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アンドロイド
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◇
ONP錠で見た夢を思い出しながら、電車の振動に揺られる。吊革を持つ手に汗が滲む。滑そうになるのをなんとか堪え、きつく手を結んだ。蒸された車内は様々な臭いが混ざり、吐き気を催す。胃の中でグルグルと消化され続ける朝食を戻しそうになり、私は車内の広告を睨んだ。下世話な脱毛広告だ。若手の女優が微笑みながらこちらを見ている。
ゴトン。電車が大きく揺れた。拍子に隣の男とぶつかる。服越しにも感じる熱と汗ばんだ肌に鳥肌が立つ。あぁ、早く降りたい。私は目を瞑り、俯いた。後ろにいるであろう男の鼻息が妙に煩い。汗臭いし、ポマード臭い。吊革をきつく握る。ずり落ちてきたビジネスバッグを抱え直し、窓の外を見た。
────次は××。お出口は右側です。
アナウンスが流れる。救いにも似た声に息を漏らす。
犇めき合う車内から解放され、ホームに降りた。この駅で降りる人間は殆どいない。皆、次の駅が目的地なのだ。私は車内に詰め込まれた人間たちを見送る。緩やかに加速させ、ホームから消えていく様を眺めていた。
ホームにはちらほら人間がいるぐらいで騒がしくはない。腕時計を確認し、まだ出社時間まで余裕があることを確認した。駅のコンビニでお菓子でも買うか。私はホーム内を歩いた。ワイシャツとスーツパンツの間に風が入り込み、滲ませていた汗を冷やしていく。心地よい。リズム良くパンプスの踵を鳴らし、歩んだ。
途端、視界が歪む。小さな悲鳴をあげ、その場に転けた。
「いったぁ……」
一昨日、下ろしたパンプスが原因だろう。履き慣れておらず、足を挫いたのだ。私はコンクリートに散らばったバッグの中身を見て深々とため息をつく。恥ずかしさと情けなさで、周りが確認できない。朱に染まっているであろう耳が熱い。かぶりを振り、なんとか立ち上がろうとした。
「大丈夫ですか」
頭の上から、声が降ってくる。抑揚のなさと冷たさを孕んだ声色に私は顔を上げた。
「あの、立てますか」
黒髪に眼鏡。色白の肌に均等のとれた顔面。私は息を呑んだ。声をかけてきた彼がRXくんに似ていたからだ。悲鳴を上げそうになり、その場で動けなくなる。
彼は散らばったポーチや携帯端末、除菌シートやハンカチを丁寧に拾い、投げ捨てられていたビジネスバッグに直した。立ち上がった私はその動きを木偶の坊のように立ち竦み、観察していた。
全てを終え、私にビジネスバッグを差し出す。
「足首、痛みませんか」
表情筋ひとつ変えないその見事さに私は口をあんぐりと開いた。ハッと自分の情けなさに気づき、彼からバッグを受け取り何度も頭を下げる。彼は気にしないでください、とだけ言い残し去った。
高い身長と細身の体を揺らしながら、彼は駅内の人混みへ消えていく。その様子をただぼんやりと眺めた。
ONP錠で見た夢を思い出しながら、電車の振動に揺られる。吊革を持つ手に汗が滲む。滑そうになるのをなんとか堪え、きつく手を結んだ。蒸された車内は様々な臭いが混ざり、吐き気を催す。胃の中でグルグルと消化され続ける朝食を戻しそうになり、私は車内の広告を睨んだ。下世話な脱毛広告だ。若手の女優が微笑みながらこちらを見ている。
ゴトン。電車が大きく揺れた。拍子に隣の男とぶつかる。服越しにも感じる熱と汗ばんだ肌に鳥肌が立つ。あぁ、早く降りたい。私は目を瞑り、俯いた。後ろにいるであろう男の鼻息が妙に煩い。汗臭いし、ポマード臭い。吊革をきつく握る。ずり落ちてきたビジネスバッグを抱え直し、窓の外を見た。
────次は××。お出口は右側です。
アナウンスが流れる。救いにも似た声に息を漏らす。
犇めき合う車内から解放され、ホームに降りた。この駅で降りる人間は殆どいない。皆、次の駅が目的地なのだ。私は車内に詰め込まれた人間たちを見送る。緩やかに加速させ、ホームから消えていく様を眺めていた。
ホームにはちらほら人間がいるぐらいで騒がしくはない。腕時計を確認し、まだ出社時間まで余裕があることを確認した。駅のコンビニでお菓子でも買うか。私はホーム内を歩いた。ワイシャツとスーツパンツの間に風が入り込み、滲ませていた汗を冷やしていく。心地よい。リズム良くパンプスの踵を鳴らし、歩んだ。
途端、視界が歪む。小さな悲鳴をあげ、その場に転けた。
「いったぁ……」
一昨日、下ろしたパンプスが原因だろう。履き慣れておらず、足を挫いたのだ。私はコンクリートに散らばったバッグの中身を見て深々とため息をつく。恥ずかしさと情けなさで、周りが確認できない。朱に染まっているであろう耳が熱い。かぶりを振り、なんとか立ち上がろうとした。
「大丈夫ですか」
頭の上から、声が降ってくる。抑揚のなさと冷たさを孕んだ声色に私は顔を上げた。
「あの、立てますか」
黒髪に眼鏡。色白の肌に均等のとれた顔面。私は息を呑んだ。声をかけてきた彼がRXくんに似ていたからだ。悲鳴を上げそうになり、その場で動けなくなる。
彼は散らばったポーチや携帯端末、除菌シートやハンカチを丁寧に拾い、投げ捨てられていたビジネスバッグに直した。立ち上がった私はその動きを木偶の坊のように立ち竦み、観察していた。
全てを終え、私にビジネスバッグを差し出す。
「足首、痛みませんか」
表情筋ひとつ変えないその見事さに私は口をあんぐりと開いた。ハッと自分の情けなさに気づき、彼からバッグを受け取り何度も頭を下げる。彼は気にしないでください、とだけ言い残し去った。
高い身長と細身の体を揺らしながら、彼は駅内の人混みへ消えていく。その様子をただぼんやりと眺めた。
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