上 下
1 / 107
第一章

突然の修羅場

しおりを挟む
 ……あ、これ、ネット小説で読んだやつ?
 
 前世の記憶が甦った途端、私の脳裏にそんな言葉が浮かんだ。
 そう、怪我とか病気ではないが――転生体に何かが起こり、パニックを起こしてとにかく何でも良いから縋ろうとしたらしい結果が、前世覚醒これだと思われる。
 そしてパニック状態なせいか、現世の記憶は今のところ解らない。
 ただ、自分の姿は近くに鏡などなくて見えないが、隣にいる男性は銀髪で目の前の母娘らしき二人はストロベリーブロンド。更に男性の服装がクラシカルな感じなので、中世ヨーロッパ風の異世界(理解は出来るけど、言語が英語じゃないから)なんだろう。あと、女の子の方と私の目線が同じくらいなので、年も同じ六歳くらいだと思う。
 
(まあ、前世はちょい人見知りな電話オペレーターだったんだけど……幼女からすると、きっとすごく大人に感じるわよね)
 
 しかも私の場合、苦手だからって全く話せない訳じゃない。子供の頃はともかく、社会人となるとそういう訳にもいかないので――最低限だけ話し、あとは相手の聞き役に回って会話を終える術を覚えた。おかげで、内心の動揺が顔や言動に出なくなったが、幼女からすればそれも頼もしいのかもしれない。 
 それにしても、前世を思い出すくらいの一大事って何だろう?
 そんな私の疑問に答えるように、隣の男性が言う。
 
「イザベル。早く、二人に挨拶を……亡くなったお前の母親と違い、新しいお母様は優しいぞ? あと、妹も可愛がるように」
 
 ……ごめん、現世の私イザベル。多分、父親だと思うんだけど、私、この人と合わないわ。
 連れ子の可能性もあるけど、そうじゃなければ亡くなったらしい現世のお母さんと、二股かけてた可能性が高いし。事前に話があったのなら、そもそもパニックは起こさないと思う。
 
(ネット小説だと、ワガママで可愛げのない子に転生する場合があるから、私個人が嫌われてる可能性もあるけど。そう、悪役令嬢物とかね……いや、でもこの父親は酷すぎる)
 
 実際の乙女ゲームはやったことがないが、ネット小説でよく読んだ。
 だからこそ、思う。ここで下手な手を打つと父親から見限られ、義理の母や妹との仲がこじれるかもしれない。可憐で保護欲をそそる母娘なので、シンデレラのようにこき使われはしないかもしれないが――本人達に悪気はなくても、何かとこちらが悪者にされる可能性が高い。父親の暴言に、控えている使用人らしき人達が無反応なのが何よりの証拠だ。
 
(最悪な展開だと、冤罪被って婚約者も横取りされて婚約破棄とか? そうなる前に、穏便に退場しないと)
 
 ……結果、現世の父とは疎遠になるかもしれないが。
 
(ごめん、現世の私イザベル。せっかく生まれ変わったみたいなのに、悪者スタートは勘弁してほしい……頑張って最低限の衣食住は確保するし、穏やかに過ごすから許してね)
 
 そう心に決めて、私はネット検索で見て真似したことのあるカーテシーを披露した。
 
「失礼いたしました、お父様……初めまして、お義母様方。イザベルと申します。よろしくお願いいたします」
 
 突っ込まれなかったところを見ると、幼女ということもあり何とか及第点だったらしい。内心、ホッとしつつ目を伏せたまま(顔が解らないので、見上げて悪い印象を与えない為)私は言葉を続けた。
 
「お父様」
「……何だ?」
「新しいお義母様は素敵で、義妹もとても可愛らしいですね……おめでとうございます」
「う、うむ」
「……これで私も安心して、修道院に行けます」
「何だと?」
「亡きお母様に、祈りを捧げたいのです。安らかに、眠れるように……駄目でしょうか?」
 
 再婚を反対したら、父親からの評価が駄々下がりになるだろう。
 幸い反対するほど思い入れもないので、賛成した。その上で、こちらの要望を口にした。暗に「女連れ込んで母親、草葉の陰で泣いてるぞオラ」とも含ませて、罪悪感を刺激してみる。
 
(出家=修道院だと思ったけど、間違ってはいなかったみたいね……女だから、跡継ぎって訳じゃないよね? いや、まあ、性別関係なく長子がってのもあるけど、それならこんな邪険にしないと思うし……邪魔者だと思うなら、どうかこのままフェードアウトさせて下さい! お願いしますっ)
 
 内心で拝み倒しているとしばしの沈黙の後、父親と思われる男性の声が頭の上から降ってきた。
 
「……よかろう」
「ありがとうございます」
「ご主人様……こんな小さな子に、そんな……」
「……母を想う健気な心を、尊重したいのだ」
 
 無事に許可が下りたのに、心の中で万歳三唱する。
 義母の反対に内心、ヒヤッとしたがもっともらしい父親の言葉にそれ以上、続かなかった。うんうん、何とか綺麗にまとまったみたいだから、変に蒸し返さないで下さい。
 こうして、修道院に行くことが決まった私は部屋に戻ったので気づかなかった。
 
「嘘……イザベル様、退場?」
 
 母親と同じストロベリーブロンドと、青い瞳。
 天使のように可憐な異母妹の口から、そんな言葉が零れていたことを。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生悪役令嬢は婚約破棄で逆ハーに?!

アイリス
恋愛
公爵令嬢ブリジットは、ある日突然王太子に婚約破棄を言い渡された。 その瞬間、ここが前世でプレイした乙女ゲームの世界で、自分が火あぶりになる運命の悪役令嬢だと気付く。 絶対火あぶりは回避します! そのためには地味に田舎に引きこもって……って、どうして攻略対象が次々に求婚しに来るの?!

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

記憶を失くした代わりに攻略対象の婚約者だったことを思い出しました

冬野月子
恋愛
ある日目覚めると記憶をなくしていた伯爵令嬢のアレクシア。 家族の事も思い出せず、けれどアレクシアではない別の人物らしき記憶がうっすらと残っている。 過保護な弟と仲が悪かったはずの婚約者に大事にされながら、やがて戻った学園である少女と出会い、ここが前世で遊んでいた「乙女ゲーム」の世界だと思い出し、自分は攻略対象の婚約者でありながらゲームにはほとんど出てこないモブだと知る。 関係のないはずのゲームとの関わり、そして自身への疑問。 記憶と共に隠された真実とは——— ※小説家になろうでも投稿しています。

巻き込まれて婚約破棄になった私は静かに舞台を去ったはずが、隣国の王太子に溺愛されてしまった!

ユウ
恋愛
伯爵令嬢ジゼルはある騒動に巻き込まれとばっちりに合いそうな下級生を庇って大怪我を負ってしまう。 学園内での大事件となり、体に傷を負った事で婚約者にも捨てられ、学園にも居場所がなくなった事で悲しみに暮れる…。 「好都合だわ。これでお役御免だわ」 ――…はずもなかった。          婚約者は他の女性にお熱で、死にかけた婚約者に一切の関心もなく、学園では派閥争いをしており正直どうでも良かった。 大切なのは兄と伯爵家だった。 何かも失ったジゼルだったが隣国の王太子殿下に何故か好意をもたれてしまい波紋を呼んでしまうのだった。

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます

宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。 さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。 中世ヨーロッパ風異世界転生。

完 あの、なんのことでしょうか。

水鳥楓椛
恋愛
 私、シェリル・ラ・マルゴットはとっても胃が弱わく、前世共々ストレスに対する耐性が壊滅的。  よって、三大公爵家唯一の息女でありながら、王太子の婚約者から外されていた。  それなのに………、 「シェリル・ラ・マルゴット!卑しく僕に噛み付く悪女め!!今この瞬間を以て、貴様との婚約を破棄しゅるっ!!」  王立学園の卒業パーティー、赤の他人、否、仕えるべき未来の主君、王太子アルゴノート・フォン・メッテルリヒは壁際で従者と共にお花になっていた私を舞台の中央に無理矢理連れてた挙句、誤り満載の言葉遣いかつ最後の最後で舌を噛むというなんとも残念な婚約破棄を叩きつけてきた。 「あの………、なんのことでしょうか?」  あまりにも素っ頓狂なことを叫ぶ幼馴染に素直にびっくりしながら、私は斜め後ろに控える従者に声をかける。 「私、彼と婚約していたの?」  私の疑問に、従者は首を横に振った。 (うぅー、胃がいたい)  前世から胃が弱い私は、精神年齢3歳の幼馴染を必死に諭す。 (だって私、王妃にはゼッタイになりたくないもの)

家庭の事情で歪んだ悪役令嬢に転生しましたが、溺愛されすぎて歪むはずがありません。

木山楽斗
恋愛
公爵令嬢であるエルミナ・サディードは、両親や兄弟から虐げられて育ってきた。 その結果、彼女の性格は最悪なものとなり、主人公であるメリーナを虐め抜くような悪役令嬢となったのである。 そんなエルミナに生まれ変わった私は困惑していた。 なぜなら、ゲームの中で明かされた彼女の過去とは異なり、両親も兄弟も私のことを溺愛していたからである。 私は、確かに彼女と同じ姿をしていた。 しかも、人生の中で出会う人々もゲームの中と同じだ。 それなのに、私の扱いだけはまったく違う。 どうやら、私が転生したこの世界は、ゲームと少しだけずれているようだ。 当然のことながら、そんな環境で歪むはずはなく、私はただの公爵令嬢として育つのだった。

そして乙女ゲームは始まらなかった

お好み焼き
恋愛
気付いたら9歳の悪役令嬢に転生してました。前世でプレイした乙女ゲームの悪役キャラです。悪役令嬢なのでなにか悪さをしないといけないのでしょうか?しかし私には誰かをいじめる趣味も性癖もありません。むしろ苦しんでいる人を見ると胸が重くなります。 一体私は何をしたらいいのでしょうか?

処理中です...