ワンナイトパラダイス

中頭かなり

文字の大きさ
上 下
6 / 77
不細工と美人

5

しおりを挟む


「ねぇ、翔太くん起きて」

 朝だよ。そう言われ、俺は目を覚ました。重い瞼を擦り、声の主へ目線を遣る。めぐみがスーツを着て、髪を整えていた。ぼんやりと霞がかかった視界で、めぐみが微笑み、手を振る。

「携帯のアラーム鳴ってたのに起きないから、ビックリしちゃったよ。よほど疲れてたんだね。じゃあ私、もう出るね。朝食は机の上においたよ。行ってきます。お仕事行く時、事故に気をつけて」

 そう言い残し、彼女は家から出て行った。微かに残る、何かを焼いた良い匂いが充満する部屋で、俺は寝返りをうつ。
 何故か、昨日の行為のせいで、間接的に椎名を抱いたような高揚感に包まれていた。
 頬が緩むのを抑えきれず、勢いよく起き上がり、鼻歌を歌いながらテーブルの上に置かれた朝食へ手をつけた。





「機嫌、良いですね。何かありました?」

 佐藤にそう聞かれ、ロッカーの扉を勢いよく閉める。コイツ、本当に勘が良いな。鼻を鳴らし、口角を上げた。

「昨日、椎名さんに会ったぞ」
「マジすか。めっちゃ美人でしょ?」
「あぁ」

 俺は、そんな美人に 声をかけられたんだぞ。と、自慢したかったが、グッと堪えた。彼女との思い出は、俺の中にしまっておきたいからだ。
 俺にもあんな彼女、欲しいっすわ。そういや、独身らしいですよ。城之内さんから仕入れた情報っす。そう言われ、目を見開く。
 独身、独身。そうか。独身か。だから、あんなにフレンドリーに話しかけたのか。居ても立っても居られなくなり、小走りで事務室まで向かう。正面玄関付近に併設された事務室の中で、城之内と椎名が何か話しながら菓子を食べていた。俺は光が漏れる小窓を数回ノックする。俺に気がついた椎名が視線をこちらへ向けた。あ、と言いたげな顔をしたまま俺の元へ近づき、小窓を開ける。

「こんにちは。昨日はどうだった?目的の場所は見つけられた?」
「はい。昨日は、ありがとうございました」

 彼女は昨日と同様、朗らかな笑みを浮かべ俺に礼をした。後ろで城之内の声がする。どうしたの? 何かあったの? とニヤニヤ顔で俺たちを覗き見している。

「いえ、昨日道に迷っていた時に助けてくださったんです」
「あら、そうなのぉ」

 余程、俺の頰が緩んでいたのだろう。城之内が言葉を続ける。

「でも、白石さんは彼女さんがいるんだから。デレデレしちゃだめよ」

 余計なことを言うな。漏れかけた言葉を飲み込み、何言ってるんですか、と乾いた笑みを浮かべる。
 下世話な笑みを浮かべた城之内は俺の内心など気づく様子もなく、手に持っていた菓子を口へ放り込み、事務所内に掛けてある時計を見た。

「あら。もうすぐ、チャイム鳴るわよ。白石さん、お仕事頑張って」

 ひらりと手を振る彼女につられ、椎名が口を開いた。

「頑張ってください」

 上品な笑みに、心臓がどきりと跳ねる。頑張ってくる、と返そうとした声がチャイムにかき消された。俺は後ろ髪を引かれる思いで、廊下を走る。振り返ると、もう小窓はきっちりと閉まっており、微かな笑い声が聞こえるだけだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

眠れない夜の雲をくぐって

ほしのことば
恋愛
♡完結まで毎日投稿♡ 女子高生のアカネと29歳社会人のウミは、とある喫茶店のバイトと常連客。 一目惚れをしてウミに思いを寄せるアカネはある日、ウミと高校生活を共にするという不思議な夢をみる。 最初はただの幸せな夢だと思っていたアカネだが、段々とそれが現実とリンクしているのではないだろうかと疑うようになる。 アカネが高校を卒業するタイミングで2人は、やっと夢で繋がっていたことを確かめ合う。夢で繋がっていた時間は、現実では初めて話す2人の距離をすぐに縮めてくれた。 現実で繋がってから2人が紡いで行く時間と思い。お互いの幸せを願い合う2人が選ぶ、切ない『ハッピーエンド』とは。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

体育座りでスカートを汚してしまったあの日々

yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。

隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました

加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!

処理中です...