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夫と娘と日曜日
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私はもう、どうなっても良いと思った。こいつからの指名が切れようが、クレームをつけられようが。どうでもいい。目の前で醜く鳴いている豚を、どうしてもこの部屋から追い出したかった。
「一つだけ言わせて。あなただけは絶対に、嫌」
彼の顔が徐々に赤く染まる。怒りでぶるぶると震えている男が、とても滑稽に見えた。顎についた肉が、まるでスライムのように蠢いている。
まさか、自分が好かれていると思い込んでいるとは、めでたい脳みそだ。私は追い打ちをかけるように言葉を紡ぐ。
「ねぇ。二十三歳の女が、四十五歳の男と付き合う可能性があると思った? 挙句、子供産んで介護までしろって? ハァ? 大した稼ぎもなく、こんな大衆店で女を買ってる身分で? 嘘でしょ、ありえない。ここは、金を払い、私に尽くしてもらえる時間を買える店なの。それ以上でも、以下でもない」
私は女優のようにため息を漏らし、顔を顰めた。
「ほら、早くして。時間守らないと、私が店に怒られるんだから」
ベッドで項垂れていた客が漸く立ち上がる。やっとか、と肩を竦めた瞬間、彼が勢いよく飛び掛かってきた。
その時点でまずい、と思ったが体がうまく動かない。私は彼に押され、風呂場のタイルに体を倒した。
瞬間、頭に強い痛みが響く。鼓膜の奥で籠ったような耳鳴りがして、寒気が全身を支配する。私を押し倒した客は、鈍い悲鳴をあげ、どうしようと騒いでいた。首筋に何か温かいものが当たり、それが頭から出血した血だと自覚する。あぁ、こんな死に方か。そうか、やっぱりな。まともな死に方はしないと思っていた。私のような女には、むしろ似合いの死に方かもしれない。頭からジンジンと滲む痛みに、何とも感じなくなってきた。重い瞼を開け、慌てふためく男を霞んだ視界で捉える。こいつも、馬鹿なことをしたなぁ。まぁ……互いに、似合いの結果か。そう、ほくそ笑んだ時、不意に横に誰かが立っていることに気がついた。
────私だ。
私が、私を見下ろしている。その隣には幸彦と真美がいた。皆が私を見下ろしている。あぁ、どうだ。お前の主はここで死ぬんだ。夢は崩壊し、あの日曜日は二度と訪れないんだ。そう、彼女たちに訴えたかったが、声が出てこない。出たのは、顳顬に伝う涙だけだ。
私は時折、この世界がどうか夢であって欲しいと願うことがある。ONP錠で見る世界が本物で、此方が紛い物であると。そう、願うことがある。
皆、きっと私を指差して笑うだろう。ありえない、と。
けど、良いじゃないか。そんな妄想したって。
こんなしみったれた人生なんだ。クソみたいな人生なんだ。
そんな妄想したって、良いじゃ、ないか。
「一つだけ言わせて。あなただけは絶対に、嫌」
彼の顔が徐々に赤く染まる。怒りでぶるぶると震えている男が、とても滑稽に見えた。顎についた肉が、まるでスライムのように蠢いている。
まさか、自分が好かれていると思い込んでいるとは、めでたい脳みそだ。私は追い打ちをかけるように言葉を紡ぐ。
「ねぇ。二十三歳の女が、四十五歳の男と付き合う可能性があると思った? 挙句、子供産んで介護までしろって? ハァ? 大した稼ぎもなく、こんな大衆店で女を買ってる身分で? 嘘でしょ、ありえない。ここは、金を払い、私に尽くしてもらえる時間を買える店なの。それ以上でも、以下でもない」
私は女優のようにため息を漏らし、顔を顰めた。
「ほら、早くして。時間守らないと、私が店に怒られるんだから」
ベッドで項垂れていた客が漸く立ち上がる。やっとか、と肩を竦めた瞬間、彼が勢いよく飛び掛かってきた。
その時点でまずい、と思ったが体がうまく動かない。私は彼に押され、風呂場のタイルに体を倒した。
瞬間、頭に強い痛みが響く。鼓膜の奥で籠ったような耳鳴りがして、寒気が全身を支配する。私を押し倒した客は、鈍い悲鳴をあげ、どうしようと騒いでいた。首筋に何か温かいものが当たり、それが頭から出血した血だと自覚する。あぁ、こんな死に方か。そうか、やっぱりな。まともな死に方はしないと思っていた。私のような女には、むしろ似合いの死に方かもしれない。頭からジンジンと滲む痛みに、何とも感じなくなってきた。重い瞼を開け、慌てふためく男を霞んだ視界で捉える。こいつも、馬鹿なことをしたなぁ。まぁ……互いに、似合いの結果か。そう、ほくそ笑んだ時、不意に横に誰かが立っていることに気がついた。
────私だ。
私が、私を見下ろしている。その隣には幸彦と真美がいた。皆が私を見下ろしている。あぁ、どうだ。お前の主はここで死ぬんだ。夢は崩壊し、あの日曜日は二度と訪れないんだ。そう、彼女たちに訴えたかったが、声が出てこない。出たのは、顳顬に伝う涙だけだ。
私は時折、この世界がどうか夢であって欲しいと願うことがある。ONP錠で見る世界が本物で、此方が紛い物であると。そう、願うことがある。
皆、きっと私を指差して笑うだろう。ありえない、と。
けど、良いじゃないか。そんな妄想したって。
こんなしみったれた人生なんだ。クソみたいな人生なんだ。
そんな妄想したって、良いじゃ、ないか。
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