ワンナイトパラダイス

中頭かなり

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不細工と美人

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 完璧だろう。俺は肺いっぱいに酸素を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。ONP錠で見た夢では、良い告白だった。それのトレースをすれば良いだけだ。食事へ誘い、夜景の見える場所へ連れて行き、告白をすればいい。これでオッケーだ。彼女にはめぐみと別れたことを伝えているし、完璧だろう。
 高鳴る心臓のまま、更衣室を急いで抜け出した。事務室へ向かい、中を確認する。城之内がデスクに向かい、何かをしている風景が見えただけで、椎名の気配は感じられない。俺はドアを叩き、城之内を引きつけた。

「どうしたの? もう終業時刻過ぎてるわよ」
「あ、いや。椎名さんは────」 
「さっき、帰ったわよ。やぁね、貴方達。一緒に帰るなら、連絡ぐらい取り合いなさいよ」

 うふふ、と笑う城之内に俺は口走る。

「いや、実は連絡先を聞いてなくて」
「は? 白石さん、椎名さんと連絡交換してないの?」

 目をまん丸とし、驚いた表情を見せた城之内は奥手ねぇ、とボヤき肩を叩く。

「ま、頑張んなさいよ」

 ぐっと親指を立てる彼女につられて、俺も親指を立てる。こういう時に、本当に彼女の様な存在は勇気になるな、と実感し、踵を返した。正面玄関へ向かい、外へ出る。駐車場を見渡したが、彼女の姿は確認出来なかった。駐輪場を抜け、敷地内を出ようとした時、椎名の後ろ姿を発見した。俺は慌てて声をかける。

「椎名さん!」

 振り向いた椎名の表情は固まっていた。俺は彼女の元へ駆け寄り、息を整える。椎名は間を置き、なんですか? と口を開いた。

「いや、その、ラーメン、食べに行かない?」
「……すみません。私、あまり親しくない人間とは食事したくないんです」

 親しくない、だって? 思わず叫びそうになり、口を噤む。やけに椎名が警戒した瞳で俺を見つめていたからだ。柔らかい印象を醸し出していた彼女の影は無く、俺は困惑した。
 夢と……夢と違うじゃないか。夢だと、椎名は俺を愛してくれていた。違う、こんなの「椎名」じゃない。

「あの、椎名さ……」
「私、何か勘違いさせる様なことしました?」

 強い口調だった。夢に出てくる甘い猫撫で声を上げる媚びた声では無く、自我を持った人間の声だ。やけにはっきりし過ぎていて、俺は一瞬、何を言われたか分からず狼狽えた。
 彼女は俺と向かい合うように立った。ONP錠で見た夢とデジャブを感じる。しかし、その表情は夢で見たものとはかけ離れていた。
 瞳は、やけに冷静だ。

「勘違いさせる様なことしてしまったのなら、謝ります。申し訳ありません」
「い、いや。だって、俺に道を聞いたり、話しかけたり、笑いかけてくれたりしたじゃ……」

 彼女は心底驚いたような表情を浮かべた。

「道を聞いたのはあの場に、白石さんしかいなかったからです。笑いかけた、という意識はありませんが、通常の対応を取りました。私は誰にだって話しかけますし、笑いかけます。それが、どういうことか、白石さんを勘違いさせている様ですね。申し訳ありません。私は貴方を、仕事の先輩という認識しかしていません。それ以上でも、以下でもありません」
「で、でも。ラ、ラーメン屋に行こうって……」
「あれは社交辞令です。あの場で、嫌です、なんて先輩であるあなたに言えますか? それに、いい大人なら言動だけではなく、表情や雰囲気からも「嫌がっている」と察してください」

 彼女はこういう対応に慣れているのか、息を深々と吐き出した。夕日に彼女の茶髪が透け、揺れている。

「白石さんの好意はある段階で、察していました。私はこれ以上、勘違いさせない様にと勤めていましたが、理解してもらえなかった様でガッカリです」

 機械のように言葉を紡ぐ彼女はまるで、別人の様だった。その事実に、寒くもないのに唇が震える。

「ハッキリ言います。迷惑です。城之内さんも、何を考えているのか知りませんが、余計なお世話ばかりする。いるんですよね。ああいうお節介な人。本当に勘弁してほしい。自分がキューピットにでもなったと思っているんでしょうか。本当に困るんですよ────あの、ひとついいですか」

 彼女の問いに、喉の奥がひりついた。

「何処に、勝算があると思ったんですか?」
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