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不細工と美人
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◇
その日から俺は、椎名の動向をチェックした。昼食時、椎名は必ず喫煙ルームの隣に設置された自販機へ向かい、ミネラルウォーターを買う。そのタイミングを見計らい、椎名へ彼女と別れたことを伝えようと決めた。彼女に奢る振りをして、それとなく、伝える。協力者は何も知らされていない佐藤。上手くいく。俺は確信していた。
その時は来た。昼休憩のチャイムが鳴るなり、俺は急足で喫煙ルームへ向かう。何処いくんすか。と、慌てた様子で俺を追いかける金魚の糞こと、佐藤を道連れに。
外へ出て、あたりを見渡す。椎名はまだ来ていない。
息を吐き出し、喫煙ルームでタバコを吸った。佐藤も同様、椅子に腰掛けポケットからタバコを取り出した。
「どうしたんすか?」
佐藤が間抜けな声を発した瞬間、近くにあったドアが開く。鳴ったヒール音に俺は背筋を正した。
────椎名だ。
椎名が財布を小脇に抱え、自販機へ向かう様子を目で追った。
「俺さ、彼女と別れたんだよね」
俺はタバコを灰皿に押し付け、彼女の後を追う。佐藤がそうなんすか? と声を張った。自販機の前に立つ椎名の背後に回り、コイン投入口に小銭を流し込む。椎名がハッとこちらへ振り返った。俺は小さくウインクをする。
「でも、彼女って二十六歳とかですよね? 結婚とか視野に入れてたんじゃないですか?」
「まさかぁ。あんなブスとは結婚できねぇよ。いや、したくねぇ」
椎名が、俺と佐藤の会話を盗み聞きしながら目を伏せ、ミネラルウォーターのボタンを押す。
「どうせ結婚するなら、年下の美人だろ」
ガタン、と落ちてきたペットボトルを取り出し、椎名はペコリと頭を下げた。いいのいいの、気にしないで、と笑う俺の顔を見ることなく彼女はそそくさと消えていく。
────なんだよ、お礼ぐらい言えよ。
夢での彼女と乖離し、胸の奥がざわつく。俺に媚びて、微笑んでいたくせに。俺と、付き合いたいって言ってたくせに、と思い、それは夢の中での出来事だ、と我にかえる。
喫煙ルームへ帰ると、佐藤がニヤニヤしながらこちらを見つめていた。なんだよ、と問うと、彼は白い歯を見せた。
「椎名さん狙いっすか」
「違う。新人だから奢っただけだよ」
へぇ、と疑う様な視線を注ぎ、口角を上げる彼は言葉を続けた。じっとりと俺を舐め回す様に見る視線が、まるで見定めているようで居心地が悪い。
「……難しそうですけど、まあ頑張ってください」
佐藤はそう言い残し、タバコを揉み消した。立ち上がり、食堂へ行こうと歩みを進める。
佐藤の嫌味な言葉が脳内をぐるぐると回った。
それからというもの、俺は事務所へ差し入れをしたり、顔を出したりしていた。その都度、出てくるのは城之内だけで、椎名はデスクに座り、こちらに目も呉れなかった。
「やだ、美味しそうなカステラ。これ高かったんじゃない?」
城之内にそう問われ、まぁぼちぼち、と答える。高いに決まってるだろう。椎名の機嫌を取るために必死なんだ。お前に食べさせたいわけでは無い、と言いかけた言葉を飲み込む。
「いつもこういうの差し入れてくれてるけど、彼女さんにも良いもの食べさせてあげなさいよ」
「いや、俺、最近別れて────」
「えぇ? 本当に? それはそれは。また新しい子でも見つけなさいよ」
城之内は肩を揺らし笑いながら、奥にいる椎名へ声をかけた。
「椎名さん。ほら、美味しそうなのまた貰ったよ」
しかし、椎名は顔を上げることなく、口先だけを動かした。
「……私、甘いもの嫌いなんで」
「そうだっけ?」
ふぅん、と声を漏らした城之内に続くように、俺は身を乗り出し声を荒げた。
「じゃ、じゃあ、何が好き、とかある?」
焦った様な声に、城之内は口元へ手を寄せ、一歩身を退いた。きっと、俺が椎名に気があると察したのだろう。目元を弧にし、俺たちの会話に口を挟まない様にしている。こういう、お節介な人がいると助かるなぁ、と心の奥でひとりごちる。
椎名はキーボードを動かす手先を止めることなく、呟いた。
「……ラーメンですかね」
「それなら、今度食べに行かない?」
俺の声に、椎名が顔を上げた。なんとも言えない表情をしたまま、固まり動かない。やがて視線を外し、そうですね、と抑揚のない声が響く。俺は彼女から返事が来たことに、内心ガッツポーズをした。
ふと、城之内さんを見ると、頬が緩んでいた。小声で、頑張りなさいよ、と告げられ、大きく頷く。踵を返し、仕事場へ向かう。無意識に足が弾んでいた。
その日から俺は、椎名の動向をチェックした。昼食時、椎名は必ず喫煙ルームの隣に設置された自販機へ向かい、ミネラルウォーターを買う。そのタイミングを見計らい、椎名へ彼女と別れたことを伝えようと決めた。彼女に奢る振りをして、それとなく、伝える。協力者は何も知らされていない佐藤。上手くいく。俺は確信していた。
その時は来た。昼休憩のチャイムが鳴るなり、俺は急足で喫煙ルームへ向かう。何処いくんすか。と、慌てた様子で俺を追いかける金魚の糞こと、佐藤を道連れに。
外へ出て、あたりを見渡す。椎名はまだ来ていない。
息を吐き出し、喫煙ルームでタバコを吸った。佐藤も同様、椅子に腰掛けポケットからタバコを取り出した。
「どうしたんすか?」
佐藤が間抜けな声を発した瞬間、近くにあったドアが開く。鳴ったヒール音に俺は背筋を正した。
────椎名だ。
椎名が財布を小脇に抱え、自販機へ向かう様子を目で追った。
「俺さ、彼女と別れたんだよね」
俺はタバコを灰皿に押し付け、彼女の後を追う。佐藤がそうなんすか? と声を張った。自販機の前に立つ椎名の背後に回り、コイン投入口に小銭を流し込む。椎名がハッとこちらへ振り返った。俺は小さくウインクをする。
「でも、彼女って二十六歳とかですよね? 結婚とか視野に入れてたんじゃないですか?」
「まさかぁ。あんなブスとは結婚できねぇよ。いや、したくねぇ」
椎名が、俺と佐藤の会話を盗み聞きしながら目を伏せ、ミネラルウォーターのボタンを押す。
「どうせ結婚するなら、年下の美人だろ」
ガタン、と落ちてきたペットボトルを取り出し、椎名はペコリと頭を下げた。いいのいいの、気にしないで、と笑う俺の顔を見ることなく彼女はそそくさと消えていく。
────なんだよ、お礼ぐらい言えよ。
夢での彼女と乖離し、胸の奥がざわつく。俺に媚びて、微笑んでいたくせに。俺と、付き合いたいって言ってたくせに、と思い、それは夢の中での出来事だ、と我にかえる。
喫煙ルームへ帰ると、佐藤がニヤニヤしながらこちらを見つめていた。なんだよ、と問うと、彼は白い歯を見せた。
「椎名さん狙いっすか」
「違う。新人だから奢っただけだよ」
へぇ、と疑う様な視線を注ぎ、口角を上げる彼は言葉を続けた。じっとりと俺を舐め回す様に見る視線が、まるで見定めているようで居心地が悪い。
「……難しそうですけど、まあ頑張ってください」
佐藤はそう言い残し、タバコを揉み消した。立ち上がり、食堂へ行こうと歩みを進める。
佐藤の嫌味な言葉が脳内をぐるぐると回った。
それからというもの、俺は事務所へ差し入れをしたり、顔を出したりしていた。その都度、出てくるのは城之内だけで、椎名はデスクに座り、こちらに目も呉れなかった。
「やだ、美味しそうなカステラ。これ高かったんじゃない?」
城之内にそう問われ、まぁぼちぼち、と答える。高いに決まってるだろう。椎名の機嫌を取るために必死なんだ。お前に食べさせたいわけでは無い、と言いかけた言葉を飲み込む。
「いつもこういうの差し入れてくれてるけど、彼女さんにも良いもの食べさせてあげなさいよ」
「いや、俺、最近別れて────」
「えぇ? 本当に? それはそれは。また新しい子でも見つけなさいよ」
城之内は肩を揺らし笑いながら、奥にいる椎名へ声をかけた。
「椎名さん。ほら、美味しそうなのまた貰ったよ」
しかし、椎名は顔を上げることなく、口先だけを動かした。
「……私、甘いもの嫌いなんで」
「そうだっけ?」
ふぅん、と声を漏らした城之内に続くように、俺は身を乗り出し声を荒げた。
「じゃ、じゃあ、何が好き、とかある?」
焦った様な声に、城之内は口元へ手を寄せ、一歩身を退いた。きっと、俺が椎名に気があると察したのだろう。目元を弧にし、俺たちの会話に口を挟まない様にしている。こういう、お節介な人がいると助かるなぁ、と心の奥でひとりごちる。
椎名はキーボードを動かす手先を止めることなく、呟いた。
「……ラーメンですかね」
「それなら、今度食べに行かない?」
俺の声に、椎名が顔を上げた。なんとも言えない表情をしたまま、固まり動かない。やがて視線を外し、そうですね、と抑揚のない声が響く。俺は彼女から返事が来たことに、内心ガッツポーズをした。
ふと、城之内さんを見ると、頬が緩んでいた。小声で、頑張りなさいよ、と告げられ、大きく頷く。踵を返し、仕事場へ向かう。無意識に足が弾んでいた。
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