サイキくん曰く、この性格のおかげで友達や恋人は出来なかったらしい。顔がいいのに、可哀想だなぁと私は思った。
 年齢は十九歳。まだ十代ではないか。驚いた私にサイキくんはあと数ヶ月で二十歳です。そう呟いた。十九歳なのに、難しそうな勉強をしているんだね。すごいね、と言うと彼はそうでもないです。と、少し俯いた。これが照れている様子なのかもしれない。私は彼の扱い方を徐々に学んだ。彼は顔をあげ、京子さんの年齢は? と尋ねてきた。痛いところを突かれた。私は言葉を濁した。女性に年齢を聞くなんて、失礼ですよね。と、発言を撤回しようとした彼の口を塞ぐように二十七歳、と答える。どうせいつかバレるし、彼には選ぶ権利がある。私は包み隠さず答えることにした。彼は一瞬、固まり、まるでなんてことないように、失礼なことを聞いたのに教えてくれてありがとう、と言った。
 私は、おばさんでごめんねと笑った。彼はかぶりを振り、どうしてそんなこと言うんですか。と、悲しそうにした。
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