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息子を愛せない
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◇
朝日が目を焼く。カーテンの隙間から差し込む光が眩しくて、手の甲で目を擦った。
────夢か。
夢で良かったと、高鳴る心臓の鼓動を抑えつつ息を吐く。全身に滲んだ汗が気持ち悪くて、寝返りを打った。
「……ひっ」
引き攣った声が喉の奥から漏れる。脇腹付近に、誰かがいる。俺は勢いよく起き上がり、布団を剥いだ。
そこには裕がいた。小さく身を縮め、眠っている。
「ゆ、裕……なんでここに」
喉の奥から絞り出した言葉は震えていた。何度か深呼吸を繰り返し、平常心を保つ。小さな彼の肩を揺らした。
「裕、起きなさい」
しかし、彼は起きる気配がない。深い眠りに落ちている様子だ。不意に、彼の真白い首が視界に入る。まだ幼さを孕むその首元は、力を込めてしまえば簡単に締め殺すことができそうなほど脆い。
────俺は……何を?
一瞬考えてしまった最悪の妄想に、恐怖を抱く。しかし同時に、そんなことをしたら清々しい気分を味わえるに違いないとも思う自分も居た。
────これも、夢なのでは。
そうだ。きっとこれも夢だ。首を絞めた途端に、ベッドから飛び跳ねるように起きるに違いない。そうだ、これは夢だ、夢なのだ。ONP錠で見ている夢に違いない。だから、息子の首を絞めても、お咎めがないに決まっている。
俺は真白い首へ手を伸ばす。まろい肌質が手の皮膚から伝わり、眉を顰めた。仰向けにした裕は、未だにすうすうと寝息を立てている。
俺は口の中に溢れ出そうになる唾液を飲み下し、親指に力を込めた。薄い肉に指先が沈む。
表情ひとつ変えない裕の顔を朝日が照らしていた。
◇
「───っ!」
目を開けると、薄暗がりの天井が視界に入った。ブルーの淡い光が、壁を照らしている。微かに流れるBGMはいつも愛用しているラブホテルのそれだ。全身を包み込む滑らかな触り心地の寝具に、胸を撫で下ろす。
「和成さん?」
隣で眠っていた柑奈が体を起こし、俺にもたれかかる。皮膚越しに伝わる温度に安心感を覚え、強く抱きしめた。
「どうしたの?」
「……悪夢を見てたんだ」
「あら。そうなの? 可哀想に」
彼女の露わになった胸元へ頬を寄せる。柑奈は俺を聖母のように抱き寄せた。安心感から涙腺が緩む。
あぁ、彼女とこのまま一緒に居続けたい。どうしてその純粋な願いが叶わないのだろうか。垂れそうになる涙をグッと堪え、彼女の薄い背中へ手を回す。力強く抱きしめると、柑奈が小さく笑った。
「にしても、和成さんは悪夢を見る機会が多いのね……ONP錠を飲んでも、通常でも……やっぱり、根本的なストレスを解消しないと、解決しないのかもね」
だから、ねぇ。私にできることがあったらなんでも言って。そう耳元で囁く柑奈に思わず、告白してしまいそうになる。
────妻を……幸穂を階段から突き落としたのは俺だと。
言ったら彼女は、俺の罪ごと愛してくれるのだろうか。それとも、俺のことを身限り捨てるのだろうか。きっと、彼女のことだから後者に違いない。だからこそ、真実を告げることができない。
────今、彼女が消えたら。俺には何も残らない。
髪を撫でる柑奈の指先の優しさを感じながら、小さく息を吐き出した。
朝日が目を焼く。カーテンの隙間から差し込む光が眩しくて、手の甲で目を擦った。
────夢か。
夢で良かったと、高鳴る心臓の鼓動を抑えつつ息を吐く。全身に滲んだ汗が気持ち悪くて、寝返りを打った。
「……ひっ」
引き攣った声が喉の奥から漏れる。脇腹付近に、誰かがいる。俺は勢いよく起き上がり、布団を剥いだ。
そこには裕がいた。小さく身を縮め、眠っている。
「ゆ、裕……なんでここに」
喉の奥から絞り出した言葉は震えていた。何度か深呼吸を繰り返し、平常心を保つ。小さな彼の肩を揺らした。
「裕、起きなさい」
しかし、彼は起きる気配がない。深い眠りに落ちている様子だ。不意に、彼の真白い首が視界に入る。まだ幼さを孕むその首元は、力を込めてしまえば簡単に締め殺すことができそうなほど脆い。
────俺は……何を?
一瞬考えてしまった最悪の妄想に、恐怖を抱く。しかし同時に、そんなことをしたら清々しい気分を味わえるに違いないとも思う自分も居た。
────これも、夢なのでは。
そうだ。きっとこれも夢だ。首を絞めた途端に、ベッドから飛び跳ねるように起きるに違いない。そうだ、これは夢だ、夢なのだ。ONP錠で見ている夢に違いない。だから、息子の首を絞めても、お咎めがないに決まっている。
俺は真白い首へ手を伸ばす。まろい肌質が手の皮膚から伝わり、眉を顰めた。仰向けにした裕は、未だにすうすうと寝息を立てている。
俺は口の中に溢れ出そうになる唾液を飲み下し、親指に力を込めた。薄い肉に指先が沈む。
表情ひとつ変えない裕の顔を朝日が照らしていた。
◇
「───っ!」
目を開けると、薄暗がりの天井が視界に入った。ブルーの淡い光が、壁を照らしている。微かに流れるBGMはいつも愛用しているラブホテルのそれだ。全身を包み込む滑らかな触り心地の寝具に、胸を撫で下ろす。
「和成さん?」
隣で眠っていた柑奈が体を起こし、俺にもたれかかる。皮膚越しに伝わる温度に安心感を覚え、強く抱きしめた。
「どうしたの?」
「……悪夢を見てたんだ」
「あら。そうなの? 可哀想に」
彼女の露わになった胸元へ頬を寄せる。柑奈は俺を聖母のように抱き寄せた。安心感から涙腺が緩む。
あぁ、彼女とこのまま一緒に居続けたい。どうしてその純粋な願いが叶わないのだろうか。垂れそうになる涙をグッと堪え、彼女の薄い背中へ手を回す。力強く抱きしめると、柑奈が小さく笑った。
「にしても、和成さんは悪夢を見る機会が多いのね……ONP錠を飲んでも、通常でも……やっぱり、根本的なストレスを解消しないと、解決しないのかもね」
だから、ねぇ。私にできることがあったらなんでも言って。そう耳元で囁く柑奈に思わず、告白してしまいそうになる。
────妻を……幸穂を階段から突き落としたのは俺だと。
言ったら彼女は、俺の罪ごと愛してくれるのだろうか。それとも、俺のことを身限り捨てるのだろうか。きっと、彼女のことだから後者に違いない。だからこそ、真実を告げることができない。
────今、彼女が消えたら。俺には何も残らない。
髪を撫でる柑奈の指先の優しさを感じながら、小さく息を吐き出した。
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