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チュートリアル的生活が終わったところで

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 舞が勤めている酒場は、酒だけではなく食事も美味しいとのことで地元民もだが冒険者、更に外国から来た商人などもやってくる。
 そして人間、酒が入ると口が軽い。更に気も声も大きくなるので、その話は聞き放題だ。正直、聖女や魔王についてこちらから聞いて藪蛇になったら困るので、客達の話を聞くことが出来たのは助かった。
 そんな訳で、舞がこの店で働き出してからおよそ二か月。
 無事、店長の妻も出産し床上げまであと一か月という頃には、舞もこの世界についてある程度、把握することが出来た。

 この世界ではおよそ百年に一度魔王が現れ、それに合わせて瘴気が満ちて魔物や疫病が増えるのだという。
 ちょうど今がその時期だが、瘴気を浄化する聖女を招く為にこの国では異世界召喚が行われているそうだ。そのことについて、客は酒を飲みながら天気の話でもするように話していた。

「今年は魔物が多いよなー。仕事にはなるけど、そろそろ聖女様が来てくれないかね?」
「あー、確かに……いや? 物売りが少し減ってきたって言ってたから、召喚されてはいるのかも」
「そうなのか? じゃあ、そろそろお披露目があるかもなー」
「美味い酒が飲めるな!」

 ……そんなやり取りを聞いて、舞は「聖女の扱い、かっる!」と声に出さずにツッコミを入れていた。
 彼らにとって、魔物や疫病に対して聖女が連れて来られるのは当然のことらしく、気づけば他の客達からも似たような話を聞いた。正直、当事者なのでモヤモヤしたが、下手に口を出して不審に思われては大変なので黙っていた。
 もっとも、部屋に入って一人になれば別である。
 それでも万が一を考えて、パジャマ代わりのワンピースに着替えてベッドに横たわり、枕を抱いて舞はおもむろに口を開いた。

「いや、拉致やん? 聖女召喚って、つまりは拉致やん?」

 枕を抱き締める力を込めながらつい、似非関西弁でツッコミを入れてしまった。
 少し考えれば解ることなのに、この異世界に住む者にとっては当たり前で――攫われてきた聖女、つまり異世界人の気持ちについてはまるで考えていない。そして、当然のことでしかないので、異世界人が召喚されることに対してまるで罪悪感がない。

「気持ち悪いなぁ……」

 一方、舞にはこの国の住人に対してそう感じるようになった。申し訳ないが、お世話になっている店長や妻も内心、どう考えているか解らないので警戒――まではいかないにしても、心の中で距離を置くようになっていた。
 そんな訳でお金もある程度貯まったし、舞は次の行動に出ようと思った。
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