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第一章

初めての寄り添い

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 ケインが帰った後、気を取り直して寄り添い部屋に入ることにした。ラウルさんは、外の扉の前に立って外からの侵入者に備えている。

(心配し過ぎ……では、ないか。同じ年のケインでも、怖くて抵抗出来なかったくらいだから)

 自分と話をしに来た者との間は、闇魔法の壁で仕切っているので問題ないが――背中、と言うか背後にある扉が守られているのは、申し訳なく思いつつも安心出来た。ただ、夏は暑さと陽射しがきついだろうから今後、何か対策を考えなくてはと思う。
 ……チリン。
 そんな私の耳に、壁の向こうからベルの音が届いた。見えないので、人が入ったら鳴らして貰うように書いた紙を貼っておいたのだ。
 そしてその紙には、他にも注意事項が書いてある。

「お待たせ致しました。本日は、いかがなさいましたか?」
「…………」
「…………」

 それは、お互い名乗らないことだ。貴族もだが平民も、下手に名前が知られると悩みを話しにくくなると思ったからである。
 躊躇する気配がする。けれど、元々が悩みを人に聞かせることも、それに対して意見を押しつけるのではなく、基本聞き役に回るのもこの世界ではなかった考え方なので、私は相手が話し出すのを待つことにした。
 それから、数分ほど経った頃――壁の向こうから、声がした。

「……あの、話すのは本当に、どんな内容でも?」
「うぅ……ぶ……」

 そう尋ねてきた声は、二十代後半という感じの女性のものだった。そして、子供――いや、幼児と言うか、赤ん坊らしき声がした。

「ええ、どうぞ」
「あぁ……ぶ?」
「……すみません。息子を家に残してくる訳には、いかなくて……でも、家にいても……」
「よくいらしてくれました。ありがとうございます」
「……っ……い、いえ……っ」

 まだ状況は解らないが、恐縮しているような声を安心させようと思い、私はお礼を言った。
 私にとっては『それだけ』だったのだが、しばしの無言の後、返ってきたのは泣くのを堪えるような震え声だった。

(もしかして……)

 前世の私は独身で、子供もいなかった。
 けれど職場には、共働きやシングルマザーはいたので――その時に聞いた話を思い出しながら、私は静かに話しかけた。

「……私達の食事は基本、パンとスープ。菜食主義で、四つ足の肉類を食べることは禁じられていて、精進日には豆や卵、乳製品も避けられます」
「えっ……?」
「昨日の夜は、何を食べましたか?」
「あの、昨日はテリーヌを作ってパンと食べました……お乳を出すのに、レバーが良いそうなんですが。あまりたくさん食べると、逆に体に良くないそうで……だから、挽き肉や野菜と一緒に型に入れて、焼きました」

 乙女ゲームの世界だからか、パンは固いがフランスパンレベルだ。スープも肉こそ入らないが、野菜や豆がたくさん入っているのでリアル中世ではない。
 あと、テリーヌは日本人としては敷居が高いイメージだが昔、本で『フランスのおふくろの味』なのだと読んだことがある。冬の食糧不足の時期に、余った肉や野菜、魚介の切れ端を入れて焼き、脂や肉から出たゼラチン質で一週間ほど保存がきいたのがきっかけだからだ。
 ……それでも、この世界にはガスも電気もない。

「頑張られたんですね……奥様の健康が、何よりですからね。ただ、くれぐれも無理は禁物ですよ?」
「っ……う……っ」

 お母様とは言わず奥様、あるいは名前で呼ぶ。
 頑張りは褒めて、けれど子育てのプレッシャーで無理をしがちなので、そこはやんわりとセーブする。
 そもそも、家にいると誰とも話が出来ないので、話に耳を傾ける。
 子供が生まれた時、してほしかったと言われたことを私が口にすると――息を呑む気配の後、たまらずにすすり泣く声が聞こえた。
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