人見知りと悪役令嬢がフェードアウトしたら

渡里あずま

文字の大きさ
上 下
103 / 110
第三章

すっかり忘れていたけれど

しおりを挟む
 修道院には祈りを捧げ、昼食を終えた後、午後の作業に入る前に休憩時間がある。
 その時間に、私はアントワーヌ様と共に院長室へと呼ばれた。一人ではないことに戸惑いはあったが、クロエ様からの話を聞いてアントワーヌ様が同席した理由を知った。

「あなたのお父様から、手紙が来たわ……あなたとラジャブ殿下との婚約が決まったから、新年の宴が終わったら還俗させてラジャブ殿下に嫁がせると」
「「えっ?」

 私とアントワーヌ様は、驚いて声を上げ──以前のように、現世の私イザベルがショックを受けて、私はその場に座り込んだ。そして昔とは違い、成長した私をクロエ様一人では動かせなかったので、アントワーヌ様と二人で来客用のソファに座らせてくれた。

(ごめんなさい、カナさん、クロエ様、アントワーヌ様……)
(いいのよ、逆にごめんね? 領地にいて、全然、口出ししてこなかったから……正直、油断してたわ)

 驚きと、再び勝手に将来を押しつけられたことに泣く現世の私イザベルに、私は謝った。新年の宴で訣別し、現世父が領地に行ってからは手紙一枚来なかったので正直、忘れ去っていた。後継者として育てるのなら、もっと早く声をかけて引き取られると思っていたからだ。

(でも、違ったのね……後継者としてじゃなく、誰かに嫁がせることを考えてたんだ)

 もしかしたら、攻略対象である脳筋エドガーケインとの進展を狙っていたのかもしれない。
 ただ、二人にそれぞれ婚約者が出来て──他の相手を、と思ったところで現れたラジャブに、目をつけたのだろう。
 その予想は正しかったようで、ため息をつきながらクロエ様が言う。

「ラジャブ殿下が新年の宴に来ることが決まった時、彼の後見につきたい貴族達がこぞって釣書を送ったようなの」
「成程。その中に、セルダ侯爵もいて……イザベルが、見初められたという訳か」
「クロエ様、アントワーヌ様……何とか、断れないでしょうか?」

 縋るように二人の名前を呼んだが昔と違い、今回はクロエ様だけではなくアントワーヌ様の表情も曇ったままだった。

「釣書を送る前……いえ、ラジャブ殿下の目に留まる前なら、何とか出来たかもしれないけれど」
「そうだね。悔しいが、いくらお花畑でこそあるとは言え、家長の彼とラジャブ殿下の間で決まったのなら……手紙などで訴えても、向こうがその気なら聞いて貰えなさそうだし、仮に国外に逃げても追いかけられそうだ」
「……そう、ですよね」

 それぞれの言葉と、現世父のことを忘れていた自分の迂闊さに、私はそういうしかなかった。



 悩んでも朝はくるし、時間も過ぎる。
 そんな訳で、私は今日も王立学園に出勤していた。もっとも、生徒達が来ていない今は小部屋で一人なので、何とかラジャブとの婚約を撤回出来ないかとついつい考えてしまうのだか。

(地味な修道服で出て、幻滅されてやろうか)

 そう思ったが、すぐに私はその考えを打ち消すようにため息をついた。
 すでに、新年の宴用のドレスは用意されている。用意してくれた人達からの行為を無には出来ない。それに、そもそも私が修道院にいるのを相手は知っているので、幻滅されなければ恥をかくのは現世父だけだ。

(今年も、イザベルの晴れ姿を見せびらかしたいし。最悪、現世父しか損しないから、諦めるか)
(あ、ありがとう?)
(どういたしまして……どうするかなー)

 戸惑いながらも、きちんと私にお礼を言う現世の私イザベルは今日も可愛い。
 ほっこりしつつも、そんな現世の私(イザベル)を見ず知らずの相手に嫁がせない為にどうするか。再び悩もうとしたところで、保健室にいたナタリー先生から声がかかった。

「あ、あのイザベル先生……お客様です」
「……お客様、ですか?」

 ナタリー先生の言い方に、引っかかる。
 今は授業中。それでも生徒や教師が来ることはあるが、そういう場合だとナタリー先生は「寄り添い希望です」と言う。ということは寄り添い希望の学園関係者ではなく本当に客人で、しかも下級とは言え貴族な彼女より目上の相手なんだろう。

(……まさか、現世父?)

 手紙だけでは飽き足らず、直接、話をつけに来たのだろうか?
 そう思っただけで、自分でも目が据わったのが解った。だが、そうなるとドアの前で待機しているラウルさんから一言ありそうだが、今回はそれがない。
 けれど次の瞬間、ドアの向こうから聞こえてきた第三者の声と内容に、私は大きく目を瞠った。

「初めまして。私はラジャブ・ラ・スヴェート。宴の前に話をしたくて、来たんだが」
「っ!?」

 思わぬ相手の登場に息を呑んだが、現世の私イザベルの不安が伝わってきて、私は自分を奮い立たせた。

(カナさん……)
(大丈夫よ、イザベル。むしろ、好都合だわ)

 そう、手紙で駄目ならこの機会に直接、断ればいい。
 気合いと共に拳を握り、私は座っていた椅子から立ち上がって答えた。

「初めまして、ラジャブ殿下。イザベルと申します。どうぞ、お入り下さいませ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

すべてを思い出したのが、王太子と結婚した後でした

珠宮さくら
恋愛
ペチュニアが、乙女ゲームの世界に転生したと気づいた時には、すべてが終わっていた。 色々と始まらなさ過ぎて、同じ名前の令嬢が騒ぐのを見聞きして、ようやく思い出した時には王太子と結婚した後。 バグったせいか、ヒロインがヒロインらしくなかったせいか。ゲーム通りに何一ついかなかったが、ペチュニアは前世では出来なかったことをこの世界で満喫することになる。 ※全4話。

……モブ令嬢なのでお気になさらず

monaca
恋愛
……。 ……えっ、わたくし? ただのモブ令嬢です。

誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。

木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。 彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。 こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。 だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。 そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。 そんな私に、解放される日がやって来た。 それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。 全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。 私は、自由を得たのである。 その自由を謳歌しながら、私は思っていた。 悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。

婚約したら幼馴染から絶縁状が届きました。

黒蜜きな粉
恋愛
婚約が決まった翌日、登校してくると机の上に一通の手紙が置いてあった。 差出人は幼馴染。 手紙には絶縁状と書かれている。 手紙の内容は、婚約することを発表するまで自分に黙っていたから傷ついたというもの。 いや、幼馴染だからって何でもかんでも報告しませんよ。 そもそも幼馴染は親友って、そんなことはないと思うのだけど……? そのうち機嫌を直すだろうと思っていたら、嫌がらせがはじまってしまった。 しかも、婚約者や周囲の友人たちまで巻き込むから大変。 どうやら私の評判を落として婚約を破談にさせたいらしい。

どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~

涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!

【完結】私ですか?ただの令嬢です。

凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!? バッドエンドだらけの悪役令嬢。 しかし、 「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」 そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。 運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語! ※完結済です。 ※作者がシステムに不慣れかつ創作初心者な時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///) ※ご感想・ご指摘につきましては、近況ボードをお読みくださいませ。 《皆様のご愛読に、心からの感謝を申し上げますm(*_ _)m》

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

気だるげの公爵令息が変わった理由。

三月べに
恋愛
 乙女ゲーの悪役令嬢に転生したリーンティア。王子の婚約者にはまだなっていない。避けたいけれど、貴族の義務だから縁談は避けきれないと、一応見合いのお茶会に参加し続けた。乙女ゲーのシナリオでは、その見合いお茶会の中で、王子に恋をしたから父に強くお願いして、王家も承諾して成立した婚約だったはず。  王子以外に婚約者を選ぶかどうかはさておき、他の見合い相手を見極めておこう。相性次第でしょ。  そう思っていた私の本日の見合い相手は、気だるげの公爵令息。面倒くさがり屋の無気力なキャラクターは、子どもの頃からもう気だるげだったのか。 「生きる楽しみを教えてくれ」  ドンと言い放つ少年に、何があったかと尋ねたくなった。別に暗い過去なかったよね、このキャラ。 「あなたのことは知らないので、私が楽しいと思った日々のことを挙げてみますね」  つらつらと楽しみを挙げたら、ぐったりした様子の公爵令息は、目を輝かせた。  そんな彼と、婚約が確定。彼も、変わった。私の隣に立てば、生き生きした笑みを浮かべる。  学園に入って、乙女ゲーのヒロインが立ちはだかった。 「アンタも転生者でしょ! ゲームシナリオを崩壊させてサイテー!! アンタが王子の婚約者じゃないから、フラグも立たないじゃない!!」  知っちゃこっちゃない。スルーしたが、腕を掴まれた。 「無視してんじゃないわよ!」 「頭をおかしくしたように喚く知らない人を見て見ぬふりしたいのは当然では」 「なんですって!? 推しだか何だか知らないけど! なんで無気力公爵令息があんなに変わっちゃったのよ!! どうでもいいから婚約破棄して、王子の婚約者になりなさい!! 軌道修正して!!」  そんなことで今更軌道修正するわけがなかろう……頭おかしい人だな、怖い。 「婚約破棄? ふざけるな。王子の婚約者になれって言うのも不敬罪だ」  ふわっと抱き上げてくれたのは、婚約者の公爵令息イサークだった。 (なろうにも、掲載)

処理中です...