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冷えた手のひら
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割れた頭から血が溢れ出す。全身を震わせながら地を這う佐々木悦司の後頭部を掴み、引き寄せた。手が血で汚れたが気にせず、顔面をコンクリートへ数回、叩きつける。最初は悲鳴をあげていた彼だが、やがてその声は弱まっていく。
地面に血が飛び散り、辺りを汚していた。手に持っていた鉄パイプを放り投げ、息を吐き出す。
「まだ死ぬんじゃねぇぞ」
後頭部を何度も踏みつける。頭蓋骨の感触が足の裏から伝わり、背筋が震えた。やがて、ぴくりとも動かない男の腹へつま先を食い込ませ、仰向けにする。顔面がぐちゃぐちゃになった佐々木は見るも無惨で、俺はクツクツと肩を揺らし笑った。
「だから、まだ死ぬなって」
呟いた途端、男の胸板が動く。ハッと口を開け、酸素を肺へ入れ込み、虚ろな目でこちらを見上げた。その目が気に入らなくて、再び足で顔を踏みつける。気がつくと、手のひらの中にオイルライターが握られていた。ニヤリと笑い、彼の服に火をつける。面白いほど燃え上がり、広まっていく炎はあっという間に男を食い尽くす。
例え難い悲鳴をあげ、踠き暴れ苦しむ男を見て、俺は手を叩いて笑った。
「……聖也くん」
後ろで声がした。視線をそちらへ向ける。甲斐田伊織が俺を見つめていた。伊織は黒いランドセルを背負ったまま、燃え盛る男をぼんやりと眺めている。俺よりも幾分も背の低い彼の頭に手を置いた。
「今月も殺したよ」
「うん」
「来月も殺す」
「うん」
伊織が頷く。細い黒髪が揺らめいた。俺は彼の小さな手を握る。その手のひらは冷たくて、身震いがした。
炎は燃え上がり、辺りに酷い臭いが充満する。佐々木を包む熱は、徐々に俺の足元にも迫っていた。
◇
「おはよう」
「おはよう。顔色悪いな」
デスクで項垂れていた俺の肩を、同僚の下野原が叩いた。挨拶を返し、あくびをひとつ。眠気が孕んだ瞳を擦りながら、頬杖をつく。
「なんだよ、眠いのか?」
「いや、よくは眠れたんだけどさ。ただ、ちょっと具合が悪くて」
だから、目を瞑ってただけだ。そう言い、キーボードへ手を置く。今日も事務的に始まる労働に眩暈を覚えつつ、息を吐き出した。下野原がふぅんと鼻を鳴らす。
「そういや、俺。今月ONP錠で女優の清水市子ちゃんと付き合う夢を見てさぁ」
下野原の表情がパッと明るくなり、頬が緩む。俺はそんな彼を横目で見つつ、しょうもな、と切り捨てた。
「なんだよ。これは国民に与えられた合法的な娯楽なんだぞ! 楽しむのに使って何が悪いんだよ!」
肘で二の腕を小突かれ、俺は小さく笑う。そうだよな、普通は楽しい夢をみるために飲むものだよな。そう言いかけた言葉を喉の奥で殺し、上司に訂正しろと言われていた紙の資料を指先で弄った。
「そういや佐川ってどんな夢をみるんだ?」
「……ドリハラ」
「いいだろこのぐらい」
どうせお前みたいな奴でも、美女と付き合ったりあんなことしたりこんなことしたりする夢を見てるんだから。隠したって俺にはわかるんだぞ。
下野原が片眉を上げ、見透かすような瞳をしていた。
────友人を殺した殺人犯をいたぶる夢を見てる。
そんなことを言ったら、彼はどんな反応を見せるのだろうか。教えろよと揶揄う下野原を無視しつつ、先程淹れたばかりのコーヒーを啜った。
地面に血が飛び散り、辺りを汚していた。手に持っていた鉄パイプを放り投げ、息を吐き出す。
「まだ死ぬんじゃねぇぞ」
後頭部を何度も踏みつける。頭蓋骨の感触が足の裏から伝わり、背筋が震えた。やがて、ぴくりとも動かない男の腹へつま先を食い込ませ、仰向けにする。顔面がぐちゃぐちゃになった佐々木は見るも無惨で、俺はクツクツと肩を揺らし笑った。
「だから、まだ死ぬなって」
呟いた途端、男の胸板が動く。ハッと口を開け、酸素を肺へ入れ込み、虚ろな目でこちらを見上げた。その目が気に入らなくて、再び足で顔を踏みつける。気がつくと、手のひらの中にオイルライターが握られていた。ニヤリと笑い、彼の服に火をつける。面白いほど燃え上がり、広まっていく炎はあっという間に男を食い尽くす。
例え難い悲鳴をあげ、踠き暴れ苦しむ男を見て、俺は手を叩いて笑った。
「……聖也くん」
後ろで声がした。視線をそちらへ向ける。甲斐田伊織が俺を見つめていた。伊織は黒いランドセルを背負ったまま、燃え盛る男をぼんやりと眺めている。俺よりも幾分も背の低い彼の頭に手を置いた。
「今月も殺したよ」
「うん」
「来月も殺す」
「うん」
伊織が頷く。細い黒髪が揺らめいた。俺は彼の小さな手を握る。その手のひらは冷たくて、身震いがした。
炎は燃え上がり、辺りに酷い臭いが充満する。佐々木を包む熱は、徐々に俺の足元にも迫っていた。
◇
「おはよう」
「おはよう。顔色悪いな」
デスクで項垂れていた俺の肩を、同僚の下野原が叩いた。挨拶を返し、あくびをひとつ。眠気が孕んだ瞳を擦りながら、頬杖をつく。
「なんだよ、眠いのか?」
「いや、よくは眠れたんだけどさ。ただ、ちょっと具合が悪くて」
だから、目を瞑ってただけだ。そう言い、キーボードへ手を置く。今日も事務的に始まる労働に眩暈を覚えつつ、息を吐き出した。下野原がふぅんと鼻を鳴らす。
「そういや、俺。今月ONP錠で女優の清水市子ちゃんと付き合う夢を見てさぁ」
下野原の表情がパッと明るくなり、頬が緩む。俺はそんな彼を横目で見つつ、しょうもな、と切り捨てた。
「なんだよ。これは国民に与えられた合法的な娯楽なんだぞ! 楽しむのに使って何が悪いんだよ!」
肘で二の腕を小突かれ、俺は小さく笑う。そうだよな、普通は楽しい夢をみるために飲むものだよな。そう言いかけた言葉を喉の奥で殺し、上司に訂正しろと言われていた紙の資料を指先で弄った。
「そういや佐川ってどんな夢をみるんだ?」
「……ドリハラ」
「いいだろこのぐらい」
どうせお前みたいな奴でも、美女と付き合ったりあんなことしたりこんなことしたりする夢を見てるんだから。隠したって俺にはわかるんだぞ。
下野原が片眉を上げ、見透かすような瞳をしていた。
────友人を殺した殺人犯をいたぶる夢を見てる。
そんなことを言ったら、彼はどんな反応を見せるのだろうか。教えろよと揶揄う下野原を無視しつつ、先程淹れたばかりのコーヒーを啜った。
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