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第三章
すっかり忘れていたけれど
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修道院には祈りを捧げ、昼食を終えた後、午後の作業に入る前に休憩時間がある。
その時間に、私はアントワーヌ様と共に院長室へと呼ばれた。一人ではないことに戸惑いはあったが、クロエ様からの話を聞いてアントワーヌ様が同席した理由を知った。
「あなたのお父様から、手紙が来たわ……あなたとラジャブ殿下との婚約が決まったから、新年の宴が終わったら還俗させてラジャブ殿下に嫁がせると」
「「えっ?」
私とアントワーヌ様は、驚いて声を上げ──以前のように、現世の私がショックを受けて、私はその場に座り込んだ。そして昔とは違い、成長した私をクロエ様一人では動かせなかったので、アントワーヌ様と二人で来客用のソファに座らせてくれた。
(ごめんなさい、カナさん、クロエ様、アントワーヌ様……)
(いいのよ、逆にごめんね? 領地にいて、全然、口出ししてこなかったから……正直、油断してたわ)
驚きと、再び勝手に将来を押しつけられたことに泣く現世の私に、私は謝った。新年の宴で訣別し、現世父が領地に行ってからは手紙一枚来なかったので正直、忘れ去っていた。後継者として育てるのなら、もっと早く声をかけて引き取られると思っていたからだ。
(でも、違ったのね……後継者としてじゃなく、誰かに嫁がせることを考えてたんだ)
もしかしたら、攻略対象である脳筋や猪との進展を狙っていたのかもしれない。
ただ、二人にそれぞれ婚約者が出来て──他の相手を、と思ったところで現れたラジャブに、目をつけたのだろう。
その予想は正しかったようで、ため息をつきながらクロエ様が言う。
「ラジャブ殿下が新年の宴に来ることが決まった時、彼の後見につきたい貴族達がこぞって釣書を送ったようなの」
「成程。その中に、セルダ侯爵もいて……イザベルが、見初められたという訳か」
「クロエ様、アントワーヌ様……何とか、断れないでしょうか?」
縋るように二人の名前を呼んだが昔と違い、今回はクロエ様だけではなくアントワーヌ様の表情も曇ったままだった。
「釣書を送る前……いえ、ラジャブ殿下の目に留まる前なら、何とか出来たかもしれないけれど」
「そうだね。悔しいが、いくらお花畑でこそあるとは言え、家長の彼とラジャブ殿下の間で決まったのなら……手紙などで訴えても、向こうがその気なら聞いて貰えなさそうだし、仮に国外に逃げても追いかけられそうだ」
「……そう、ですよね」
それぞれの言葉と、現世父のことを忘れていた自分の迂闊さに、私はそういうしかなかった。
※
悩んでも朝はくるし、時間も過ぎる。
そんな訳で、私は今日も王立学園に出勤していた。もっとも、生徒達が来ていない今は小部屋で一人なので、何とかラジャブとの婚約を撤回出来ないかとついつい考えてしまうのだか。
(地味な修道服で出て、幻滅されてやろうか)
そう思ったが、すぐに私はその考えを打ち消すようにため息をついた。
すでに、新年の宴用のドレスは用意されている。用意してくれた人達からの行為を無には出来ない。それに、そもそも私が修道院にいるのを相手は知っているので、幻滅されなければ恥をかくのは現世父だけだ。
(今年も、イザベルの晴れ姿を見せびらかしたいし。最悪、現世父しか損しないから、諦めるか)
(あ、ありがとう?)
(どういたしまして……どうするかなー)
戸惑いながらも、きちんと私にお礼を言う現世の私は今日も可愛い。
ほっこりしつつも、そんな現世の私(イザベル)を見ず知らずの相手に嫁がせない為にどうするか。再び悩もうとしたところで、保健室にいたナタリー先生から声がかかった。
「あ、あのイザベル先生……お客様です」
「……お客様、ですか?」
ナタリー先生の言い方に、引っかかる。
今は授業中。それでも生徒や教師が来ることはあるが、そういう場合だとナタリー先生は「寄り添い希望です」と言う。ということは寄り添い希望の学園関係者ではなく本当に客人で、しかも下級とは言え貴族な彼女より目上の相手なんだろう。
(……まさか、現世父?)
手紙だけでは飽き足らず、直接、話をつけに来たのだろうか?
そう思っただけで、自分でも目が据わったのが解った。だが、そうなるとドアの前で待機しているラウルさんから一言ありそうだが、今回はそれがない。
けれど次の瞬間、ドアの向こうから聞こえてきた第三者の声と内容に、私は大きく目を瞠った。
「初めまして。私はラジャブ・ラ・スヴェート。宴の前に話をしたくて、来たんだが」
「っ!?」
思わぬ相手の登場に息を呑んだが、現世の私の不安が伝わってきて、私は自分を奮い立たせた。
(カナさん……)
(大丈夫よ、イザベル。むしろ、好都合だわ)
そう、手紙で駄目ならこの機会に直接、断ればいい。
気合いと共に拳を握り、私は座っていた椅子から立ち上がって答えた。
「初めまして、ラジャブ殿下。イザベルと申します。どうぞ、お入り下さいませ」
その時間に、私はアントワーヌ様と共に院長室へと呼ばれた。一人ではないことに戸惑いはあったが、クロエ様からの話を聞いてアントワーヌ様が同席した理由を知った。
「あなたのお父様から、手紙が来たわ……あなたとラジャブ殿下との婚約が決まったから、新年の宴が終わったら還俗させてラジャブ殿下に嫁がせると」
「「えっ?」
私とアントワーヌ様は、驚いて声を上げ──以前のように、現世の私がショックを受けて、私はその場に座り込んだ。そして昔とは違い、成長した私をクロエ様一人では動かせなかったので、アントワーヌ様と二人で来客用のソファに座らせてくれた。
(ごめんなさい、カナさん、クロエ様、アントワーヌ様……)
(いいのよ、逆にごめんね? 領地にいて、全然、口出ししてこなかったから……正直、油断してたわ)
驚きと、再び勝手に将来を押しつけられたことに泣く現世の私に、私は謝った。新年の宴で訣別し、現世父が領地に行ってからは手紙一枚来なかったので正直、忘れ去っていた。後継者として育てるのなら、もっと早く声をかけて引き取られると思っていたからだ。
(でも、違ったのね……後継者としてじゃなく、誰かに嫁がせることを考えてたんだ)
もしかしたら、攻略対象である脳筋や猪との進展を狙っていたのかもしれない。
ただ、二人にそれぞれ婚約者が出来て──他の相手を、と思ったところで現れたラジャブに、目をつけたのだろう。
その予想は正しかったようで、ため息をつきながらクロエ様が言う。
「ラジャブ殿下が新年の宴に来ることが決まった時、彼の後見につきたい貴族達がこぞって釣書を送ったようなの」
「成程。その中に、セルダ侯爵もいて……イザベルが、見初められたという訳か」
「クロエ様、アントワーヌ様……何とか、断れないでしょうか?」
縋るように二人の名前を呼んだが昔と違い、今回はクロエ様だけではなくアントワーヌ様の表情も曇ったままだった。
「釣書を送る前……いえ、ラジャブ殿下の目に留まる前なら、何とか出来たかもしれないけれど」
「そうだね。悔しいが、いくらお花畑でこそあるとは言え、家長の彼とラジャブ殿下の間で決まったのなら……手紙などで訴えても、向こうがその気なら聞いて貰えなさそうだし、仮に国外に逃げても追いかけられそうだ」
「……そう、ですよね」
それぞれの言葉と、現世父のことを忘れていた自分の迂闊さに、私はそういうしかなかった。
※
悩んでも朝はくるし、時間も過ぎる。
そんな訳で、私は今日も王立学園に出勤していた。もっとも、生徒達が来ていない今は小部屋で一人なので、何とかラジャブとの婚約を撤回出来ないかとついつい考えてしまうのだか。
(地味な修道服で出て、幻滅されてやろうか)
そう思ったが、すぐに私はその考えを打ち消すようにため息をついた。
すでに、新年の宴用のドレスは用意されている。用意してくれた人達からの行為を無には出来ない。それに、そもそも私が修道院にいるのを相手は知っているので、幻滅されなければ恥をかくのは現世父だけだ。
(今年も、イザベルの晴れ姿を見せびらかしたいし。最悪、現世父しか損しないから、諦めるか)
(あ、ありがとう?)
(どういたしまして……どうするかなー)
戸惑いながらも、きちんと私にお礼を言う現世の私は今日も可愛い。
ほっこりしつつも、そんな現世の私(イザベル)を見ず知らずの相手に嫁がせない為にどうするか。再び悩もうとしたところで、保健室にいたナタリー先生から声がかかった。
「あ、あのイザベル先生……お客様です」
「……お客様、ですか?」
ナタリー先生の言い方に、引っかかる。
今は授業中。それでも生徒や教師が来ることはあるが、そういう場合だとナタリー先生は「寄り添い希望です」と言う。ということは寄り添い希望の学園関係者ではなく本当に客人で、しかも下級とは言え貴族な彼女より目上の相手なんだろう。
(……まさか、現世父?)
手紙だけでは飽き足らず、直接、話をつけに来たのだろうか?
そう思っただけで、自分でも目が据わったのが解った。だが、そうなるとドアの前で待機しているラウルさんから一言ありそうだが、今回はそれがない。
けれど次の瞬間、ドアの向こうから聞こえてきた第三者の声と内容に、私は大きく目を瞠った。
「初めまして。私はラジャブ・ラ・スヴェート。宴の前に話をしたくて、来たんだが」
「っ!?」
思わぬ相手の登場に息を呑んだが、現世の私の不安が伝わってきて、私は自分を奮い立たせた。
(カナさん……)
(大丈夫よ、イザベル。むしろ、好都合だわ)
そう、手紙で駄目ならこの機会に直接、断ればいい。
気合いと共に拳を握り、私は座っていた椅子から立ち上がって答えた。
「初めまして、ラジャブ殿下。イザベルと申します。どうぞ、お入り下さいませ」
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