人見知りと悪役令嬢がフェードアウトしたら

渡里あずま

文字の大きさ
上 下
104 / 111
第三章

乙女ゲーム『風』の世界

しおりを挟む
「ありがとう……すまないが、二人で大事な話があるからドアを閉めるよ」
「あ、あの」
「寄り添いの時もそうしてます。我々は、ここで待機しておりますので」
「……そう」

 イザベルの返事に対して、小部屋のドアの向こうでそんなやり取りがあった。躊躇しつつも何も言えないナタリー先生に対して淡々と、だが『保健室からは絶対、出ない』と言い切るラウルさんに私は焦った。全身から血の気が引いたが何とかへたり込むのを堪え、必死に足を踏み出した。

(ラウルさん!? 気にかけてくれるのは嬉しいけど、王族を威嚇しないでっ!)
(カナさんの言う通りよ、嬉しいけど!)

 この時、私と前世の私イザベルの気持ちは一つになった。
 だから小部屋のドアを開け、驚くナタリー先生とラウルさん(一見、無表情ですが微かに目を瞠ってる)の前で、さっさと話をすませようとラジャブと対峙した。
 ……ゆるく束ねられた髪は、黒。異国風の褐色の肌と、瞳の色は殿下ユリウスと同じ青。
 エマから話を聞いてはいたが、本当に聞いていた『だけ』なのだと思った。成人間近(つまりは未成年)の自分達とは違い、色気のある大人の男性だ。そりゃあ、子供時代の僅かの登場でも乙女ゲームファンの方々の目には留まるだろうし、成長した彼を攻略したくなるだろう。過去を考えると、二次創作でも幸せにしたいと思うだろう。
 とは言え、肉体的には年上でも精神年齢的には前世+現世の私の方が上な訳で。

(宴の場で言われるより今、ここで話をつけた方が良いわ)

 二人きりで話すのも良かったが、ラウルさんに心配をかけるなら彼の目の前で話をすることに変更する。
 そこで先程、思いついたことを使って私は二人きりになる前に、先制攻撃をくり出すことにした。今は授業中だし、ラジャブは入って来る時に保健室のドアを閉めているので、逆にこの場にいる者以外に聞かれる心配はない。

「父から何とお聞きしているか存じませんが、修道院に来た時から私は貴族令嬢ではなくなりました。申し訳ございませんが王族であり、貴族称号を名に持つ方にはふさわしくありません……他ならぬ貴方様なら、私を哀れと思ってくれるのでは?」

 私の言葉に、ラジャブは青い瞳を大きく見開いた。



 国王と愛し合っていたがラジャブの母は王妃には『ならなかった』。そう、実はラジャブの母は国王と結ばれた後、辺境伯の養女になり身分としては貴族令嬢になっていたのだが「貴族の血を引かない者が、王妃になるなんてありえない」と公言し、自ら愛妾でいたと言う。
 現世の私イザベルは貴族の血こそ引いているが、修道院にいることで貴族をやめて平民扱いとなっている。
 一方、ラジャブは逆に平民の血を引いているが王宮を出てこそいるけれど、戻ったのが辺境伯の領地であり、暮らしこそ平民『寄り』だが治療院は彼の屋敷だし苗字と子爵位を義理の祖父に与えられている。半分平民だとは言え、修道院に来た私なんかよりはよっぽど貴族であり王族だ。
 つまり私は、そんなラジャブに私を母親と同じ立場に、つまりは愛妾にするのかと言ったのだ──実はこの主張には矛盾があるので、気づかないでくれと心の中で祈りながら。

「それだと半分とは言え、平民の血を引くエマ嬢だって王太子妃にも王妃にも『なれない』よ? まあ、希少な光属性の持ち主ではあるけれどね」

 けれど、私の祈りは届かなかった。
 更に続けられた言葉で何故、数多の釣書の中で私が選ばれたかを知ることになる。

「私を支持する者達は、それこそ母の前例があるから現王妃のように母親には高位貴族の令嬢を求めている。そして一方で、釣書こそ送るが私のように突然現れた上、平民の血を引く者に自分の娘を差し出すのは抵抗があるのか、魔法学園に入る前の次女や三女だ……そんな中で年が近く、支持者も満足しそうな女性となると君が最適だろう?」
「…………」

 会うのも話すのも初めてなので、愛情などある訳ないが──思っていた以上に、政略結婚だった。そして私は困ったことに、支持者とラジャブの思惑が理解出来てしまった。
 乙女ゲーム風の世界。自分達のような転生者がいるせいか乙女ゲーム『風』の、実際のゲームとは色々と違う世界。
 ……違うからこそ、乙女ゲームのように恋愛だけでは動かない世界。

(それなら確かに、私よねぇ……ただ理解出来るからって、納得出来るかって言うと違うけど)
(カナさん……)
(ただこの理由だと、断ると私だけじゃなく修道院に……あと、ラウルさんに迷惑がかかるわよね)
(…………)

 そう気づいてしまったからこそ、私は当初、思っていたようにラジャブに対して断りの言葉を口にすることが出来なかった。そんな私の気持ちが伝わったのか、現世の私イザベルも黙り込んだ。
 そんな考えが顔に出たのか、ラジャブは笑って話を締め括った。

「とは言え、急な話ではあるよね。だから返事は、新年の宴の時にお願いするよ」
「……かしこまりました」
「急ぎ、ドレスを用意させて修道院に送るね。お互い招待客だから当日、宴の席で会おう」

 当日、修道院に迎えには来ないのかと思ったが、確かに自分だけではなくラジャブも招かれた立場なので何かあったら困るので気軽には動けないかもしれない。まあ、迎えに来られても話すことがないので、昔の現世父の時のように現地集合で良いのだが。
 ……中世ヨーロッパ風のこの国では、お辞儀をするのは王族か高位貴族と接する時だけだ。
 だから『ではなく』自分の気持ちをこれ以上、読まれない為に私は立ち去るラジャブに対して頭を下げた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の独壇場

あくび。
ファンタジー
子爵令嬢のララリーは、学園の卒業パーティーの中心部を遠巻きに見ていた。 彼女は転生者で、この世界が乙女ゲームの舞台だということを知っている。 自分はモブ令嬢という位置づけではあるけれど、入学してからは、ゲームの記憶を掘り起こして各イベントだって散々覗き見してきた。 正直に言えば、登場人物の性格やイベントの内容がゲームと違う気がするけれど、大筋はゲームの通りに進んでいると思う。 ということは、今日はクライマックスの婚約破棄が行われるはずなのだ。 そう思って卒業パーティーの様子を傍から眺めていたのだけど。 あら?これは、何かがおかしいですね。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

悪役令嬢はモブ化した

F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。 しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す! 領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。 「……なんなのこれは。意味がわからないわ」 乙女ゲームのシナリオはこわい。 *注*誰にも前世の記憶はありません。 ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。 性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。 作者の趣味100%でダンジョンが出ました。

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

転生ヒロインは不倫が嫌いなので地道な道を選らぶ

karon
ファンタジー
デビュタントドレスを見た瞬間アメリアはかつて好きだった乙女ゲーム「薔薇の言の葉」の世界に転生したことを悟った。 しかし、攻略対象に張り付いた自分より身分の高い悪役令嬢と戦う危険性を考え、攻略対象完全無視でモブとくっつくことを決心、しかし、アメリアの思惑は思わぬ方向に横滑りし。

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫

むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

悪役令嬢の慟哭

浜柔
ファンタジー
 前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。  だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。 ※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。 ※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。 「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。 「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

処理中です...