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第三章

ゲームにはほぼ登場しないのに

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 話は、少し前に遡る。
 秋になってから東の辺境の村で高熱で苦しんだ末、死に至る病が流行った。
 通常、流行り病の時は各地の教会にいる、光属性を持つ神官が対応するが──光属性を持つからと言って、不死ではない。辺境にいた光属性持ちの神官は何と真っ先に流行り病にかかり、あっけなく死んでしまったのである。
 そんな神官に代わり、流行り病を収束させたのは何と辺境の地で医者をしていた、ユリウスの異母兄・ラジャブだった。
 彼は平民だった母の死と共に王宮を出て、母の故郷である辺境で母の意思を継ぎ、医師としてひっそりと暮らしていた。
 とは言え、ラジャブは光属性は持っていない。
 珍しい属性な為、王族や教会に求められるが故に光属性を持つ者が、市井に暮らすことはない。だから彼もだが、市井にいる医者は光属性を持つ神官の治療が受けられない(希少だからこそ高価な献金が必要で、流行り病の時などは国や領主が支払う)民の為、怪我などの処置をしたり薬草を煎じたりする者だった。
 それは、ラジャブも同様だったのだが──彼は何と、水魔法と風魔法と薬草を駆使して患者を癒し、流行り病が辺境から広まる前に収めた。そして、彼のことを『聖者』と呼ぶ民達を笑顔でやんわりと否定したらしい。

「そんな大層なものじゃありませんよ。全員を助けることは出来ませんでした……ですが聖女様が、生活魔法を広めてくれたでしょう? 私がおこなったのは、生活魔法と医療の知識を利用したものです」

 その謙虚さに民はますます感服し、彼の功績を広めた。その後押しもあり、ラジャブは王都の新年の宴に招かれることになったらしい。

「いくら生活魔法でとは言え、水魔法や風魔法で患者を癒すとは……それならば、誰でも真似出来るではないか」
「半分平民ではあるが、彼こそが王太子に相応しいのではないか?」

 いきなり表舞台に現れたラジャブに対して、そんな声が上がった。年を越し、やっと成人となるユリウスと違い、五歳上の彼ならば今回の功績もあり、良い国王となるのではと一部の貴族が色めきだったのだ。

『それは……随分と、勝手なことを言うものね』

 寄り添い部屋で、エマからその話を聞いた私は率直な感想を口にした。
 今まで努力していたユリウスを蔑ろにするとは、という愚痴かと思ったが、エマの反応は少し違った。

『お異母兄にい様……とぅるらぶで三コマ(うち一コマは後ろ姿)しか登場しなかったけど、オリエンタルな美少年でSNSや同人誌に登場したお異母兄様っ!』
『あ、はい』
(エマさん、元気ね)

 日本語で力説するエマに私はそれしか言えず、現世の私イザベルは感心したように言った。



『実は、ゲーム内で名前も出てなくて! ユリウス様から聞いて、名前も初めて知ったんですが……オールクリア後か、続編で攻略対象として出てくれないかと、切望されていたお異母兄様っ!』
「ふぅん……?」
(そうなのね)

 何でもラジャブは名前もだが、容姿も母親似で黒髪と褐色の肌という、異国テイスト(いや、まあ、私達もヨーロピアンな感じに転生しているが)の持ち主だそうだ。ただし目だけはユリウス同様、父親似の青い瞳らしい。

『……でも、エマにとってはあくまでも攻略対象で、恋愛対象ではないのよね?』
『勿論です! ただ、ユリウス様がずっと気にかけている方なのでわたしも気になりますし、他の皆同様、幸せになってほしいと思います!』
『あ、はい』

 確かに、エマの推しは現世の私イザベル殿下ユリウスなのだが、他の攻略対象とも仲良くしているし、彼らの幸せも願っている。だからユリウスからの心変わりは心配しておらず、ただの確認で聞いたのだが思った以上に揺るぎなくて安心した。
 ただ『推しにとっての重要人物』なのと、噂の異母兄はユリウスより五歳上の二十三歳と聞いている。元々、褐色肌萌えは一定数いるし、ユリウス達にはない大人の魅力に溢れているので、刺さる者には刺さるだろう。逆に、三コマしか出てこないキャラクターにしては、萌えを詰め込み過ぎな気がするが。

『ああ、王太子にって言うのは成人済なのも理由の一つなのね……ただ、別に顔で王位に就く訳じゃないと思うけど』
『……それは、そうなんですけど。ユリウス様自身が、お異母兄様に王位を譲ろうかって迷ってるみたいなんです』
『えっ?』

 エマの説明に何の気なしに言うと、エマが思いがけないことを言ったのに驚いた。
 何でも、ユリウスはずっと自分を王にする為に異母兄であるラジャブが追い出されたと悔いていたらしい。それでもエマと会ったことで、頑張ってくれる彼女の為にも立派な王になろうとしたが、もしラジャブが功を成したのなら彼こそ王太子となり、自分は臣下となっても良いのではないかと言われたそうだ。

『エマはそれでいいの?』
『ええ……わたしは、ユリウス様と一緒なら……平民は、困りますけど。エドガー様やケイン様も、納得してます』
『……そう』

 急展開に戸惑うが、まあ、本心ではあるようだし国を守るっていう目的は変わらないか、と思うことにした。

(正直、今まで皆、頑張ってきたのに……とは、思うけど。本人達が納得してるなら、私が口出しする問題じゃないわよね)
(どんな人なのかしらね?)
(そうね)

 新年の宴で会えるかしら、と私は呑気に思っていたが──数日後、思いがけないことが起こるのを私はまだ知らなかった。
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