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第三章
乙女ゲーム『風』の世界
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「ありがとう……すまないが、二人で大事な話があるからドアを閉めるよ」
「あ、あの」
「寄り添いの時もそうしてます。我々は、ここで待機しておりますので」
「……そう」
イザベルの返事に対して、小部屋のドアの向こうでそんなやり取りがあった。躊躇しつつも何も言えないナタリー先生に対して淡々と、だが『保健室からは絶対、出ない』と言い切るラウルさんに私は焦った。全身から血の気が引いたが何とかへたり込むのを堪え、必死に足を踏み出した。
(ラウルさん!? 気にかけてくれるのは嬉しいけど、王族を威嚇しないでっ!)
(カナさんの言う通りよ、嬉しいけど!)
この時、私と前世の私の気持ちは一つになった。
だから小部屋のドアを開け、驚くナタリー先生とラウルさん(一見、無表情ですが微かに目を瞠ってる)の前で、さっさと話をすませようとラジャブと対峙した。
……ゆるく束ねられた髪は、黒。異国風の褐色の肌と、瞳の色は殿下と同じ青。
エマから話を聞いてはいたが、本当に聞いていた『だけ』なのだと思った。成人間近(つまりは未成年)の自分達とは違い、色気のある大人の男性だ。そりゃあ、子供時代の僅かの登場でも乙女ゲームファンの方々の目には留まるだろうし、成長した彼を攻略したくなるだろう。過去を考えると、二次創作でも幸せにしたいと思うだろう。
とは言え、肉体的には年上でも精神年齢的には前世+現世の私の方が上な訳で。
(宴の場で言われるより今、ここで話をつけた方が良いわ)
二人きりで話すのも良かったが、ラウルさんに心配をかけるなら彼の目の前で話をすることに変更する。
そこで先程、思いついたことを使って私は二人きりになる前に、先制攻撃をくり出すことにした。今は授業中だし、ラジャブは入って来る時に保健室のドアを閉めているので、逆にこの場にいる者以外に聞かれる心配はない。
「父から何とお聞きしているか存じませんが、修道院に来た時から私は貴族令嬢ではなくなりました。申し訳ございませんが王族であり、貴族称号を名に持つ方にはふさわしくありません……他ならぬ貴方様なら、私を哀れと思ってくれるのでは?」
私の言葉に、ラジャブは青い瞳を大きく見開いた。
※
国王と愛し合っていたがラジャブの母は王妃には『ならなかった』。そう、実はラジャブの母は国王と結ばれた後、辺境伯の養女になり身分としては貴族令嬢になっていたのだが「貴族の血を引かない者が、王妃になるなんてありえない」と公言し、自ら愛妾でいたと言う。
現世の私は貴族の血こそ引いているが、修道院にいることで貴族をやめて平民扱いとなっている。
一方、ラジャブは逆に平民の血を引いているが王宮を出てこそいるけれど、戻ったのが辺境伯の領地であり、暮らしこそ平民『寄り』だが治療院は彼の屋敷だし苗字と子爵位を義理の祖父に与えられている。半分平民だとは言え、修道院に来た私なんかよりはよっぽど貴族であり王族だ。
つまり私は、そんなラジャブに私を母親と同じ立場に、つまりは愛妾にするのかと言ったのだ──実はこの主張には矛盾があるので、気づかないでくれと心の中で祈りながら。
「それだと半分とは言え、平民の血を引くエマ嬢だって王太子妃にも王妃にも『なれない』よ? まあ、希少な光属性の持ち主ではあるけれどね」
けれど、私の祈りは届かなかった。
更に続けられた言葉で何故、数多の釣書の中で私が選ばれたかを知ることになる。
「私を支持する者達は、それこそ母の前例があるから現王妃のように母親には高位貴族の令嬢を求めている。そして一方で、釣書こそ送るが私のように突然現れた上、平民の血を引く者に自分の娘を差し出すのは抵抗があるのか、魔法学園に入る前の次女や三女だ……そんな中で年が近く、支持者も満足しそうな女性となると君が最適だろう?」
「…………」
会うのも話すのも初めてなので、愛情などある訳ないが──思っていた以上に、政略結婚だった。そして私は困ったことに、支持者とラジャブの思惑が理解出来てしまった。
乙女ゲーム風の世界。自分達のような転生者がいるせいか乙女ゲーム『風』の、実際のゲームとは色々と違う世界。
……違うからこそ、乙女ゲームのように恋愛だけでは動かない世界。
(それなら確かに、私よねぇ……ただ理解出来るからって、納得出来るかって言うと違うけど)
(カナさん……)
(ただこの理由だと、断ると私だけじゃなく修道院に……あと、ラウルさんに迷惑がかかるわよね)
(…………)
そう気づいてしまったからこそ、私は当初、思っていたようにラジャブに対して断りの言葉を口にすることが出来なかった。そんな私の気持ちが伝わったのか、現世の私も黙り込んだ。
そんな考えが顔に出たのか、ラジャブは笑って話を締め括った。
「とは言え、急な話ではあるよね。だから返事は、新年の宴の時にお願いするよ」
「……かしこまりました」
「急ぎ、ドレスを用意させて修道院に送るね。お互い招待客だから当日、宴の席で会おう」
当日、修道院に迎えには来ないのかと思ったが、確かに自分だけではなくラジャブも招かれた立場なので何かあったら困るので気軽には動けないかもしれない。まあ、迎えに来られても話すことがないので、昔の現世父の時のように現地集合で良いのだが。
……中世ヨーロッパ風のこの国では、お辞儀をするのは王族か高位貴族と接する時だけだ。
だから『ではなく』自分の気持ちをこれ以上、読まれない為に私は立ち去るラジャブに対して頭を下げた。
「あ、あの」
「寄り添いの時もそうしてます。我々は、ここで待機しておりますので」
「……そう」
イザベルの返事に対して、小部屋のドアの向こうでそんなやり取りがあった。躊躇しつつも何も言えないナタリー先生に対して淡々と、だが『保健室からは絶対、出ない』と言い切るラウルさんに私は焦った。全身から血の気が引いたが何とかへたり込むのを堪え、必死に足を踏み出した。
(ラウルさん!? 気にかけてくれるのは嬉しいけど、王族を威嚇しないでっ!)
(カナさんの言う通りよ、嬉しいけど!)
この時、私と前世の私の気持ちは一つになった。
だから小部屋のドアを開け、驚くナタリー先生とラウルさん(一見、無表情ですが微かに目を瞠ってる)の前で、さっさと話をすませようとラジャブと対峙した。
……ゆるく束ねられた髪は、黒。異国風の褐色の肌と、瞳の色は殿下と同じ青。
エマから話を聞いてはいたが、本当に聞いていた『だけ』なのだと思った。成人間近(つまりは未成年)の自分達とは違い、色気のある大人の男性だ。そりゃあ、子供時代の僅かの登場でも乙女ゲームファンの方々の目には留まるだろうし、成長した彼を攻略したくなるだろう。過去を考えると、二次創作でも幸せにしたいと思うだろう。
とは言え、肉体的には年上でも精神年齢的には前世+現世の私の方が上な訳で。
(宴の場で言われるより今、ここで話をつけた方が良いわ)
二人きりで話すのも良かったが、ラウルさんに心配をかけるなら彼の目の前で話をすることに変更する。
そこで先程、思いついたことを使って私は二人きりになる前に、先制攻撃をくり出すことにした。今は授業中だし、ラジャブは入って来る時に保健室のドアを閉めているので、逆にこの場にいる者以外に聞かれる心配はない。
「父から何とお聞きしているか存じませんが、修道院に来た時から私は貴族令嬢ではなくなりました。申し訳ございませんが王族であり、貴族称号を名に持つ方にはふさわしくありません……他ならぬ貴方様なら、私を哀れと思ってくれるのでは?」
私の言葉に、ラジャブは青い瞳を大きく見開いた。
※
国王と愛し合っていたがラジャブの母は王妃には『ならなかった』。そう、実はラジャブの母は国王と結ばれた後、辺境伯の養女になり身分としては貴族令嬢になっていたのだが「貴族の血を引かない者が、王妃になるなんてありえない」と公言し、自ら愛妾でいたと言う。
現世の私は貴族の血こそ引いているが、修道院にいることで貴族をやめて平民扱いとなっている。
一方、ラジャブは逆に平民の血を引いているが王宮を出てこそいるけれど、戻ったのが辺境伯の領地であり、暮らしこそ平民『寄り』だが治療院は彼の屋敷だし苗字と子爵位を義理の祖父に与えられている。半分平民だとは言え、修道院に来た私なんかよりはよっぽど貴族であり王族だ。
つまり私は、そんなラジャブに私を母親と同じ立場に、つまりは愛妾にするのかと言ったのだ──実はこの主張には矛盾があるので、気づかないでくれと心の中で祈りながら。
「それだと半分とは言え、平民の血を引くエマ嬢だって王太子妃にも王妃にも『なれない』よ? まあ、希少な光属性の持ち主ではあるけれどね」
けれど、私の祈りは届かなかった。
更に続けられた言葉で何故、数多の釣書の中で私が選ばれたかを知ることになる。
「私を支持する者達は、それこそ母の前例があるから現王妃のように母親には高位貴族の令嬢を求めている。そして一方で、釣書こそ送るが私のように突然現れた上、平民の血を引く者に自分の娘を差し出すのは抵抗があるのか、魔法学園に入る前の次女や三女だ……そんな中で年が近く、支持者も満足しそうな女性となると君が最適だろう?」
「…………」
会うのも話すのも初めてなので、愛情などある訳ないが──思っていた以上に、政略結婚だった。そして私は困ったことに、支持者とラジャブの思惑が理解出来てしまった。
乙女ゲーム風の世界。自分達のような転生者がいるせいか乙女ゲーム『風』の、実際のゲームとは色々と違う世界。
……違うからこそ、乙女ゲームのように恋愛だけでは動かない世界。
(それなら確かに、私よねぇ……ただ理解出来るからって、納得出来るかって言うと違うけど)
(カナさん……)
(ただこの理由だと、断ると私だけじゃなく修道院に……あと、ラウルさんに迷惑がかかるわよね)
(…………)
そう気づいてしまったからこそ、私は当初、思っていたようにラジャブに対して断りの言葉を口にすることが出来なかった。そんな私の気持ちが伝わったのか、現世の私も黙り込んだ。
そんな考えが顔に出たのか、ラジャブは笑って話を締め括った。
「とは言え、急な話ではあるよね。だから返事は、新年の宴の時にお願いするよ」
「……かしこまりました」
「急ぎ、ドレスを用意させて修道院に送るね。お互い招待客だから当日、宴の席で会おう」
当日、修道院に迎えには来ないのかと思ったが、確かに自分だけではなくラジャブも招かれた立場なので何かあったら困るので気軽には動けないかもしれない。まあ、迎えに来られても話すことがないので、昔の現世父の時のように現地集合で良いのだが。
……中世ヨーロッパ風のこの国では、お辞儀をするのは王族か高位貴族と接する時だけだ。
だから『ではなく』自分の気持ちをこれ以上、読まれない為に私は立ち去るラジャブに対して頭を下げた。
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