灰かぶり君

渡里あずま

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考えるな、感じろ?2

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「……あ」

 店を出て、桃香さんと別れ――マナーモードにしていた携帯をリュックから取り出すと、不在着信が入ってた。
 ……それは、俺が知ってる人からで。
 相手の都合が解らないので、俺は歩くのを止めて通路から外れ、メールを送った。

『刃金さん、出灰です。どうしました?』

 途端にメールじゃなく電話がかかってきて、俺は慌てて通話ボタンを押した。

「部屋に行ったら、お前と同室の奴から出かけたって聞いてな」
「そうでしたか……保護者代わりの人に、会ってたんです」

 俺がいる場所を伝えると、十分も経たないうちに刃金さんがバイクで到着した。
 ……そして、話があるって俺を連れてきたのは、初めて二人で出かけた時に来た埠頭で。
 何か、込み入った話なんだろうか――そう思った俺の視線の先で、刃金さんは口を開いた。

「またしばらく、学校に行かなくなる」
「えっ?」
「合格してからとも思ったんだが、他の奴らから聞くよりは俺から伝えたかったし……とりあえず家の方とは話ついたから」

 家って言われて、本格的に込み入った話だなと思う。それは刃金さんの家が、十神(とがみ)組って極道だからだ(一茶から聞いた)
(合格ってことは、進路関係か?)
 白月にも大学はあるけど、この言い方だと外部の大学を受けるのかな? 三年生だもんな、くらいに考えた俺だったけれど。

「親父から、手切れ金代わりに会社貰うことになった」
「えっ……?」
「下請けの建築会社だ。正式に事業主になるのに資格いるから、大学行って……Fクラスの奴らとやってくつもりだから、親父とは手を切った」

 思った以上に重い内容で驚いた。確かに、完全に縁を切るのは無理だろうけど――Fクラスの皆を極道には関わらせないって、刃金さんの強い意志を感じた。頑張って下さいって、言おうとした。
 ……なのにこの時、唐突に俺は気づいてしまった。
(卒業して、進学して……仲間とは一緒だけど、学校からも家からも離れて)
 それなら、男と――俺とつき合うなんて、絶対に駄目じゃないか。

「おい、出灰?」
「……えっ?」
「顔色悪いぞ? 具合悪いのか?」
「いえ……あぁ、潮風で少し冷えたのかも……あ、おめでとうございます。受験、頑張って下さいね」

 心配そうに顔を覗き込んでくる刃金さんに、俺はそう言って頭を下げた。それからタクシーを呼ぼうとするのを止めて、刃金さんのバイクで寮まで送って貰った。
 後ろに乗せて貰い、刃金さんに腕を回しながら俺は思った。
(泣きそうなくらい悲しいって言うなら、綺麗だけど)
 刃金さんとつき合えないって思った瞬間、俺は吐きそうなくらい胸が苦しくなって――桃香さんの言っていたことを、思い知らされた。
 ……駄目だって、諦めなくちゃいけないって解ってから気づくなんて、我ながら遅いけど。
(俺、刃金さんのこと好きなんだ)



「ありがとうございました」

 寮の前まで送って貰った俺は、刃金さんにそう言って部屋に戻ろうとした。
 ……そう、戻ろうと『した』。過去形だ。

「っ!?」
「部屋まで送る。それにしても、軽いな。ちゃんと食って……は、いるよな?」

 俺を、あっと言う間に横抱き――俗に言う『お姫様抱っこ』にした刃金さんが、歩きながら不思議そうに言う。いや、俺としてはどうしてこうなったのかが不思議なんだけど。

「大丈夫です、歩けます」
「んな青い顔して何、言ってんだ。良いから黙って運ばれてろ」

 降ろして貰おうとしたけど、刃金さんに却下されてしまった――って言うか、そんなに顔色悪いのか? まあ、赤面して俺の気持ちがバレるよりは良いけど。

「出灰!?」

 そんな俺達を見つけて、声を上げたのは真白だった。刃金さんと俺を見て、キッと刃金さんを睨みつける。

「何やったんだよ、お前! 出灰、辛そうじゃねぇかっ」
「真白、違うぞ。俺が具合悪くなったのを、刃金さんが運んでくれたんだ」

 俺を心配したのか、暴走しそうになった真白に訂正する。いや、まあ、吐きそうになってるのは刃金さんへの気持ちを自覚したせいだけど。

「オレが運ぶ!」

 そんなことを考えてたら真白がそう主張して、驚いたことに刃金さんは無言で俺を真白へと手渡した――誤解させて、怒らせたんだろうか?
 やっぱり無言で踵を返した刃金さんの背中に、俺は咄嗟に声をかけようとして――やめた。諦めなくちゃいけないんなら、むしろ嫌われた方が良いと思ったからだ。

「出灰……辛い時に、我慢すんなよ?」

 そんな俺の頭の上から、真白の優しい声が降ってくる。
 体調のことだとは思うけど、王道転校生ならではの絶妙なタイミングに――俺は吐きそうにじゃなく泣きそうになり、顔を上げないまま頷いた。
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