ワンナイトパラダイス

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生み出すもの

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 気を抜けば、眠ってしまいそうなほど瞼は重く、気怠い。昨日、筆が進むからと張り切って、睡眠時間を削ったのがいけなかった。しかし、完成した作品は確実に連載を勝ち取れるほど面白いものになっている。
 俺は着替えた制服の襟を整え、息を吐き出す。遠くで狩野のいらっしゃいませという声が聞こえた。
 狩野────狩野真衣はこの付近にある大学へ通っている女だ。明るい性格だが、耳にピアスを開けており、好みではない。が、俺が大物作家になった暁には、彼女にしてやっても構わないと思っている女第一号だ。胸はそれなりに大きいし、顔もまあまあ。けれど、遊んでいる感が拭えないのが難点か。
 そんなことを考えながら、レジへ向かう。狩野がチラリとこちらを見た。

「お疲れ様です」
「……お疲れ様です」

 出た声に痰が絡み、俺は大きく咳をした。彼女はそんな様子を気にすることなく、口を開いた。

「裏に真島くん、来てました?」
「いや、見てな……」

 言葉を紡ぐ前に、誰かが入店した。いらっしゃいませ、と狩野が声を張り上げた。かと思うと、明るい声音に変わる。

「真島くん、遅い。ほら、早く着替えて、着替えて」
「うっさいっすよ、狩野さん」

 どこか楽しげに話す二人を横目に、行き場のないまま、視線を彷徨わせる。店内放送では流行りの曲が流れている。馬鹿っぽい曲調だなぁ、と鼻を鳴らし、会計に訪れた客を捌く。ありがとうございました、と客を見送ったタイミングで、真島がバックヤードから出てきた。着替え終わったその姿に、狩野が笑い声を漏らす。

「真島くん、襟が立ってる」

 そう言い、狩野が真島に近づいた。襟元を直し、会話を弾ませている。
 ────この二人、こんなに仲が良かったのか。
 学生時代に存分に味わった疎外感をヒシヒシと感じ、胃の奥が痛くなる。鼓膜に届く声を遮断してるふりをしながら、聞き耳を立てる。きっと、どうしようもないほどくだらない会話にすぎない。こういう、甘えた環境で生きている大学生は、そういう奴らしかいないのだ。俺と会話している時には出さない、狩野の溌剌とした声に耳鳴りが誘われる。

「ふぁ……」

 思わず漏れた欠伸を噛み殺す。そう、俺はこんな奴らとは違うステージで戦っているんだ。俺はいつか、誰もが認める天才漫画家となり、この世界に君臨する。その時、こいつらは俺に平伏すに違いない。
 製作中の漫画のコマ割りやストーリを脳内で練っていると、不意に、俺を呼ぶ声がした。

「……え?」
「いや、だから。東堂さんって休日とか、何やってんすか?」

 まるで馬鹿にするようなトーンで真島が聞いてきた。隣で眉を顰めた狩野が、やめなよ。と、真島の腕を掴んでいる。別にいいだろ、このぐらいの話はコミュニケーションの一環だ。と、真島は鼻で笑った。

「漫画」
「え?」
「漫画、描いてる」

 何故、馬鹿正直に彼に伝えてしまったのか。単純に、この生ぬるい環境で生きている二人の若者に、すごいと持て囃されたかっただけなのか。それとも、嘘をついて自分を殺すのが嫌だったのか。
 俺は脳内で後悔の念がぐるぐると回った。口走ってしまったことを、取り戻せはできない。手元に置いてあるレジスターを弄りながら、早く客が来ないか、と願った。

「え? マジすか? もしかして、漫画家目指してる、とか?」

 如何にも、という揶揄ったような声が聞こえる。隣に立っている狩野が、いい加減にしなよと真島を制するが、彼は止まらない。

「え? え? いや、幾つなんすか、アンタ。今時、高校生でデビューとか珍しくない業界なのに? マジすか。うわ、めちゃくちゃ面白いっすね。いやあ、もう無理っしょ。賞味期限切れっすよ。アハハ。いい加減、こんなところ辞めて、正社員でも目指せば────」

 瞬間、俺は弾かれるように彼に飛び掛かっていた。ガタンと何かにぶつかるような音と、激しい痛みが体を支配したが、構わない。狩野が切り裂くような悲鳴をあげた。すぐさま、奥にいる店長の元へ走る。俺は真島に跨り、拳を振り上げた。人を殴ったことなど、無い。が、頭に上った血の言うがままに、拳を振り下ろす。真島の頰と鼻に直撃し、彼は唸り声を上げた。もう一度振り上げた瞬間、彼が俺を睨む。

「お前、本当にムカつくんだよ。俺はお前らとは違う。才能がある人間なんだ、みてぇなツラしやがって。お前も、俺らと一緒なんだよ。地を這いつくばる、ただの凡人にすぎねぇんだ」

 ────いい加減、理解しろよ。
 その言葉が、鼓膜に突き刺さる。気がつけば俺は奇声を上げながら、彼を殴り続けていた。
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