ワンナイトパラダイス

中頭かなり

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息子を愛せない

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 幸穂は死んだ。けれど、腹の中にいた子供は助かった。彼は、裕と名付けられた。この名前は幸穂が生前に告げていた言葉から拝借したものだ。女の子なら優、男の子なら裕。名の由来を、俺は聞いていない。何故なら、理由を聞く前に彼女は他界してしまったからだ。
 それから俺は「事故で妻を亡くした夫」と「妻を亡くしたシングルファーザー」という称号を手に入れた。
 周りは俺を憐れんだ。若いのに可哀想、だの。男手一つで子供を育てるなんて、だの。俺は一気に悲劇のヒーローになった。
 その状況下は幸穂といた時間より辛いもので、俺は後悔をしていた。
 ────後悔。そう……後悔を、俺はしていた。
 


 自宅へ帰りつき、玄関を開け中へ入り込んだ。並べられた小さな靴へ視線を落とし、何故か憂鬱になる。廊下の先にあるリビングへ通じる扉が薄らと開いており、中から光が漏れていた。まだ寝てないのか、と舌打ちを一つし、リビングへ向かう。
 ドアを開けると、ダイニングチェアに彼が腰をかけていた。小さな足は、まだフローリングに着く事はなく、宙をプラプラと彷徨っている。
 裕は視線を俺に投げ、おかえりなさい、と消えそうな声で言った。まるで色のない表情に、苛立ちを覚える。その全てが、幸穂に似ていたからだ。

「早く寝なさい」

 声を顰め、彼にそう呟く。乱暴に椅子から引き摺り下ろそうと二の腕を掴んだ瞬間、彼が口を開いた。

「今までどこ行ってたの?」
「仕事だよ」
「本当に?」

 鼓膜に張り付き、蛞蝓のように這い回るその声に、背筋が凍った。

「ほ、本当だよ」
「嘘だよ。ぼく知ってるんだから」

 裕を見下ろす。小さなパーツで構成された彼は、まるで人形のようだった。喉の奥が震え、上手く言葉を発することができない。
 彼の、全てを見透かすような瞳が、俺を見つめた。

「パパは嘘つき」

 何を言ってるんだ! そう張り上げた声は、静かなリビングにこだまする。額に汗が滲み、それが頬を伝う。唇と手先が、寒くもないのに震え出した。

「あの日からずっと、パパは嘘つきだ」

 足元に何かが当たった。生暖かいそれは、どうやら液体のようだ。視線をゆっくりと足元へ下ろす。
 フローリングに、血塗れの幸穂が倒れていた。頭から流れ出た血が、真白い靴下へ染みる。
 裕が幸穂に似た、黒目がちな瞳で俺を見る。

「嘘つき」
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