ワンナイトパラダイス

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アンドロイド

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『カナちゃんいつ結婚するのよ』

 私は親指の爪を切りながら、その言葉を軽く流した。スピーカーモードの携帯端末から溢れ出る母さんの声が妙に明るい。先々月に妹が子供を出産したからだろう。孫と遊ぶ日々を思い描き、子供のように胸を躍らせているのだ。

『シノちゃん、難産だったけど、元気な子が産まれたのよ。可愛くてね。カナちゃんも会ってあげなさいよ』

 可愛い? 子供が? 冗談はやめてよね。私は言いかけた言葉を飲み込み、そっかぁ、とわざとらしく明るい声を漏らす。母さんは続けた。

『山田くんだっけ?あの子とはまだ続いてるの?』

 母さん、それいつの話? 高校生の時に一瞬、付き合ってただけの子じゃん。私が声を荒げると、母さんはケタケタと楽しそうに笑った。

『あんたが浮いた話を聞かせてくれないから、私の脳内では未だに山田くんのデータしかないのよ。早くアップデートさせてちょうだい』

 まぁ、ソイツが最初で最後の彼氏だしな。その言葉を口に出さず、切った爪をゴミ箱へ捨てた。テラス戸から入る夜風が薄いカーテンを揺らす。
 ふと、山田のことを思い出していた。
 高校二年の春に告白され、付き合った男だ。顔はそれなりにタイプだったし、いい加減この病的な癖を治したいと思っていたので、いいきっかけだと感じた。
 付き合いたての頃はそれなりに楽しかった。初めての彼氏に私も多少は燃え上がっていたのかもしれない。
 しかし、不意に彼が手を握ろうと言ってきた時、頭の中が真っ白になった。
 それまで楽しい休日を送っていたのだ。日曜日。待ち合わせは地元の駅前。まずはアイスクリーム屋さんでアイスを買った。私はバニラ。山田は……チョコだったかな。外に置かれたベンチで食べた後、映画館へ行った。漫画原作の実写映画を観た。ネットで酷評されていたのを知らずに見てしまい、後悔した。終わった後、二人で顔を見合わせて笑った。主人公あんな髪型だっけ? ヒロイン性格違うよね? 戦闘シーンだっさ。私たちは各々の感想を言い合い、山田の家付近まで歩いた。近くの公園に寄り、ブランコを緩やかに漕いだ。
 そんな中、山田が言ったのだ。手を握ろうと。山田はブランコに下ろしていた尻を起こし、私の前に来た。私は一瞬で熱が冷めたことに気づき、唖然とした。目の前にいる男が、気持ちの悪い生き物に見えた。
 私は引き攣った笑みで、えぇ……と悩むふりをした。実際は悩んでなどいなかった。嫌だった。触れられたくなかった。歪んだ眉毛に気づき、彼は私の両肩を握る。汗ばむ熱を帯びた手のひらに小さく悲鳴を上げた。山田はそのまま、キスをする。
 私は大声で叫び、山田を突き飛ばした。唾液のついた唇を腕で拭い、尻餅をついた山田を起こすことなく、公園から全力で逃げる。後ろから山田の呼ぶ声がしたけど、私は止まらなかった。気がついたら泣いていた。山田の欲を孕んだ表情と、熱が気持ち悪くて。私は慣れないパンプスで走りながらシイノを思い浮かべていた。
 完璧なアンドロイド、シイノ。彼のようなアンドロイドがこの世にいないことに失望し、再び泣いた。
 私のファーストキスは無惨に終わった。
 次の日、同級生の間では山田が私を振り、受け入れなかった私が彼に暴行した、という噂話で持ちきりだった。正直、そんな噂話なんてどうでもよかった。あの日、山田が自分の家の近くまで招いたのは童貞を捨てるためだったのでは、という考察は遠からず当たっていたのだと思う。やけにソワソワしていたし、今日は親がいないんだというどうでもいい情報を私に話していたし。
 情けない噂話を流した陰湿極まりない男、山田とはそれっきり話すことはなかった。
 結局、それ以降、私は誰とも付き合うことなく二七歳に到達した。
 いい加減、いい相手を見つけて落ち着いてくれ、という母さんの言い分は正しい。ぐうの音も出ない。

『そうそう、お母さんの仕事先に優しい子がいるのよ。彼なんてどうかしら。独身だって言ってたし』
「んー遠慮しとくよ。その人だって、私みたいな女、お断りだよきっと」
『そうかなぁ。三十六歳でバツなしよ。顔と体型は……まぁ、この際、高望みなんて出来ないわね』

 母さんの話を聞いてるだけで、眩暈がした。大丈夫だから、と母さんの話を遮った。ふと、足首を見た。今日、駅で捻った部分が赤くなっていて、触れると痛む。ゆっくりと摩りながら、母さんのマシンガントークを聞く。
 夜風が頬を撫でる。私はテラス戸から夜空を見上げ、ため息をついた。
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