ワンナイトパラダイス

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アンドロイド

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 真横を車が横切った。私は靡かれた髪を抑えつつ、フェンスに手を掛け、屋上から街を見下ろす。夕焼けに照らされた街並みはネオンの灯りを宿すのを今か今かと心待ちにしていた。空高くまで伸びるガラス張りのレールの上を電車が走る。また一台、夕暮れに染まる空を駆ける車が見えた。夜に迫る世界が気温を下げる。頬を撫でる風に身を委ねつつ、私はフェンスから手を離した。

「マカミさん」

 肩に手が触れた。服越しにも感じる冷たさと無機質さに歓喜の鳥肌が立つ。小さく口角をあげ振り返る。
 彼が、そこに立っていた。

「そろそろ、街中へ出かけましょう」
「ううん。今日はここから街を見下ろしたい」
「わかりました」

 抑揚のない声が心地よい。表情をひとつ変えずに彼は頷き、私の真横に立った。硬く噤んだ唇は開くことなく、街を見下ろしている。

「RXくん」
「はい」
「今日はだいぶ冷えるけど、寒くて壊れちゃうことってあるの?」
「我々は高性能なので、熱や冷たさで壊れることはありません」

 ご安心を。彼はマニュアル通りの回答をする。私はその反応に何故かたまらなく愛おしさを覚え、肩を揺らした。
 彼は────RXくんは、アンドロイドだ。
 人口の半分以上は繁殖をすることを放棄し、アンドロイドと共に生活することを選択した。アンドロイドと共に余生を過ごすのはマジョリティーと化し、人間同士で繁殖するのは時代遅れと揶揄された。
 チラリと私は彼を横目で見る。人間が好む均等の取れた顔の造形をしていた。その美しさに惚れ惚れする。彼らには醜悪という言葉はない。肌荒れもしないし、歳をとっても劣化しない。背も高ければ、体つきも美しい。まさに理想だ。
 スッと通った鼻先を見つめているとRXくんが私を見た。

「……どうかしましたか」

 彼の金髪が風に靡く。夕日に溶ける黄金があまりにも美しい。見惚れていると彼の手が私に伸びる。風に嬲られ、顔にかかった髪を首の後ろへ流した。指先の動きひとつひとつが優美だ。
 ありがとう、と礼を言うと彼は小さく頭を下げた。彼は手を退け、フェンスに指を掛ける。
 私はその場に座り込み、硬いコンクリートに背中を預けるように倒れ込んだ。一面に広がる夕日の美しさを目に焼き付ける。
 ふと、RXくんが顔を覗き込んだ。

「マカミさん」
「……隣に寝てよ」
「はい」

 彼は私の言う通りに、隣に寝転んだ。時折、内部の音や硬い金属が擦れる音が鼓膜を揺さぶる。彼が人間でないという確信を得られるたびに、胸が高まった。
 沈黙が続く。隣からは呼吸音も、鼻を啜る音も、歯軋りも聞こえない。私は不意に、彼の手を握った。冷たく、そして硬い。彼は握り返してこない。それで良かった。普通の「男」であれば、手を握り返し、私に覆い被さってくるだろう。臭い口を近づけ、胸元に手を入れてくる。スカートをまさ繰りながら息を荒くし、下半身の熱を逃がそうと必死に足掻く。
 その滑稽さと愚かさを想像しただけで、吐き気がした。
 アンドロイドには性欲が無い。性行為をしない。勃起もしなければ、射精もしない。彼らには全て、いらない機能なのだ。
 首を傾け、彼を見る。
 私はそういう、無様さや醜さを見せない美しさに惚れ込んでいた。何もかもが、素晴らしい。握り返してこない彼の手を強く握る。愛おしさが全身を駆け巡った。あぁ、美しい。私は恍惚とした笑みを浮かべ、肺一杯に息を吸い込む。ゆっくりと息を吐き出し、上半身を起こした。

「どうかしましたか?」
「ううん。なんでもないよ」

 彼を見下ろす。地面にふわりと散らばる金髪。儚げな危うさを孕む瞳。美しい顔。透けるような肌。私はつい見惚れる。完璧なその存在に、やり場のない興奮が生まれた。

「RXくん」
「はい」
「愛してる」

 私は捧げるように言葉を空気に溶かした。彼は表情筋ひとつ動かさず、その言葉を聞いていた。何も返さず、何も感じていない彼に再び溺れる。
 そう。それでいい。
 ここで、同様の言葉を返したら私たち人間と同じランクにまで落ちてしまう。
 交差しているはずの視線。交わっているはずなのに、何処か遠くを見ている彼から目を逸らさずに、私は静かに微笑んだ。
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