ワンナイトパラダイス

中頭かなり

文字の大きさ
上 下
10 / 77
不細工と美人

9

しおりを挟む


 その日から俺は、椎名の動向をチェックした。昼食時、椎名は必ず喫煙ルームの隣に設置された自販機へ向かい、ミネラルウォーターを買う。そのタイミングを見計らい、椎名へ彼女と別れたことを伝えようと決めた。彼女に奢る振りをして、それとなく、伝える。協力者は何も知らされていない佐藤。上手くいく。俺は確信していた。



 その時は来た。昼休憩のチャイムが鳴るなり、俺は急足で喫煙ルームへ向かう。何処いくんすか。と、慌てた様子で俺を追いかける金魚の糞こと、佐藤を道連れに。
 外へ出て、あたりを見渡す。椎名はまだ来ていない。
 息を吐き出し、喫煙ルームでタバコを吸った。佐藤も同様、椅子に腰掛けポケットからタバコを取り出した。

「どうしたんすか?」

 佐藤が間抜けな声を発した瞬間、近くにあったドアが開く。鳴ったヒール音に俺は背筋を正した。
 ────椎名だ。
 椎名が財布を小脇に抱え、自販機へ向かう様子を目で追った。

「俺さ、彼女と別れたんだよね」

 俺はタバコを灰皿に押し付け、彼女の後を追う。佐藤がそうなんすか? と声を張った。自販機の前に立つ椎名の背後に回り、コイン投入口に小銭を流し込む。椎名がハッとこちらへ振り返った。俺は小さくウインクをする。

「でも、彼女って二十六歳とかですよね? 結婚とか視野に入れてたんじゃないですか?」
「まさかぁ。あんなブスとは結婚できねぇよ。いや、したくねぇ」

 椎名が、俺と佐藤の会話を盗み聞きしながら目を伏せ、ミネラルウォーターのボタンを押す。

「どうせ結婚するなら、年下の美人だろ」

 ガタン、と落ちてきたペットボトルを取り出し、椎名はペコリと頭を下げた。いいのいいの、気にしないで、と笑う俺の顔を見ることなく彼女はそそくさと消えていく。
 ────なんだよ、お礼ぐらい言えよ。
 夢での彼女と乖離し、胸の奥がざわつく。俺に媚びて、微笑んでいたくせに。俺と、付き合いたいって言ってたくせに、と思い、それは夢の中での出来事だ、と我にかえる。
 喫煙ルームへ帰ると、佐藤がニヤニヤしながらこちらを見つめていた。なんだよ、と問うと、彼は白い歯を見せた。

「椎名さん狙いっすか」
「違う。新人だから奢っただけだよ」

 へぇ、と疑う様な視線を注ぎ、口角を上げる彼は言葉を続けた。じっとりと俺を舐め回す様に見る視線が、まるで見定めているようで居心地が悪い。

「……難しそうですけど、まあ頑張ってください」

 佐藤はそう言い残し、タバコを揉み消した。立ち上がり、食堂へ行こうと歩みを進める。
 佐藤の嫌味な言葉が脳内をぐるぐると回った。





 それからというもの、俺は事務所へ差し入れをしたり、顔を出したりしていた。その都度、出てくるのは城之内だけで、椎名はデスクに座り、こちらに目も呉れなかった。

「やだ、美味しそうなカステラ。これ高かったんじゃない?」

 城之内にそう問われ、まぁぼちぼち、と答える。高いに決まってるだろう。椎名の機嫌を取るために必死なんだ。お前に食べさせたいわけでは無い、と言いかけた言葉を飲み込む。

「いつもこういうの差し入れてくれてるけど、彼女さんにも良いもの食べさせてあげなさいよ」
「いや、俺、最近別れて────」
「えぇ? 本当に? それはそれは。また新しい子でも見つけなさいよ」

 城之内は肩を揺らし笑いながら、奥にいる椎名へ声をかけた。

「椎名さん。ほら、美味しそうなのまた貰ったよ」

 しかし、椎名は顔を上げることなく、口先だけを動かした。

「……私、甘いもの嫌いなんで」
「そうだっけ?」

 ふぅん、と声を漏らした城之内に続くように、俺は身を乗り出し声を荒げた。

「じゃ、じゃあ、何が好き、とかある?」

 焦った様な声に、城之内は口元へ手を寄せ、一歩身を退いた。きっと、俺が椎名に気があると察したのだろう。目元を弧にし、俺たちの会話に口を挟まない様にしている。こういう、お節介な人がいると助かるなぁ、と心の奥でひとりごちる。
 椎名はキーボードを動かす手先を止めることなく、呟いた。

「……ラーメンですかね」
「それなら、今度食べに行かない?」

 俺の声に、椎名が顔を上げた。なんとも言えない表情をしたまま、固まり動かない。やがて視線を外し、そうですね、と抑揚のない声が響く。俺は彼女から返事が来たことに、内心ガッツポーズをした。
 ふと、城之内さんを見ると、頬が緩んでいた。小声で、頑張りなさいよ、と告げられ、大きく頷く。踵を返し、仕事場へ向かう。無意識に足が弾んでいた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

教え子に手を出した塾講師の話

神谷 愛
恋愛
バイトしている塾に通い始めた女生徒の担任になった私は授業をし、その中で一線を越えてしまう話

処理中です...