失意 〜悪女と呼ばれた聖女が、聖女と呼ばれた悪女になるまで〜

渡里あずま

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後編

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 アデライトからの手紙にはリカルドの婚約者となり、今後は妃教育の為に王宮に上がると書かれていた。
 それ故、これがアデライトからエセルに送る、最後の手紙になるだろうと。

『今まで、私を支えてくれて本当にありがとう。領地での経験や、王都で過ごしたこと……そして、あなたの新聞記事から、私は民の生活に触れることが出来ました』
「アデライト様……」

 そこまで読んだところで、エセルは愛しげに手紙を抱き締めた。
 確かにこれから王太子妃に、そしていずれは王妃になるアデライトと、平民とは言え独身男性のエセルとの交流はよろしくない。いや、別にやましいことはないのだが、万が一にでもエセルとの仲を勘繰られては大変だ。

(この手紙があれば、十分だ……)

 そう思い、再び手紙に目をやったところでエセルは手紙の続きが書かれていることに気がついた。
何々、と読み出して──エセルは目を瞠り、今度は声を出してその部分を読み出した。

「もし私が力及ばなければ、遠慮なく諫めて下さいね……力、及ばなければ……?」

 アデライトはずっとエセルが思った通り、いや、思った以上の成果を出してきた。けれど、彼女はそれに奢ることなく謙虚だった。きっとこの一文も、そんなアデライトの性格から出た何気ないものだろう。
 しかし、その一文は不思議なくらいエセルの中に残った。いや、食い込んだという方が正しいかもしれない。
 そして、エセルの中で『それ』が花が咲くように芽生えて、咲き誇ったのは。
 王妃となったアデライトがいくら奔走しても、民の生活は最悪からは脱したが前のように良くもならず──更に貴族達が民を救うことをやめ、逆に何とか民から搾取しようとした時だった。

(アデライト様でも、腐った富裕層には勝てなかった……いや、力及ばなかったんだ)

 そう、アデライトは自分が力及ばなかったなら、エセルに彼女を諫めるように言っていた。アデライトに出来ないのなら、他の王族や貴族になど出来る訳がない。だとしたら、彼女をどう諫めるべきか。

(そうだ、革命を起こそう……僕達を救ってくれない、王族や貴族なんて……『アデライト』なんて、もう必要ない)

 諫めよう。思い知らせてやろう。革命を起こし、国の、民の、そしてエセルの役に立たなかった者達を引きずり落とそう──力及ばなかった者(アデライト)が、それを望んだのだから。
 昔、何気ないものだと思っていた筈のアデライトの言葉が、今のエセルには立派な大義名分となっていた。
 そんなエセルは、自分が歪んだ笑みを浮かべていたことに気づいてはいなかった。



 エセルはペンの力と演説で民を動かし、革命を起こした。そして前国王夫婦と現国王、その妃であるアデライトを斬首した。
 もっとも力こそ及ばなかったが、アデライトは最後まで民を救おうとしたので他王族とは別の日に、一人だけ処刑台へと送った。
 美しい白銀の髪を売り、質素な格好をしていても彼女は美しかった。
 断頭台に上がっても、彼女は最期まで広場に集まった者全てを許すように微笑んでいた。
 ……彼女の犠牲を無駄にしない為、他の仲間達と共に貴族に頼らず民を救おうと奔走したけれど。
 新しいことを始めようとしても、まず金がなく。
 すぐには稼げないので、隣国に融資して貰えないか頼んだら──理由が何であれ、自分の国の王を手にかけた者は信用出来ないと言われた。だから融資ではなく、王族達が遺した財宝などがあれば買い取るとも。
 最初は「何も知らないくせに」とか「国は隣国だけではない」と思ったが、他の国も同様だった。いや、むしろ隣国のように取引を持ち出されるだけマシであり、手紙を送っても無視されたり逆に破り捨てられて戻ってきたりした。

(こちらが平民だから、侮られるのか……っ!)

 悔しかったが、背に腹は代えられないので結局は隣国に取引を申し込んだ。そうすることでとりあえずの資金は出来たが、限りがあるからこそ自由に民に振る舞うことなど出来ない。今後の国作りの為、厳選して貸し付けて作物や商いを行って国に返すよう約束させた。

(こうして国の経済を回せば、すぐに復興出来るだろう)

 エセル達議員はそう思ったが、民達はくれるのではなく貸しつけるエセル達に不満を持った。これでは、収穫があっても一部しか自分達の手元に残らないからだ。

(事実ではあるが、元々、王政だった時も王や領主に税を納めていたじゃないか!)

 腹が立ったが、民達はそんなエセル達の気持ちなど理解せず、次第に王政だった頃の方が良かったと言い出した。いや、言い出すだけならまだしも一度、成功したからか「首をすけ替えればいいのでは」と簡単に考えるようになっていた。
 ……そんな民達を後押ししたのは、リカルドとアデライトの遺児の存在だった。

「また王政に戻せばいい!」

 新たな王を担ぎ上げようとした者達は隣国にも話をつけ、従属国となる代わりに王政を復活させることになった。そしてかつての王族や貴族を弑した反逆者として、今度はエセル達が断頭台へと送られた。

(アデライト様はよく、微笑むことが出来たな……僕は勝手な連中に対して、悔しさと虚しさしか感じない……ああ、でも)

 同じ場所で同じように死んだら、アデライトが優しく笑って迎え入れてくれるだろうか?
 ふとそう思ったエセルは次の瞬間、大きく目を見開いた。

「馬鹿ね。自分を殺した相手のことを、笑って迎え入れる訳ないじゃない」
「……っ!?」

 断頭台に押しつけられたエセルの前で、微笑みながらも容赦ないことを言ったのはアデライトだった。
 切った筈の髪は豊かに波打ち、その面差しも亡くなった時よりも若く、それこそ王立学園に入学した頃の──エセルの目を、心を奪った時の姿をしていた。
 絶句したエセルの視線の先で、宙に浮いたアデライトは更に言葉を続ける。

「与えられて当然と現状に胡坐をかいて、己の罪悪感を軽くするのにこちらの言葉を都合よく捻じ曲げて……諫める? 勝手に幻滅して、邪魔になっただけでしょう? 気持ち悪い。そんな歪んだ思い込みに、付き合ってなんてあげないわ」
「待っ……!」

 笑顔でエセルを切り捨て、踵を返したアデライトを何とか引き留めようとしたエセルの首に、大きな刃が振り下ろされる。
 転がり落ちたその首は、絶望と恐怖に彩られていて──それを見下ろしていたアデライトの顔から笑みが消えると次の瞬間、ノヴァーリスの姿へと切り替わった。



 ……話は、数年前に遡る。
 リカルドに求婚され、領地から王都へ戻る前にアデライトはエセルへと手紙を書いた。

「口実をあげましょう。エセルが私を裏切って、遠慮なく革命を起こせるように」
「王都にいたから、復讐対象なのは解るけど……あれだけアデライトを慕っているのに、裏切るかな?」
「ええ、絶対に。だって巻き戻る前の新聞で彼は私の奉仕活動を取り上げず、王族や貴族への不満だけを記事にしていましたから……自分に都合の良いことだけを見る、お花畑な思考の持ち主なんでしょうね」

 だからアデライトを殺した後は、遅かれ早かれ自滅する。
 そこまで言って、アデライトはつ、と目を伏せた。気になって「どうしたの?」とノヴァーリスが尋ねると、アデライトは少しだけ笑って言った。

「いえ……リカルド達と違って、エセルが死ぬのは私が殺された後なので。変な妄想をせず、ちゃんと苦しんで死ぬかと思って」
「……じゃあ、私が絶望させるよ。君の姿を借りていいかい?」
「まあ……っ!ありがとうございます、ノヴァーリス。死に逝く者の妄想になんて、付き合いたくありませんから。お花畑を、しっかり刈り取ってやって下さいね」

 ノヴァーリスが彼女の姿を真似て見せると、アデライトは驚きこそしたが、すぐに嬉しそうに笑って言った。
 その時のことを思い出しながらノヴァーリスは晴れ渡った空を見上げ、今はもういないアデライトの面影へと話しかけた。

「君の言った通りだった……約束を果たしたよ、アデライト」
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