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第三章
破壊力が凄まじい
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「それは、俺の為だろうか?」
「…………えっ?」
思わず間の抜けた声を上げてから、私は再び口を押さえた。そして、今の行動も含めて肯定でしかないと気づき、内心で頭を抱えた。
(イザベル、どうしよう……)
(カナさん……覚悟を決めるしか、ないと思うわ)
(……そうよねぇ)
すっかり途方に暮れた私に、前世の私がそう言ってくる。いや、もうそうとしか言えないと思う。年下の女の子に気遣わせて、本当に申し訳ない。
(そうなんだけど……覚悟を決めて、何をどう言えば)
内心だけではなく頭を抱えて掻きむしりたい私に、ラウルさんが更に思いがけないことを言ってくる。
「聖女様が、俺を憎からず想ってくれていたのは知っていた」
「えっ!?」
つい大きな声になり、慌てて口を塞いで辺りを見回した。それから、今回も誰も駆けつけないでくれたことにホッとする。
そんな私をジッと見つめて、ラウルさんが言葉を続ける。
「俺は、聖女様をずっと気にかけていたから……視線の先に自分の手や背中があって、その視線を感じる頻度が増えていることに気づいたんだ」
「……ラウルさん」
「戸惑ったが、嬉しくもあった。聖女様のおかげで、俺は武器から優しいものになれたから。元々、聖女様には恩やら憧れやら感じていたが……好かれていると思ったら、嬉しくて。幸せで」
微かに、けれど確かに微笑むラウルさんは、いつもが無表情なので破壊力が凄まじかった。圧倒されている私の視線の先で、ラウルさんが話を続ける。
「ただ、俺は神兵とは言え、平民だし……聖女様であり、貴族の令嬢でもあるあなたと一緒にいたいから、この気持ちを抑えていた。修道院で神兵として、護衛として傍にいて守ることが出来ればいいと……だが、他の男との婚姻の話と聞いて、俺は許せないと思ってしまった」
「え、あ……えぇ……」
赤面などはせず、いつもの無表情に戻り淡々と、けれど情熱的な想いを語るラウルさんに、こちらが赤くなり、意味のない声を出すばかりだ。一方、ラウルさんの話は止まらない。
「とは言え、気持ちは解るが逃げても解決にはならない。この国から出なければ逃げ切れないだろうが、王族がそれを許すとは思えない。捕まれば逆に弱みとなって、聖女様は国の言うことを聞くしかなくなってしまう」
「それは……」
「あと、引っかかったんだ……何故、あいつは聖女様からの返事を、わざわざ新年の宴の時まで延ばしたのか」
「えっ……?」
「今と、新年の宴の時で……何が、違うだろうと」
「……あ」
ラウルさんの疑問は、確かに私も引っかかっていた。最初、言われた時は即答しなくて済んだことで安心したが──他にも、何か意味があるのだろうか?
そこまで考えて、ある考えに思い至る。おそらくだが、ラウルさんもそのことに気づいたのではないだろうか?
(カナさん……)
(……イザベル。もしかしたら、フェードアウトしなくてもいいかもしれない……)
(そうみたいね……どっちにしても、私はカナさんの傍にいるわ)
(勿論!)
私が考えていることは、現世の私にも伝わる。笑っていると伝わる声でそう言ってくれたのに、私もまた頬を緩めてラウルを見た。
「明日……クロエ様や、アントワーヌ様と話そうと思います。あと、ラウルさん。エマに手紙を書くので、学園まで届いて貰えますか? 彼女とも、話したいことが出来ました」
「解った」
そして、思い至ったことを行う為に、私は逃げようとしていた面々と話そうと思った。だから、私はラウルさんにお願いし。
今の、話せるうちにと、先程のラウルさんの告白への返事を──先程は、言えなかったことを口にした。
「逃げない道を、探します……ただ、もしどうしようもなかったら、私『達』と一緒に逃げて下さい。あなた以外の相手と、結婚する気はありませんから」
※
「還俗?」
「ええ。何か、儀式的なものはあるのでしょうか?」
「いいえ。ただ、信仰こそ続けられるけれど、修道院や教会にはいられなくなるわ。還俗とは、神に従うことをやめて、ただ人に戻ることだから」
「そうなんですね」
次の日、午前の祈りや作業を終わらせた頃。
話があることを伝え、院長室に来て貰った私からの質問に、まずクロエ様がそう教えてくれた。なるほど、言われればその通りだ。しかしそれだと、還俗すれば聖職者や修道士だった者達は、途端に衣食住に困ってしまう。
(いや、まあ、実家に戻ったり結婚したりって理由が多いんだろうけど……あとは)
今度は、アントワーヌ様に問いかける。
「爵位を得ると、領地運営は必須ですか?」
「基本はそうだが、一代限りの男爵なら名誉的なものだから、屋敷までで領土を与えられることはないね」
「ありがとうございます」
アントワーヌ様からの答えに、私はお礼を言った。令嬢教育こそアントワーヌ達から学んだが、領地運営については全くたずさわってこなかったからだ。
これなら、思いついたことが実現出来る可能性が高くなった。ただそれには目の前の二人と、エマの協力が必要だ。
「……イザベル? 今の質問は本来、あなたには関係ないことよね?」
「同感だ」
「実は……」
そんな私に、クロエ様とアントワーヌ様が尋ねてくる。確かに献身者であり、侯爵令嬢である私には本来、関係ない。だがそれは『私一人』の場合の話だ。
事前にラウルさんに許可は貰ったので、私は二人に今、考えていることについて相談した。
「…………えっ?」
思わず間の抜けた声を上げてから、私は再び口を押さえた。そして、今の行動も含めて肯定でしかないと気づき、内心で頭を抱えた。
(イザベル、どうしよう……)
(カナさん……覚悟を決めるしか、ないと思うわ)
(……そうよねぇ)
すっかり途方に暮れた私に、前世の私がそう言ってくる。いや、もうそうとしか言えないと思う。年下の女の子に気遣わせて、本当に申し訳ない。
(そうなんだけど……覚悟を決めて、何をどう言えば)
内心だけではなく頭を抱えて掻きむしりたい私に、ラウルさんが更に思いがけないことを言ってくる。
「聖女様が、俺を憎からず想ってくれていたのは知っていた」
「えっ!?」
つい大きな声になり、慌てて口を塞いで辺りを見回した。それから、今回も誰も駆けつけないでくれたことにホッとする。
そんな私をジッと見つめて、ラウルさんが言葉を続ける。
「俺は、聖女様をずっと気にかけていたから……視線の先に自分の手や背中があって、その視線を感じる頻度が増えていることに気づいたんだ」
「……ラウルさん」
「戸惑ったが、嬉しくもあった。聖女様のおかげで、俺は武器から優しいものになれたから。元々、聖女様には恩やら憧れやら感じていたが……好かれていると思ったら、嬉しくて。幸せで」
微かに、けれど確かに微笑むラウルさんは、いつもが無表情なので破壊力が凄まじかった。圧倒されている私の視線の先で、ラウルさんが話を続ける。
「ただ、俺は神兵とは言え、平民だし……聖女様であり、貴族の令嬢でもあるあなたと一緒にいたいから、この気持ちを抑えていた。修道院で神兵として、護衛として傍にいて守ることが出来ればいいと……だが、他の男との婚姻の話と聞いて、俺は許せないと思ってしまった」
「え、あ……えぇ……」
赤面などはせず、いつもの無表情に戻り淡々と、けれど情熱的な想いを語るラウルさんに、こちらが赤くなり、意味のない声を出すばかりだ。一方、ラウルさんの話は止まらない。
「とは言え、気持ちは解るが逃げても解決にはならない。この国から出なければ逃げ切れないだろうが、王族がそれを許すとは思えない。捕まれば逆に弱みとなって、聖女様は国の言うことを聞くしかなくなってしまう」
「それは……」
「あと、引っかかったんだ……何故、あいつは聖女様からの返事を、わざわざ新年の宴の時まで延ばしたのか」
「えっ……?」
「今と、新年の宴の時で……何が、違うだろうと」
「……あ」
ラウルさんの疑問は、確かに私も引っかかっていた。最初、言われた時は即答しなくて済んだことで安心したが──他にも、何か意味があるのだろうか?
そこまで考えて、ある考えに思い至る。おそらくだが、ラウルさんもそのことに気づいたのではないだろうか?
(カナさん……)
(……イザベル。もしかしたら、フェードアウトしなくてもいいかもしれない……)
(そうみたいね……どっちにしても、私はカナさんの傍にいるわ)
(勿論!)
私が考えていることは、現世の私にも伝わる。笑っていると伝わる声でそう言ってくれたのに、私もまた頬を緩めてラウルを見た。
「明日……クロエ様や、アントワーヌ様と話そうと思います。あと、ラウルさん。エマに手紙を書くので、学園まで届いて貰えますか? 彼女とも、話したいことが出来ました」
「解った」
そして、思い至ったことを行う為に、私は逃げようとしていた面々と話そうと思った。だから、私はラウルさんにお願いし。
今の、話せるうちにと、先程のラウルさんの告白への返事を──先程は、言えなかったことを口にした。
「逃げない道を、探します……ただ、もしどうしようもなかったら、私『達』と一緒に逃げて下さい。あなた以外の相手と、結婚する気はありませんから」
※
「還俗?」
「ええ。何か、儀式的なものはあるのでしょうか?」
「いいえ。ただ、信仰こそ続けられるけれど、修道院や教会にはいられなくなるわ。還俗とは、神に従うことをやめて、ただ人に戻ることだから」
「そうなんですね」
次の日、午前の祈りや作業を終わらせた頃。
話があることを伝え、院長室に来て貰った私からの質問に、まずクロエ様がそう教えてくれた。なるほど、言われればその通りだ。しかしそれだと、還俗すれば聖職者や修道士だった者達は、途端に衣食住に困ってしまう。
(いや、まあ、実家に戻ったり結婚したりって理由が多いんだろうけど……あとは)
今度は、アントワーヌ様に問いかける。
「爵位を得ると、領地運営は必須ですか?」
「基本はそうだが、一代限りの男爵なら名誉的なものだから、屋敷までで領土を与えられることはないね」
「ありがとうございます」
アントワーヌ様からの答えに、私はお礼を言った。令嬢教育こそアントワーヌ達から学んだが、領地運営については全くたずさわってこなかったからだ。
これなら、思いついたことが実現出来る可能性が高くなった。ただそれには目の前の二人と、エマの協力が必要だ。
「……イザベル? 今の質問は本来、あなたには関係ないことよね?」
「同感だ」
「実は……」
そんな私に、クロエ様とアントワーヌ様が尋ねてくる。確かに献身者であり、侯爵令嬢である私には本来、関係ない。だがそれは『私一人』の場合の話だ。
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