ワンナイトパラダイス

中頭かなり

文字の大きさ
上 下
9 / 77
不細工と美人

8

しおりを挟む


 アラーム音が聞こえる。脳の奥で響き、俺を必死に目覚めさせようとしている。乱暴に携帯端末を掴み、アラームを切った。深々と息を吐き出し、目を瞑る。
 椎名のあの熱視線を思い出し、掛け布団に包まる。
 ────絶対に手に入れたい。めぐみという女だけで、俺の人生を終わらせたくない。
 俺の中に、明確な何かが目覚めた。
 今月の半ば、めぐみの誕生日。俺は彼女に別れを告げることを決意する。





「めぐみ、話があるんだ」

 海岸沿いのデートスポットに俺たちは来ていた。既に夕日が沈んだ空は薄暗く、星が輝いている。頼りない街灯に照らされながら、手すりに寄りかかった。いつもならカップルが複数いて、皆が一様に海を眺めながら屯している場所だが、今日は運良く人がいない。
 俺はよかった、と胸を撫で下ろす。というのも、彼女に別れを告げた際、泣き喚かれては困るからだ。そういうことをしない女だが、別れ際に本性が出るというのは通説。故に、そんな無様な姿を他人の前で晒し恥をかきたくなかった。
 遠くで、光り輝く街並みが見える。最後の晩餐に、と彼女とあの街で食事をした。何を隠そう、今日はめぐみの誕生日だ。そして、俺たちが別れる日。何も知らず微笑むめぐみを尻目に、俺は胸を躍らせていた。やっと彼女から解放されるのだ、と。美味しいね、と口に運ぶ食事の料金が俺にとっての手切金だった。プレゼントは、無い。別れる相手に渡すより、未来の彼女────椎名に金を使いたいからだ。心の中でごめんと謝りつつ、罪悪感を抱いてはいなかった。

「何?」

 彼女は自身の誕生日、ということもあり、気合の入った装いをしていた。メイクで幾分かマシになった顔が、街灯に照らされる。
 めぐみはきっと、誕生日プレゼントを渡されると思っているのだろう。それか、結婚の申し出をされると思っているに違いない。それほど、彼女の顔は期待に満ちていた。
 乾いた唇を舐め、言葉を吐き出す。

「別れてくれ」

 その一言に、めぐみの顔が凍りついた。喉の奥から捻り出す様な、空気が切れる音が聞こえる。間を置いて、目を伏せた。泣き出すのか、面倒臭いなぁ、とため息を漏らしたが、声を振るわせるだけで泣いてはいなかった。

「……やっぱり、この時が来ちゃったね。翔太くんがずっと無理してたの、分かってたよ。こんな私に、四年も寄り添ってくれて、ありがとう。とても、幸せでした」

 意外と彼女はあっさりしていた。感情的に喚いたり、涙を流して同情を買うような真似もしなかった。ただ、落ち着いた声色で言葉を紡ぎ、柔く微笑む。

「これ、鍵」

 ゆっくりと歩み寄り、鞄から鍵を取り出した彼女は、俺の手のひらにそれを乗せた。そのまま、踵を返し離れていく。あぁ、これでやっと終われるのか、と思う反面、もっと俺に対する怒りの様な何かはないのか、と胸がざわついた。
 もしかしたら、いい女だったのかもなぁ。と、俺は手のひらに置かれた鍵を見つめた。しかし、めぐみの顔を思い出し、やっぱりそうでもないか、と心の中で嘲笑った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

教え子に手を出した塾講師の話

神谷 愛
恋愛
バイトしている塾に通い始めた女生徒の担任になった私は授業をし、その中で一線を越えてしまう話

処理中です...