灰かぶり君

渡里あずま

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イマココ2

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 平凡庶民って言ったけど、俺には一つだけ普通と違うところがある。それは『職業・ケータイ小説家』ってことだ。
 あ、サイトで書いてるだけじゃないぞ? ありがたいことに中三の冬に書籍化が決まり、同じシリーズで更に二冊出版して貰ってる。
 ……良家のお嬢様が通う、ミッション系学園。
 そこでのお嬢様達の日常を書いたら、ありがたいことにサイトで評判になった。ちょうど百合系雑誌とか、漫画が流行ってたせいもあると思う。
 ただし俺はさっきも言った通り百合、つまり女の子同士の恋愛は書いてない。限りなく恋愛に近いとは言われるけど、年齢的にも経験値的にも乏しい俺には、むしろ踏み込んだ話は書けないと思ってる。
(百合化された、薄い本は出てるらしいけど)
 だから俺としては、キラキラしたファンタジーのつもりで書いてたんだけど――数日前、俺の担当である桃香ももかさんから思いがけないことを言われた。

「実は、出灰君に新シリーズを書いて欲しいの」
「えっ……」
「昨日、デリスタで後期スケジュールが出たでしょ?」

『デリ☆』って言うのは、俺が小説を投稿してるサイトだ。スター出版って会社が運営してて、今まで数多くの小説が書籍化されたり、漫画化されたりしてる。
 そのきっかけになるのが、隔月で行われてるイベントだ。書き手がテーマに合わせた作品で参加し、スター出版の人達が目を通して書籍化作品を決めている。
 ちなみに、書籍化した書き手には俺みたいに担当さんがつく。まあ、俺だけじゃなく複数の書き手を担当してる訳だけど。
(……あれ?)
 そこで俺は、あることに引っかかった。
 確かに五月になり、後期スケジュールが出てたけど――一昨年、俺が参加した『少女小説』イベントは無かった筈だ。

「桃香さん。俺、ホラーとかオフィスラブって書いたことないですよ?」
「もう、やーね。出灰君ってば、天然なんだから。ほら、もう一つあったでしょ?」

 ……もう一つって言われて、思い出しはした。
 だけど嘘だと思いたかったので、冗談めかして聞いてみた。

「まさか、ボーイズラブな訳ないですよね? アハ」
「まさか、からのボーイズラブよ。出灰君!」

 グッと親指を立て、すっごく良い笑顔で言われたのに、俺は口を「ハ」の形にしたまま固まった。
 そして、言われた内容を理解したところで――首と手の両方を、思いきり横に振った。

「い……や、無理です。無理無理無理っ! 勘弁して下さいよっ」
「そんなことないわよ、お嬢様を金持ちイケメンに置き換えれば」
「あります! 女の子だとスキンシップで済んでも、男でやったら暑苦しいじゃないですか! それにボーイズラブって、スキンシップだけで終わらないしっ」

 小説概要で『微エロ』とか『裏あります』って見た。それを男の俺が書くって、セクハラかよ!
 そりゃあ、女の子からすると俺の書く話もありえないって、ツッコミどころ満載だろうけど。俺は、夢を見ていたい。そう、色んな意味で。

「うんうん、夢見ててもいいわよ出灰君」
「無視! そして心、読んだんですか!?」
「でも、今回お願いしたいのは『体験取材』だから……男の子で、高校生の出灰君にしか頼めないのよ」
「…………は?」
「白月学園って知ってる? 幼稚園から大学までの、エスカレーター式名門校。勉強に専念出来るように、人里離れたところにあるけど……一部の人間には『リアル王道学園』って呼ばれてるわ」
「王道?」
「人里離れたところにあって、中等部からは全寮制の男子校。閉鎖的で同性愛に発展しやすいから王道、つまりはお約束って訳」

 眼鏡のブリッジをクイッと上げて、桃香さんは話し始めた。
 肩までの黒髪と、スーツ。見た目はクールビューティーだけど、口を開くとパワフル――慣れはしたけど本当、見た目とギャップのあるひとだ。

「で、そこの理事長が私の大学の同級生なんだけど……この前、甥っ子を転入させることになったって相談を受けたの」

 相談って、何か問題でも――そう続けようとして、やめた。全く知らない相手について、いきなり踏み込んじゃいけないと思う。
 だけど、そんな俺の気遣いを余所に桃香さんは話を続けた。

「んー、子供の頃は病弱で学校通ってなかったのと……高校に入ってからは、暴力事件で四校退学ですって。そんなところも、王道転校生よね」
「……それも、お約束なんですか?」
「そうよ。でも、見た目は美少年なの。そんな王道君だけだと不安だから、誰か一緒に転入してくれる子がいないかって」

 バイオレンスな遍歴と美少年と言う単語が結びつかず、眉を寄せた。不良と美形。それぞれ魅力があるだろうが、どちらか一つでは駄目なんだろうか?
 一方、そんな俺の困惑には構わず、桃香さんは更に先へと進める。

「幸いって言うのも何だけど出灰君、今、学校行ってないでしょ?」
「……資格は、取りましたよ?」

 そう、桃香さんの言う通り、俺は高校に通ってない。
 実は書籍化の話と同じ頃、中三の冬に母親が死んだ。父親も早くに亡くなっていて、天涯孤独。遺産は残してくれてたけど、進学するより書籍化に没頭したくて高校には行かなかった。
 もっとも、ずっとケータイ小説家を続けられるとも思ってないんで去年、高卒資格は取ったけど。

「それに、そんな坊ちゃん校に通うようなお金ないです」
「大丈夫! 試験結果では、余裕で特待生ですって」
「試験なんて俺、受けてな」
「あぁ、この前、親戚の子の受験勉強に使うって言ってヘルプしたでしょ? あの過去問って言ってたのが、編入試験♪」
「…………」
「あ、このアパートと仏壇については私が責任を持って管理するから。出灰君は安心して、王道君を主人公にした王道学園物を書いてちょうだい!」

 騙し討ちか。そして金と家の話で駄目なら、他に断る理由がない。
 逆に『体験取材』なら自分で一から考える訳ではない。それが書籍化を検討されるのなら、むしろ俺にとっては得な話だ。
(精神的には無茶苦茶、キツそうだけどな?)
 暴力的な王道君に、金持ちの坊ちゃん達――そんな連中と学校だけでなく、寮でも一緒だなんて。

「……禿げる」

そう呟いて、俺はガックリと肩を落とした。
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